ルベウス様のお仕事は?
ルベウスは白い滅菌プラスチックで作られた台の上に白衣で寝そべる。
そして周囲に控えていた医師が単分子メスで素早く尻尾を切断する。
腕ほどの太さで、30cmほどの長さの尻尾が即座にパッケージングされて運ばれていく。
アレがドラゴノイドカプセルの原材料だ。
「お疲れ様です」
「いえ、痛みが少ないように素早く切ってくれるの助かります」
太い尻尾には当然、それに見合う血管がある。
なので切り取られて数秒は溢れる鮮血や髄液がタオルによって拭われたが、それはすぐに止まる。
すぐに薄皮が張り始め、目に見えて解る速度で尻尾の中央の骨が再生をはじめ、周囲の肉も盛り上がり始める。
「それではいつもどおりのランチを」
「はい。おい、厨房に声掛けに行け」
「解りました主任。行ってきますね」
主任と言われた医師は、ルベウスの指示を遂行させる為に数人居る助手の一人に指示を出した。
それを受けて急いで手術室を出て行く助手。
それを見送りながらルベウスは腹部を押さえる。
「ふぅ。やはりコレをやると激しい空腹が襲ってきますね」
「ははっ、尻尾という重要な器官を切り落として空腹で済むなら安いものですよ社長」
「そうですね。その分栄養を取らないといけないのは難ですが」
「確かに難ですね、しかし栄養素さえ取り込めばそのサイズの器官が2時間足らずで再生しきるのは、いやはや」
感嘆しているという感じの主任の言葉を聞きながら、ルベウスは遥の事を考える。
痛みを忘れる為だ。
栄養素の圧縮形成が進んだこの世界ではルベウスが一個食べれば容易く欠損した腕などを再生できるだけの高栄養素ブロックが存在する。
そんな世界でルベウスと同等の再生能力を手に入れられるとあれば、軍が飛びつくのは当然だ。
肉体能力の強化も、倍力スーツ的な、元の力を倍加するようなタイプのパワードスーツを扱う者たちからすれば喉から手が出るほど欲しい。
そんな物の素材を、政府の庇護の下に売る。
全ては遥の、ルベウスの愛する人のためだ。
彼女の生活を助け、その命尽きる時まで共に過ごす為の苦痛に対する忍耐だ。
彼女は術中麻酔は使わない。
もし使って尻尾を切り離しただでさえ不安定になっている身体がいざという時に動かないと困るからだ。
さて、そんなルベウスは搬送台に移され、手術室から出される。
普通の人間なら腕のような大きな部位を切り取った直後にそのまま部屋を出るなどというのは論外だろうが、彼女にその心配は無用だ。
既に子供が作る小さな砂山ほどの高さまで尻尾が再生している。
と、同時にルベウスを襲う飢餓感にはかなり切迫したものがある。
それでも彼女は焦らず、遥の声、吐息、香りを思考しながら別の一室に運ばれた。
そこに待っていたのは色とりどりの料理の群れ。
栄養も計算されたそれらに手が届く所まで搬送台が移動すると、寝転んだままルベウスは食物を貪り始めた。
本来このような食事という形でなくとも、先に述べた栄養素凝縮ブロックを食べれば尻尾の再生分の力は十分得られる。
だがルベウスは敢えて咀嚼を経た消化吸収という手順が必要な、色々な食事の摂取という手段を取る。
それは尻尾を切り落とすというストレスに対する代償行為だ。
要するに美味しい物を思う存分、腹一杯になるまで食べて憂さを晴らすのだ。
まぁ真にストレスを解消する為には遥と言葉を交わす必要がある、というのがルベウスの考えだが。
尻尾が再生しきるまでの2時間程度をゆっくりと食事に費やす。
今頃遥達も昼食を取っているだろうかと思いを馳せながら。
ノックをした政府の役人が入ってくる。
「もうしわけりませんルベウスさん。また薬の増産要求が各所から……」
要求が一定の量たまったのだろう、情報端末を渡そうとする彼の動きをルベウスは制する。
「全て破棄してください」
「毎度のことですが、よろしいので?」
「よろしい、よろしくないではなく。不可能な事を出来ると言うつもりはありません」
「しかし、貴女の尻尾は2時間ほどで完了しますし、増産に踏み切ってもいいのでは……」
「私と政府の立場は対等です。尻尾を売る数は私が決めます」
「……また上の人間からの心象が悪くなりますよ」
