もう足手まといにはならない
抵抗できなくなった泥人形使いを先輩が魔術で作り出した腕輪で拘束し、すこし落ち着くことが出来た。
「ふう……これで一件落着ですね」
「そうだね……ところで望月君」
拘束を終えた先輩が祠の影に置いてあった、泥人形使いのリュックサックを持ってきた。
リュックは俺の放った銃弾が命中して小さく3箇所穴が開いている。
「たしかに、私は相手を殺すのではなく、相手の力を奪えばいいと言ったが、本人ではなく、このリュックに依代があると分かったんだね?」
「ええっと……正直にいうと……勘…ですね」
俺の言葉に、先輩はハトが豆鉄砲を食らった様なポカンとしたが、すぐに何時ぞやのように笑い始めた。
「勘? 勘だって? ぷっ……あはは!」
「そ、そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!!」
先輩の態度に馬鹿にされていると感じて俺はすぐに反論したが、彼女はまぁまぁという態度でそれを往なす。
「いや、すまんすまん。 しかし、勘か……」
「えっと……根拠としては弱いですか?」
彼女は俺の肩を叩いてニコッと笑顔で答えた。
「いいや望月君。 そういうのは”探索者”には重要なことだよ。 相手の能力や戦い方、弱点などが分からない場合、自分を助けてくれるのは知恵と勇気そして決断だ。 けれどそれでも敵わぬ相手や、危うい状況などを打破するのは、正直な所なのだけど運や勘などの第6感的に頼るものさ。その感覚大事にしたまえよ」
「……はい」
その後、先輩が男のリュックサックを開くと、中から1冊の俺の銃弾が貫通したようで穴の開いたノートが出てきた。
「ふむ、どうやらこのノートがこいつの依代のようだね」
ペラペラと先輩がノートを捲ると、内容には意味の分からない数値や言語や式、何かの儀式を書いたと思われる絵が描かれている。
「まるで前にあのアパートで見た魔術書みたいですね」
「いやみたいじゃなくて魔術書だよ。これは――」
先輩の言葉に俺は驚いた。 そして初めて魔術書を読んだ記憶が脳裏に蘇って、ノートを持つ先輩から一気に後ずさり、思わず木の陰に隠れる。
「わわわ!! ちょ、ちょっと先輩!! そのノート!! いや魔術書ですよね!! またあの時みたいに……」
ノートが魔術書だと言われて怯える俺に先輩はニコリと笑ってこちらに向かって声をかける。
「大丈夫だよ望月君。 こいつは魔術書と言っても大半はデタラメに魔術式っぽい書き方をされているだけで、これ事態には屍食教典儀のような強力な知識や魔力はないよ」
「ホ、ホントですか……」
木に隠れる俺に先輩は、おいでおいでと手招きをする。
俺は先輩にの手招きのままに恐る恐る彼女の元へと戻った。
「ほらこれを見てごらん」
彼女が差し出したノートには、六芒星の中心に目が描かれた変な記号と左右に槍が描かれ、それに2匹の蛇が絡まっている絵が三角に配置され、それぞれの天辺と底辺を線で繋いだ物が描かれていた。
そして、俺の銃弾が貫通したのだろう、ページの端々と線の上に1か所穴が開いている。
「これがどうしたんですか? 俺にはデタラメに書かれた変てこな絵にしか見えませんけど?」
「ふむそうだな。まずは六芒星。 これは魔術の源。 つまり式だ。 次に六芒星の中心に目が描かれている。 これは式から発動したエネルギーを増幅する役目を持つ。 そして槍と蛇の絵は増幅された魔術エネルギーを、一気に術者へと送る仲介役だ。 これがそれぞれの役割をこなしアレだけの魔術を使えるようにしたのさ」
「だからこの人はあれだけ大量の人形が生み出すことができたんですね。 けどこのノート自体はまだ使えそうに見えますけど?」
俺の疑問に先輩は開かれているページのある所を指差す。
それは六芒星をそれぞれをつなぐ線の上に1つだけ穴が開いた場所だ。
「どうやらこの槍と蛇は術者にエネルギーを放出した後、術者が発動させた力をまた六芒星に戻す役割をしていたみたいだね
