I Can Fly!!
藤波と別れた後、俺は依頼されていた目標の男の後を追う。
「どこに行く気だ……」
男は、私服に、リュックサックを背負った格好で、国道沿いから、駅周辺、市内などをぶらぶらしていたが、旧道沿いから細道に入り、そこから伸びる石階段を上り始めた。
俺も、同じ道を辿り、石階段の前に看板が立てられて、”成西城跡公園” と書かれている。
そして、俺は俺は先輩に言われたことを思い出した。
何かあったら連絡すること、俺は男を見失わないよう距離を取りながら、先輩に電話をかける。
呼び出し音が鳴るが、先輩出る気配がない。
「先輩、一体何してんだろ」
しばらく携帯を鳴らしたが、先輩は出ず、仕方が無いのでメールで現在位置を送信しておいた。
まぁ、先輩のことだから、どうせ、何処かのファミレスなのでサボっているに違いない。
そう俺が決め付けているのを考えていると、男は階段を上りきり、奥へと入っていく。
俺も頂上に着くと、左右を高さ3mくらいの土の堀と木が生い茂り、幅は1mくらいで土で出来た道が出てきた。
ここで、俺は少し戸惑う、このまま進むべきか、それとも先輩を待つべきか?
その時、駅での先輩の行った言葉が頭を過ぎる。
『望月君、もし、犯人を見つけても絶対に深追いしないで、私に連絡をしてくれ、魔道具を渡されているとはいえ、魔術師としては、君はまだ未熟だ』
未熟……確かに俺は、魔術を使えないかもしれないけど……。
俺が、迷っているうちに男はどんどん奥へと進んでいく。
「ええい、成る様になるなるさ!」
何とか成る自分に言い聞かせて急いで男を追うため堀の道へ入る。
追って中に入ると、男は十字路を左に曲がったり、右に曲がったりと、まるで、こちらを翻弄するかのように歩いて進んでいく。
気づかれてる? そんな考えが頭を過ぎり始めていた頃、突然男が、小走りでT路地を左へ入った。
俺もそれに続いて曲がるが、そこは土の壁が出来ている。
行き止まり? なら、来た道を走って逆に進む、そして先ほどの曲がった道を通り過ぎ、10mほど進んだところのL字路を左に曲がった時だった。
「うわっ」
ドンっと何かぶつかり、走って曲がったことも重なり、当たった反動で、尻餅を付いてしまう。
「いててて――」
一体に何にぶつかったんだ? その正体はすぐに分かった。
顔を上げると、大きさは高さが2m、横が道幅いっぱいの1mくらいで、土を山盛りにしたような形に左右に腕が生え、そして、ハニワのように左右に各1個、それより少し下に1つ窪みがある、物体がいた。
そして、物体はズリズリと引きずるような動きでこちらに向かってくる。
「これが、泥人形か!!」
俺は、急いで立ち上がり距離を取る、そしてポケットから、淳子さんに貰ったカードを出し、エンブレムを押して、ガーディアンを復元させる。
「この!!」
俺は、泥人形に向かって、1発、2発、3発撃つが当たらない。
「この!! この!! くそこの!!!」
続いて4発、5発を放つ。
「当たれ!! 当たれ!!!」
しかし、どれも当たらず、泥人形はどんどんこちらに向かってくる。
それもそうだ、俺はいままで、本物はもちろんのこと、エアガンすら撃ったことが無い上に訓練もしていない、そんな奴がぶっつけ本番で当たるわけが無い。
6発目を撃った後、カチカチとハンマーが叩くが、弾が出ない、そう弾切れだ。
「くそ!!」
このままではやられるなら、やることは1つ戦術的撤退だ。
俺は、来た道を戻て走る。
その間に、銃のシリンダーから空薬莢を抜き、弾を込める。