「構いません?貴方は私が尻尾を切られる苦痛に耐えろと言っているに等しい言葉を吐きました。貴方は毎日1回腕を切る苦痛に耐えられますか?」
「そ、それは……」
「気づいたのならそんなを下らない要求の詰まった端末は捨てなさい」
「……失礼しました」
ため息をつきながら出て行く役人に目もくれず、並べられた料理からナンとカレーを取り、食べる。
ルベウスにとっても尻尾は売れる間に売りたい。
おそらくこの需要があるのは後数年の間だけだと彼女は考えている。
もしかするともっと短い時間であるかもしれないとまで考えているのだ。
アウターワールドアドベンチャーの流れに乗った異世界探求の動きは非常に熱を持っている。
既に異世界を観測・観察する手段は構築されている。
渡航に至る技術もそう遠くない時期にこの世界の人類は手にするだろう。
それほどまでに演算技術が進んだこの世界のコンピュータと、それを背景に高度な教育を頭の中に収めた人間は優秀だ。
そうなれば現在観測だけされている世界でルベウスを凌ぐポテンシャルを持つ生物を捕獲し、その能力の恩恵を甘受する力は既にこの世界の人間は持っている。
そうなればドラゴノイドカプセルは無用の長物、生産するだけ赤字を生むだけの物になる。
ルベウスは永久に今の政府との関係が続く訳は無いと解っていた。
だから報酬を使って目星を付けた異世界渡航艦の開発研究機関に出資もしている。
異世界への箱舟が完成させそうな、そちらの方面に関わっている企業の株式を大小問わず、乗っ取りにならない程度に買い集めてもいる。
当然、ライバルは多い。
現在の仕事のように独占など望むべくも無いだろう。
それでも異世界からぽっと現れた彼女が1株主、出資者として世界に、遥という存在が組み込まれた社会で生きる道筋を付けられる。
ルベウスにとって配慮し、安否を気遣うのは遥と、その妻として遥をサポートする翠だけだ。
他の全ては等しく有象無象。
それが2000年生きてきて「声」に心を切り開かれた彼女の認識だ。
だからこそ彼女は日々、肉体の一部を切り取られ、再生するまでの間の苦痛に2時間耐える。
意識を臀部から伝わる痛みから料理に戻して残りを平らげに掛かる。
彼女の外見は人に近くありつつ、決定的に違う。
だからだろうか、彼女の倫理観などもどこかいびつ。
それは翠と出合った時に即座に序列を形成した事からも明らかだろう。
彼女は人と獣の間に居る生き物なのだ。
正午頃、尻尾の再生を追えたルベウスは家路に就く為に、専用の護送車に入る。
これは彼女の用意したものではなく、彼女に優先的にドラゴノイドカプセルを供給された軍の用意したものだ。
翼と尻尾のあるルベウスでも広々とくつろげる後部の人を乗せるスペースに入るルベウス。
その内部にパワードスーツを身に付けた強化兵士が二人入る。
更に護送車を囲むように同じ武装をした強化兵士の乗る車が固める。
当然、護送車の運転手も強化兵士だ。
それ以外にもルベウスの家と会社の間の狙撃ポイントは全て強化兵士に占拠されている。
かなり手厚い保護だが、それが続くのもルベウス以上に有用な生物が見付かるまでのことだろう。
ルベウスはそれが見付かるまで精々、軍を利用させてもらうだけだ。
いつもの様に強化兵士達とは一言も交わさずに帰宅したルベウスは、即座に遥の姿を求めた。
「ただいま帰りました。ハル、ハル。ミドリ、ハルは?」
ルベウスが自らの声に反応がない、と思う程度の間が相手から、遥が自室から出てきてルベウスに挨拶をした。
「お帰りルベウス様……今翠ちゃんお昼寝中だからー。しー」
人差し指を立てて、小さな唇の前に立てる遥の姿に、ルベウスは警戒態勢に移ろうとした精神を平常に戻した。
そして微笑を浮かべながら遥へと歩み寄り、自分より小さな妻の頭を撫でる。
「すぐに返事が無かったのは集中していたからですか?」
「ご、ごめんなさい。実は書くのが良い所で……聞こえてたんだけどちょっと離れられなかったの。翠ちゃんは起こしたくないから大声は出せないし」
「ふふ。そういう事なら許してあげます。その代わり、少し好きにさせてくださいね」
「へ?ひゃあっ、ま、またルベウス様はもー」