そのエネルギーのパイプライン役をしていたのこの線だった。 ところが君が放った弾丸で線上に穴が開き、魔術が戻らなくなった。 つまりは機能しなくなったって所かな」
「なるほど……」
俺は、先輩の観察力にただただ感心するしかなかったが……。
「どうだい、望月君、少しは感心したかね? ふふふ」
説明を終えて両手を腰に当て得意げな顔をしている先輩が俺の頭をパシパシ叩くことに若干だがイラっしたが、そこは大人の対応で我慢をする。
「くっ、この性格でなければ……」
「ん? 何か言ったかね?」
「いーえ! 何も言ってません!!!」
そんな茶番を先輩と繰り広げていると、周囲の景色は夕暮れの赤色に染まり始めていた。
景色の変化に気づき俺は携帯の時計を見ると、すでに16時を回ったところだった。
「もうこんな時間か。 先輩! 後の処理は協会の人たちに連絡をして任せて帰りましょう」
「いやまだだよ望月君……。さていつまで見ている。 姿を現したらどうだ!」
先輩は広場の奥にある夕暮れで暗くなった森に向かって叫んだ。
彼女の声が聞こえたのか。 目の前の木の陰から1人の人物が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
陰から現れた人物は、まだ春先で温かいと言うのに、灰色の長いマントを身にまとい、マントに付いたフード深々と被り顔は見えなかった。 身長は俺より少し低い155cmくらいの小柄で、フードのせいで性別は分からない。
そして、先輩はその人物に問う。
「君が剣士か?」
「………」
先輩に問われた剣士は答えなかった。 ただ何も語らずに沈黙するのみだ。
「ほう沈黙が答えか……」
「…………」
彼女に剣士と呼ばれた人物は、自身の懐の中から何かを取り出したのが見える。
「あれは……木の札?」
大きさは煙草の箱くらい大きさだろうか? 純白の木札をそいつは取り出した。
剣士は木札を持った手を俺達の目の前で振ると、突如として剣先から柄まで雪のような冷たさを感じさせる雪白色をした長さ1mくらいの刀が現れる。
刀が顕現した次の瞬間、フード被った剣士は先輩に向かって、一気に距離を詰めてなぎ払うように剣を振る。
「先輩!!」
「くっ!」
先輩も相手の攻撃を察知してだろう。 慌てて光の盾を展開し攻撃を防いだ。
刀が盾に当たりバチバチと電気がスパークするような音が公園に木魂する。
「…早い」
俺はそう呟いた。
初めてあのアパートで出会った食人鬼を遥かに超えるスピードで、彼女に一撃を食らわす剣士はとても人間に見えないし、奴の咄嗟の攻撃を反射的に防ぐ先輩もさすがとしか言いようが無い。
先輩に攻撃を防がれた剣士は態勢を立て直す為に、一旦彼女から距離を取る。
「いきなり斬りかかってくるとは、とんだご挨拶だね。 私としてはそちらと敵対するつもりは無かっただけどね」
「…………」
そう弁明する先輩に魔剣士は再び答えることは無かった。 ただ奴は言葉ではなく代わりに刀を構え、こちらに敵意を向け、飛翔し、神速な剣撃を放って答える。
「フン! 無駄なことを!」
だが剣士から繰り出される連続の攻撃は、彼女の展開している光の盾に遮られて攻撃が届くことはない。
「私の光の盾は、何人たりとも砕くことは出来ないよ」
先輩が追加の栞を投げて指をパチンと鳴らすと、攻撃をしている剣士の頭上に2本の光の杭が現れて、そいつに向かって突貫する。
光の杭が剣士に打つかって奴の周りに土煙が舞い上がり姿見えなくなる。
「お、終わったのか……?」
先輩と剣士の戦いにただ見ていることしかできない俺は、先輩の攻撃が戦いの終息だと思いそう呟いた。
辺りに一時的な沈黙が流れ、ゆっくりと目の前の煙が晴れいく。
煙が晴れて現れたのは、少し土で汚れてしまった灰色のマントを着て佇立している姿の剣士だった。
「おや? 今のは避けられないと思ったのだけれど……なら」