1つ、2つ……覚束ない手つきで弾を込めていく。
しかし、弾込めに気を取られていたせいか、道に出来た窪みに足を取られて転んでしまった。
ズサーっと前のめりに転び、弾は散らばりと銃を落としてしまう。
「うう、いちちち――」
後ろを振り向くと泥人形はゆっくりとだが休むことなくこちらに近づいてくる。
「うわぁぁぁ!!」
俺は銃を拾い上げ、走り出すが、どこまで走っても曲がり道がない。
幾ら走っても見えてこない、泥人形に遭遇した場所からそう距離はないはずなのに。
結局、先ほどの行き止まりまで来てしまった。
「ほ、他に道は!!」
周りを見るが、左右に3m近くの土で出来た堀、目の前には同じく土の壁が聳える。
俺が他に出口がないか探していると、後ろからズリズリと音がだんだん大きくなる。
泥人形はどんどん、こちらへすぐそこまで迫っているようだ。
俺は、ここから逃れようと、堀や壁を登ろうとするが、土は脆くすぐに崩れてしまって、1mも登れない。
「くそ!! この!! くそ!!!」
必死に足掻くが登れない。
そうこうしている内に、後ろから響いていたズリズリ引きずった音は、ピタリとやんだ。
嫌な予感を感じ、振り向くと泥人形は俺のすぐ真後ろに立っている。
「うわああああああああ!!!」
また必死に壁を攀じ登ろうと手足を動かしていたが、突如、バットで殴られたような衝撃が右の脇腹を襲い、俺の体は、ボールのように吹っ飛び堀へとぶつかった。
「かはぁ、ごは・・・げほ」
泥人形に殴られたことを理解したが体に受けたダメージで、痛みよりか一時的な呼吸困難に落ちる。
苦しい、息が出来ない、けど、すぐ目の前ににはゆっくりとではあるがこちらに向き直り、腕を大きく振り上げる泥人形の姿がある。
「――ッ」
俺は、銃を泥人形の体に押し当て引き金を引く。
パンパンと2回乾いた音が響き、泥人形の動きが止まり、崩れるようにただの土くれと化した。
「ごぼぅ……ハァハァ……ぜ、ゼロ距離なら……下手な俺でも……あ、当てられる」
泥人形を倒した俺は、息を整え、再び銃に弾を込め、男の後を追った。
「ハァハァハァ……」
先ほどの泥人形のダメージを引きずり、脇腹を押さえながらさっきのL字を曲がる。
15mほど進むと堀の迷路から開けた場所に出くわした。
広さは大体20㎡ぐらいだろうか、左に小さな木製の祠、右は、フェンスがありそこからは成西市の光景が見える。
あたりを見回していると拍手と男の声が響く。
「ははは、よくここまできましたね?」
声の主は左の祠の脇から顔を出した。
俺が追いかけてきた奴、そう泥人形遣いだ。
「――ッ」
俺は、男に向かって銃を構える。
「そんな、怖い恐いコワイ物をこちらに向けないでくださいよ、話し合いましょう? ね?」
男はニヤニヤした表情でしゃべる。
「話し合い? ふざけんな!!」
先ほどの殺されかけた泥人形のことを忘れない
「だって、ずっと人の背中をついてまわらえたら、誰だって警戒する? そうだろ?」
「オマエが事件を起こして、追われる理由があるからだろ!?」
男は、薄ら笑みを浮べながら、祠の脇からゆっくりと歩き、広場の中心で止まった。
「事件? ああ、僕はただ、この力を、そうこの力を試しに使っていただけだよ? それをさ、君みたいな
連中がさ、やれ、未登録魔術師は抹殺だの、使用をやめろだの……まいっちゃうよね?」
「その力を使って、人を脅かしたりしていたからだろ!」
そう言い放つと、男は「くくく」笑い、語る。
「あのね、これはね、復讐……そう復讐だよ」
「……復……讐?」
復讐とはどういうことだろうか?