ルベウスは遥の体を抱え上げ、その頬に何度も口付けをする。
その後はからかうように遥の細い首筋をつっと舐める。
「んんっ!だーめ、ダメだよルベウス様。私まだ小説書かなきゃ……」
「大丈夫です、ソコまではしませんよ。ただもう少し、抱きしめさせてください」
「うん。ルベウス様もお仕事してきたんだもんね。思う存分どーぞ」
ルベウスは毎日出かける先で、どのような手段で資産を作っているかを遥達には言っていない。
ドラゴノイドカプセルの存在も、今のところ軍事機密で一般には知られていない。
遥に心配させないために。
優しい遥が今の生活を保つ代償を知って哀しまないように。
遥がルベウスのしている事を知れば、即座にやめてくれというだろう。
そう遥に言われればルベウスはそれを拒めない事が解っているから、知らせない。
ルベウスは、彼女にとっては実時間であり、遥にとっての仮想の2000年で、あまりにも強烈に遥に縛り付けられてしまった。
その上、彼女の耳にはまだ届くのだ。
魅了の効果が乗った遥の声の強制力が、どうしようもなく惹かれて、服従したくなる声の力。
もし遥が強圧的な使役者であれば、ルベウスはただではすまなかっただろう。
その再生力を利用して更に日々を刻まれながら過ごす事になったかもしれない。
ルベウスはそうでなかった事に感謝し、愛を篭めて遥を抱きしめる。
それは約10分に渡って続いた。
満足したルベウスが遥を離そうとすると、遥から待ったの声が掛かり、ルベウスの肩に重みが加わる。
そして次の瞬間には、ルベウスの肩に手を置いて伸びをした遥のキスがルベウスの頬に落ちた。
すると遥は、少し恥ずかしそうに目を細めて言った。
「お返しー」
きらりと光る歯を覗かせながら微笑みかける遥に、改めてルベウスは遥の唇にキスをしてから、遥を降ろした。
これには遥は何も言わず、ただ少し頬を赤くしながら、作業の続きをする為か、自室の中へ入っていってしまう。
ルベウスはその後姿を見送り、自らの唇を押さえながら、遥との接触の感覚を反芻してしばらく楽しんだ。
コレだけでルベウスは日々の断尾に耐えられる。
その後は自分の部屋から情報端末を持ち出し、遥に今書いている分の小説のデータをコピーし、部屋に戻って情報端末でそれを閲覧する。
この話のストックは1年前、遥が物語を綴るようになってから、この時代のデータ量としては極少ないが、20GBほどになる。
遥が書いている文章を添削するなどという事をルベウスはしない。
ただ純粋に彼女の創る物語を楽しむ。
編集と翠の添削の入っていない、生のデータ。
それを楽しむのは遥の傍に居る者の特権であり、現実とは随分違う『自分』を楽しむ時間だ。
穏やかで、寂しがりやで、優しい、そんな遥から見た『自分』の姿を楽しむ。
小説の中で描かれる自分こそが、遥の眼に映る自分なのだ。
遥にとっては自分はそういう存在で良い。
部屋の大半を占めるベッドの上で寝転がりながらそんな楽しみに浸っていた。
すると気がつけば夕食の時間になったのか翠が部屋の外からルベウスを呼び始めた。
その声に応えて部屋から出たルベウスは翠に今日の夕飯のメニューを尋ねる。
「ご苦労様ですミドリ。今日の夕飯はなんですか?」
「豚の生姜焼きと山盛りの千切りキャベツ、それからレンコンの天ぷらと小松菜のおひたしよ」
「そうですか。レンコンの天ぷらというと、ハルが喜びますね」
「喜んでたわ。とってもはしゃいでたのよ」
「そうですか。それは何よりです」
2人の間では遥の喜びは自らの喜びに変換される。
それは傍から見れば宗教じみている。
いや実際宗教に近い状態なのだろう。
ルベウスは力ある声に心を揺さぶられ、翠は幼い頃に刻まれた原体験に裏打ちされた遥のお嫁さんという立場だけで感じる多幸感がある。
2人は互いに唯一のその気持ちの理解者であり、大切な宝物の共有者だ。
恐らくその結束は巌のように堅い。
だが2人の感情が宗教から外れている所は、その素晴らしいものを広めるつもりは無いというところだ。
遥の素晴らしさは自分達だけが解っていればいい。
そんな閉じた二人は偶像の待つ今のテーブルに向かい、それぞれの位置に付いた。
「あ、二人とも来た!ねぇ翠ちゃーん、食べて良い?」