先輩は再び栞を投げて、強く指を1度鳴らすと、何と彼女の背後に10本以上の光の杭が現れて、一斉に剣士に向かって襲い掛かった。
「さて今度はどうかな?」
しかし剣士はそれらの杭に物ともせずに、己の手に持つ雪白の刀で弾き防いだ。
俺は彼女たちの常識を逸脱した戦いをただ見ていることしかできなかった。
そしてこの戦いの最中、先輩は大きくため息をついた後に剣士に問いかける。
「ふぅ……もう諦めたらどうだ? 何をやっても無駄だよ。 この光の盾がある限り君の攻撃は私には届かないよ」
彼女の問いかけにも剣士は無言を通し、そして何を思ったのか刀を地面に突き立てた。
剣士の行動を降伏と取った先輩は、展開していた光の盾を解きて剣士にゆっくりと歩み寄る。
「さて君の顔を見せてもらおうか……」
先輩が剣士の着ているマントのフードに手を掛けた瞬間だった。
俺はフードの奥で剣士がにやり笑ったような表情をしたように見えた。
(まさか!?)
そう思った瞬間、俺は先輩に叫んでいた。
「だめだ先輩!! そいつまだ!」
「え? なんだい望月く――?」
彼女が俺の声に気づいてこちらを振り向いた瞬間、突然、剣士の足元の地面の下から、先輩に向かって鋭い何かが飛び出し襲い掛かる。
「――ッ」
いきなりの地面からの攻撃に、間一髪体を逸らして直撃は免れたが、先輩の腕を鋭い何かが掠めていく。
土の底から先輩を攻撃した何かは、直径が15cmくらいアイスピックのように鋭い氷柱だった。
先輩は急いで剣士から離れて距離を取る。
「なんて奴だ。剣技だけじゃなく魔術まで!」
「いや違うよ。 これは魔術じゃない」
魔術じゃない? 先輩は俺に向かってそう言った。
じゃあ彼女を攻撃した氷柱は一体なんだというのか?
「魔術的な反応を感じなかった。 おそらく今アイツが持っている剣の能力なんだろ」
そう推察する先輩に今度は沈黙する剣士が、大地に刺さった刀の柄をグッと握り込む。
次に出現した氷柱は一直線に走り、先輩に襲い掛かった。
「さっきはいきなりのことで油断したが……」
先輩も栞を自分の前面に放って指をパチンと鳴らし、光の盾を展開し氷柱を防いだ。
「見えてしまえばこの程度の氷の棒など、どうってことはない」
氷柱はバチバチと音を立てて光の盾により彼女の全面で防がれたように見えたが、先輩の足元の地面から彼女に向かって鋭利な氷の柱が襲い掛かる。
「チッ!」
ギリギリ氷柱に彼女は体を捻ってかわし、一直線に飛んで行った氷柱は、木に直撃し突き刺さった。
「地面を走らせた氷柱はフェイントで、メインは地面を抜けてこちらを攻撃したか。 ちょっと厄介かな」
先ほどまで剣士に対して余裕の表情を見せた先輩に少し焦りの色が見え始めた。
彼女の光の盾が無敵で奴の攻撃を防げるとは言え、それは地上だけの話で自分の足元の地中からの攻撃など想定していないようだった。
「マズイ。 このままじゃいくら先輩でも……」
俺は手に持っていた銃のシリンダーから空薬莢を地面に落とし、ポケットに入れていた新しい弾を装填する。
「これで最後か……」
泥人形に8発、リロード失敗して落としたのが4発、リュックに向かって6発、今装填したのでもう弾薬はない。
そして俺の目の前には、剣士の氷柱攻撃に苦戦する先輩の姿がある。
剣士に向けて銃を構えるが、ここでもまた躊躇が俺を襲い始めた。
いいのか? 人を人を撃てるのか……。
そんな言葉が俺の頭の中に繰り返し浮かび上がる。
「くそ!こんなときに俺は!!」
俺は浮かんだ言葉を振り払うように、自分の頭をブンブン振って浮かんできた言葉を振り払おうとした時、先輩の叫び声が広場に木魂する。
「ああ!!」
急いで彼女の方角を見ると、剣士の攻撃で着ていた私服はボロボロとなり、体や顔にも所々切り傷が付けられている先輩の姿だった。
(マズイ本当に時間が無い、このままでは彼女は須藤先輩は……)
先輩がやられてしまうのは時間の問題なのは明らかだった。
(……なら俺は!)