銃を構えたままの俺は男の話しに耳を傾ける。
「そうだ、だって、あいつらは、自分たちは正社員なことをいいことに、その立場を使って、僕を!! 僕をだよ!! 馬車馬のようにこき使い、さらには、使えないだの、お前このままでいいのか? だの人の人格を否定しやがって、けどね、僕だって今の状況を打破しようといろいろ努力したよ? けどさ、所詮Fラン大学で僕にいい転職先なんてなかった こんな社会じゃなけりゃ、あいつらと同じ立場、いや、あいつら以上の場所に居れたはずなんだよ!! けど、僕は手に入れた!! この力を!! この力を使ってあいつらを、僕と同じ、いや、僕以上の目に合わせてやる、あはははははは!!!」
男は、まるで狂気に魅入られているような目で大声を上げて笑っている。
まるで、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように大声を上げて笑っている。
しかし……
「それは、単なるあんたの逆切れだろ」
この一言に男の笑いがピタリと止み、俺を睨み付ける。
「なに……逆……切れ……だと?」
「そうさ、あんたは、今の現状を打破するの諦めて、魔術を使ってただ単に逆切れしてるだけに過ぎないだろ、そんなことをしないで、もっと自分の周りの環境を良くしようと努力しなかっただけじゃないか!! それを復讐? それで、人を脅して傷つけていい理由にはならないよ!! くだらない!」
自分より年下に物を言われ腹が立ったのか、男は突然、発狂し始める。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!! こ、子供の癖に!! 知ったような口を聞くな!!! 」
俺は突然の男の行動に身構えてしまい、少し後ずさる。
そして、男は手を大きく叩く。
すると、彼の周りの土が盛り上がり、泥人形達が現れる。
その数は15体ほどいるだろうか、淳子さんから貰った弾丸は24発、さっきの戦闘で使った分を差し引いて俺の銃の腕を考えるとぜんぜん足らない。
「こ、子供の癖に、子供の分際で僕をバカにするな!!!!」
男の声に一斉にこちらに泥人形が迫ってくる。
幾らなんでも多勢に無勢、このままではやられる。
「あはははははははーーーー死ねーー死んじまえーーー!! あはは、あはははーー!!」
泥人形達が俺の目の前まで迫ったときだった。
上から無数の光の杭が泥人形達を串刺しにし、土くれと返す。
「あああああ!! な、なな、なんだ!!! なんなんだよーー!!!」
「まったく、だから、深追いするなと言っただろ? 望月君?」
俺の後ろから声が聞こえ振り向くと誰かがゆっくりと歩いてくる。
いつも、人を小ばかにしような台詞、俺が知ってる限り1人しか居ない。
「まぁ、なにわともあれ、生きているね?」
長い黒髪にスレンダーな体つき、そして、いつものにやついた表情。
「せ、先輩!!」
「すまない、望月君、遅くなってしまった」
先輩はいつもの飄々(ひょうひょう)とした態度で俺を気遣い、そして、泥人形遣いの方を向き、言い放つ。
「そこの男、本当は、ただ捕獲するだけにしてやろうかと思っていたが、よくも写真部の部員に怪我をさせてくれたな?」
「ふふふっふ、ふざけんなよ!! 誰なんだよ!!! おまえは!!!」
男からそう言われ、先輩は腰に両手を当てる。
「私か? 私は……」
そして、先輩はこの台詞を叫んだんだ。
「私は、この子の部長だよ!」
満面の笑顔でキメ台詞を言った先輩はとても満足そうだ。
だが、彼女のふざけている態度に、男は激高する。
「ぶぶぶ、部長!? 舐めてるのかよ、女の癖にさ!!」
男が再び手を叩くと、周りの土が盛り上がり、泥人形達が再構築する。
数はさっきより遥かに多く、優に40体はいる。
「先輩、幾らなんでも数が多すぎますよ」
俺の心配の声を彼女は掻き消すように言った。
「望月君、大丈夫だよ、このような雑兵取るに足らんよ」
「さっきから、人を舐めやがって!!! 行け!! お前ら!!!」
男の号令に一斉に泥人形達がこちらに押し寄せる。
「さてと、望月君こっちだ!」
後ろ向き先輩はいきなり俺の手を引き、堀の迷路へと入っていく。
「えええ!! 結局逃げるんですか!?」
正面から戦うかと思っていた俺の予想を裏切りった行動取る先輩だが、彼女は5メートルほど進んだところで、立ち止まる。
「そろそろいいかな?」
いったい先輩は何を考えているんだと感じながらも俺も同じように立ち止まり振り返った。
すると、泥人形達は堀の迷路入り口からこちらに向かってきていない、いや、向かおうとしているが、それが出来ないように見えた。
その光景に俺はあることに気づいた。
「あ……そうか」
「ふふふ、そうだよ望月君」
そう、堀の幅は1m、大して泥人形の幅も道幅いっぱいの1m前後それが一斉に考えもなしに突っ込んでくれば、細い入り口に殺到し、つまる、現に2体の泥人形がお互いに強引に入ろうとしたためが横を向く形で
入り口にハマっている。
こうなってしまっては、男の泥人形達を使っての人海戦術も役にはたたない。
「けど、これからどうするんですか? これじゃあこっちも攻撃できませんよ?」
たしかに、これなら、泥人形達からの攻撃は防げるが、こちらも、厚い泥人形達の壁で攻撃の手が届かない、一体どうするのか?
すると、先輩は、ポケットから栞を4枚出し、両腕と両足に貼り付け、指をパチンと鳴らす。
先輩が指を鳴らした瞬間、貼り付けた栞が消滅し、そのかわり、彼女の手足を薄青いオーラが纏う。
「さて、飛ぶぞ、望月君」
「え? 飛ぶって!?」
先輩は突如、俺を左腕で脇に抱え、泥人形の壁に向かって走り出した。
「ちょっ、先輩!! そっちは!!」
俺の話は全然聞いてくれない先輩は走るのをやめない。
そして、目の前に泥人形の壁が広がる。
「うあああああ!!!」
「はははー! I Can Fly!!」
彼女は、泥人形達を踏み台にして、宙を舞った、俺を抱きかかえたまま。
「あはははは、どうだ!! どうだ!! 僕の力は!!!」
空中からは、祠、泥人形達、広場の中心で高笑いをしている男の姿が見える。
俺が呆けていると先輩から叫ぶ。
「望月君!! 今がチャンスだ!!」
俺は、その声にハッとし、銃を両手で構える。
しかし、当たるか? 当てられるのか? 俺が? 先ほどの腕を自分で見ただろう、しかも相手は、魔術師とはいえ人間だ、人間なんだ、俺は撃てるのか? そんな葛藤が俺を襲う。
迷っている俺に先輩は俺に囁く。
「大丈夫だ、君の弾は当たる」
そう言うと彼女は、構えている俺両手に自分の右手を添える。
「よく狙って……相手を殺すんじゃない……相手の力を奪えばいいんだ」
「力を奪う……」
空中から周りを良く見てみると、広場の時には気づかなかったが、祠の脇に、男のリュックサックが置いてある。
「あれか!!」
一気に引き金を引き、6発の弾丸を目標に向けて撃ち込む。
音に気づいたのか、男もこちらを向くが、時すでに遅し、放たれた弾丸の3発がリュックに命中し、俺達は男の目の前に着地する。
「ああ……ああああああ」
振り向くと、40体ほどいた泥人形は、1体残らず、土くれのように崩れてしまった。
「さて、観念するんだな」
先輩は、男に向かって降伏勧告を促すが、男は、手を何度も何度も叩くが、泥人形は出てこない。
「ん!! ん!!! なんで!! なんで!!! なんで!!!!」
何度も何度も強く強く手を叩くが、先ほどのように泥人形達が現れる気配はない。
「何度やっても無駄だよ、君は、魔術を使うことができない」
必死の自分の僕を呼び出そうとしている男に先輩は、腕を取り取り押さえる。
「うがぁ!! 放せ!! 放せよ!!! 放せよぉぉぉぉ!!!」
先輩に取り押さえられた男は、体を動かして抵抗するが、彼女の腕はビクともしない。
そして、ついに力尽きたのか、男は動かなくなった。