「いいわよ。それじゃあ頂きます」
「では私も頂きますね」
「いっただっきまーす!」
好きなものは真っ先に食べる性質なのか、遥はまっさきにれんこんの天ぷらに手をつける。
「んー!」
口いっぱいにれんこんの天ぷらを含んだ遥は、しっかり口を閉じてさくさくとそれを噛む。
その顔には抑えきれない嬉しさが浮かんでいて、口を開かずとも美味しいという声が翠に伝わりそうなほどだ。
その後もご飯を食べ、れんこんを食べと繰り返し、あっという間に平らげてしまう。
「おいしー!翠ちゃんの料理はいつも美味しいね!」
「遥ちゃんがそういってくれると私も嬉しいわ」
「ハル、私の分のれんこんも食べますか?」
「いいの!?」
「ダメよ遥ちゃん。ご飯はちゃんと栄養を考えて作ってるんだから」
「うーっ、はぁい。ごめんねルベウス様。折角くれるっていったのに」
「いいんですよハル。貴方が喜ぶ顔が見られないのが少し残念ですが」
これはルベウスと遥の憩いの時間を翠が邪魔したので協定違反になる様に見える。
しかしルベウスは食事関連は全て翠に一任している為に素直に引く。
他にも遥の体調に関する事なら優先権は全て翠にあると、ルベウスは認めている。
こうして穏やかに食事の時間が終わってしばらく立つと、ルベウスは遥を風呂に誘う。
それは遠まわしな今夜のお伺いであり、遥は僅かに頬を上気させながらも考える。
まぁ、最終的には合意してしまうのだが。
遥は夫と妻の役割を担っている為性的な交渉は週に4度という、どちらかといえば多いほうに属する人間だ。
しかしその内容はソフト。
使うのは精々口と指くらいで道具は使用しない。
この時代になれば使い捨ての擬似性器というのも存在するが、そういうものも使用しない。
あくまで触れ合いがメインなのだ。
裸で触れ合い、その日その日の会えなかった時間に柔土を被せるように埋めていく。
そんなプレイが主流だ。
この前段階として共に湯浴みをしてリラックスする。
時にはその時に前戯めいた事も行う。
初めはこの習慣を作るのにルベウスと翠は骨を折ったものだった。
さほど広いとまではいえないバスルームに翼と尻尾という、かさばる器官を持つルベウスを含めた三人ではいる。
そして触れ会う事を少しずつ普通の事に変えていったのだ。
その際に、元々知識でしか知らなかった夫婦の夜の営みもルベウスと翠の二人で教え込んだ。
遥はそれを素直に吸収して、存分にその経験を二人に対して発揮した。
そんな昔の事は置いておいて、湯辺りしない程度にゆったりと、ルベウスと遥は軽くシャワーを浴びた後湯船に入る。
その後、丁寧に互いの体を洗い合う。
遥は髪も短くて体も小さいため、ルベウスが意図的に特定部位をねっとりと洗わなければすぐ済んでしまうのだが。
ルベウスを洗うのには時間が掛かる。
髪は長いし、翼や尻尾から周囲に広がる鱗を洗う専用のブラシを使う。
その上、自分の体を一生懸命洗っている遥のあらぬところに手を差し入れて作業を妨害する。
「ちょ、ちょっとルベウス様!洗ってる途中だよー」
「ふふ、私の事は気にせずに続けてください。ああ、柔らかいですね」
「うー……そんな所いじられて気にせずだなんて……無理ー……」
ルベウスが自分の背中に生えている鱗にブラシを掛ける遥の股に手を伸ばして、そこで手を蠢かせる。
その感触に甘い声をもらす遥。
その声にルベウス自身も潤ってくる。
「ハル。もう切り上げてベッドに行きますか?」
「……うん」
恥ずかしそうに頷いた遥と自分の体をシャワ-で洗い流して、脱衣所でそれぞれ身体を拭き、用意しておいた夜着に着替えてルベウスの部屋に向かう。
薄いイエローの半そで上着とキュロットのズボンを穿いた遥を、身に付けるものは何も無く、背中の尻尾から翼、そこから続く肩口まで伸びる鱗を露にしたルベウスが運ぶ。
ルベウスの腕の中で身を委ねる遥の姿は、ルベウスにとってその場で襲いかねないほど魅力的なものだ。
だがその衝動をベッドの上で、睦言を交し合い、絡み合い、感じ合う事を考えて抑える。
こうして週に4度の長い夜は始まるのだった。
擬似性器が全年齢に引っかからないか。
ちょっと不安ですね。