俺は照準を合わせている剣士に向けて引き金を引いた。
「もう……もう足手まといにはならない!!」
パンパンパンと乾いた音が辺りに鳴り響いて、銃から放たたれた3発の銃弾は剣士に向かって飛んでいく。
音を聞いて剣士も俺の攻撃に気づいたらしく、急いで地面から剣を抜きて構えた。
次に奴が取った行動は向かってくる銃弾を全て叩き落としてしまった。
「うそだろ!!」
驚いた俺は奴に向けて続けて、もう2発撃つが剣士はそれも物ともせず冷静に叩き落とされてしまう。
いくら遊戯銃を改造した物とはいえ、向かってくる銃弾を刀で叩き落とすなんて予想外だ。
「くそ!!」
剣士の行動に狼狽えた俺は慌てて銃の弾数を確認する。
(残りの銃弾は後1発しかない! どうする、どうする!!)
動転して意識が剣士から一瞬離れてしまい、気が付いた時には自分の居る位置から10メートルは離れていたはずの剣士の姿が消えている。
(え!? 一体どこに!?)
剣士の姿を求めて周りを見回す俺の目の前に瞬間移動したように剣士は現れて、その手に持つ剣を振りかざした。
ドクンドクンと心臓の音が大きく聞こえ、俺の目には奴の鋭い刃が、まるでスローモーションを見ているかのようにゆっくりと俺に襲い掛かる。
(やられる!!)
俺は悟り、目をグッと瞑って剣士にやられる覚悟をした瞬間だった。
「ありがとう、望月君、これで奴に隙が出来た」
目を閉じた暗闇に先輩の声が響き”ザシュ!”と音が聞こえる。
俺が目を開けた瞬間、剣士が飛んできた光の杭とともに吹っ飛んで行くのが見え、奴は杭と共に木の激突する姿と栞を手に持ち数本の光の杭を周囲に顕現させた先輩の姿だった。
「さて、これで2対1だ、まだ続けるかい?」
形勢逆転した先輩は、杭と共に木に激突して蹲っている剣士に向かって言い放ち、俺も奴に向けて銃を構える。
今の状況を不利と悟った剣士は、スッと立ち上がり睨み付ける様にこちらを向いたまま森の奥へと暗闇に溶けるように消えていった。
「はぁ~たっ助かった……」
剣士を撃退した俺は思わずその場にペタリとへたり込んだ。
俺のその姿見て先輩は少し微笑んだ様子でこちらに歩み寄ってくる。
「ふふふ、大丈夫かね? 望月君」
「あ、はい。 大丈夫ですよ……ってあれ?」
自分自身でも余程というか緊張していたようで、うまく立つことができない。
「ふふふ、仕方ないな。 ほら」
地面に腰が抜けて上手く立つことのできない俺に対して先輩は手を伸ばす。
「あ……はい……ありがとうございます」
俺は彼女の手を取り立ち上がると彼女はこう言った。
「助かったよ。 もしもあの時に君が時間を稼いでくれなければ、おそらく私はアイツにやられていたかも知れない」
「いえ先輩。 俺はただ無我夢中で……」
「まぁ~とにかくだ……」
彼女はボロボロになった私服についた土を払って俺に言った。
「Good shootだよ、望月君」
その言葉を俺に言った先輩の笑顔は、傷だらけでボロボロであったけど。
とても、そうとても―。




