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Lesson2.クラブ・ペコー(6)

 カニ怖い、カニ嫌い。


 コレットはブルブルとふるえる手で毛布の端を掴み、くるまっていた。


「なあ、クダチ。コレットは大丈夫なのか?」

「怪我の方はね」


 クダチの言うとおり、ルネの母親は治癒術に長けていた。それでもコレットの治療は一晩かかった。クダチの応急手当はルネに任せ、付きっきりで一晩。それほど危険な状態だったのだが、なんとか命をつなぐことが出来た。


 軽くトラウマは植え付けられたようだが、無事で何よりだと安心していたのだが、間の悪いことにどこかで話を聞きつけてきた村長が、ルネの家に押し掛けてきた。


「コレット様が重体と聞きましたぞ!」

「また鬱陶しいのが来た」

「このような汚いあばら屋では怪我が悪化しますな、私の別宅へ今すぐ移しましょう、そうしましょう。おい、この小汚いベッドごとお運びしろ」


 後ろに控える厳つい男達に指示を飛ばす。


「お、おい馬鹿やめろ」


 クダチの制止を無視してドカドカと無遠慮に男達が入り込んでくると、コレットの肩がビクッと跳ねる。そして予想通り、大量のつるバラに全身穴だらけにされた男達の絶叫が響きわたった。


「俺たちでも近づけないってのに」

「依頼は解決したわけだし、放っておこう。もはや他人だ」


 二人は粗大ゴミのように村長達を追い出す。カニが二匹いたことは予想外だったが、とりあえず討伐依頼は完了したはずなのだから、文句を言われる筋合いはないはずだ。あきらかに不法侵入なのだし。

 あとはギルドに戻って報告するだけだなと話し合っていると、コレットがゆらりとベッドから立ち上がるのが見えた。


「お、大丈夫なのか」

「あれ?」


 力が入らないのか、コレットの膝がカクリと折れた。クダチは身体を支えようとして手を伸ばす。一瞬つるバラに巻き付かれる自分の腕を想像してぎゅっと目を瞑るが、痛みはやってこなかった。

 代わりに柔らかい感触が腕に伝わってくる


(こっ…これは…)


 まずい、叩かれると思いつつおそるおそる目を開けると、コレットはぐったりとしたまま腕に巻き付いていた。


「こ、コレット?」

「うん、ごめん力が入らなくて」


 お腹が空いたみたいと頬を赤らめるコレットを見て、ほっと胸をなで下ろす。

 そして懐から小さな包みを手渡した。


「なに?」

「とりあえずこれ食っておけよ。今から食べるもの作ってくるから、それで我慢してくれ」

「あ、うん。ありがとう。スープとかだと嬉しいかも」

「わかった」

「マウもルネさんたちを呼んできてくれ」

「ああ、了解だ」


 コレットはクダチに渡された包みを眺める。葉でくるまれたそれをそっと開けると、中から白く筋張った食べ物が出てきた。


「魚?じゃないかな、うーんなんだろ」


 クダチがくれるのだから、毒ではないだろうと口に放り込むと、ふわっとした触感の後に程良い塩味がした。


「あ、おいしい」


 3つほど入っていたオヤツをもぐもぐ食べていると、なんだかふわふわした不思議な感覚に襲われた。


「コレット、お主足元がふらふらしてるが、大丈夫か」

「大丈夫じゃないかな」


 ほわんとした状態で居間にたどり着くと、ルネ達家族も集まっていたので軽く挨拶をすませる。特にルネの母親には治療のお礼をしようとしたのだが、娘を助けてもらったのでおあいこですと断られた。

 そんな中でルネは申し訳なさそうに恐縮して座っている。


「あの、クダチさんが珍しいものを食べさせてくれるっておっしゃるので…お言葉に甘えてしまってすみません」


 本来ならば、食事を用意しなければいけない立場なのにと、しきりに謝ってはマウノに慰められている。


 ゆらゆらと揺れながら、そんなルネの様子を見ていたコレットは、どうしても気になっていた事を口にした。


「猫人族って」

「はい」

「にゃん、っていわないのですか?」

「い、言わないですよ!」


 語尾にニャンがつかないと知って、カニに刺された以上のショックを受けた。

 そういえば昔、ロベルトに猫人族はそんなしゃべり方しないと笑われた事があったなと思い出す。


「そんなバカな。本当に言わないなんて、そんな事があって良いものですか」

「コレットさん!」


 へにょりとタコのように床へ崩れ落ちたコレットを心配してルネが立ち上がるが、マウノには放っておけと言われたが、やはり気になって傍らへ介抱しにいく。


「あの、コレットさんお辛いようでしたらベッドで」

「にゃんこ力が足りないのです」

「にゃん、なんですか?」

「ルネさん」

「は、はい」


 コレットの放つ目力が凄まじい事になっていた。


「セリフは、にゃん、でお願いします」

「ええっ!?」

「お願いします、一回でいいんです」


 ぺこり、と頭を下げられた。

 って、どうするのよーという顔で周りを見回すルネだったが、助けてくれそうな人はいない。皆一様に視線を外していた。


(ずるい!兄さんまで)


 もしかしてクダチさんが帰ってくるかも、などと思って厨房を振り返るが、そんな気配は無い。しばらく逡巡した後、恩人のためだしと諦めて小さな声でささやく。


「む、無理しちゃいけないです―――にゃん」

「ふあぁぁ、ルネさん可愛いです!にゃははは」

「ヒッ?」


 むくり、と起きあがったコレットに抱きつかれて硬直したルネだったが、すぐにマウノがコレットを引き剥がした。


「バカ、やめろ」

「むぎゃー、私からにゃんこ力を奪うなー」

「どうしたんだ、一体」

「にゃははははは」

「頼むから、正気に戻ってくれ」

「私は正気だぞーおー」


 明らかにおかしい。

 どうしようと一同顔を見合わせた時、クダチが大きな鍋を持って厨房から出てきた。


「みんな、待たせたな!こいつは美味いぞ」


 ドンと床において、豪快に開けた蓋から美味しそうな香りが漂ってくる。食欲をそそる香りだが、オレンジ色のスープに浮いている物体を見て、マウノは嫌な予感しかしなかった。


「おい、クダチ。これって」

「まずは食え!それから文句を言え」


 有無をいわさず椀にスープを注いでいく。

 香りは素晴らしいのだ、香りは。しかしあの素材は間違い無くカニだ。

 マウノは、ゴクリと喉を鳴らした。

 だが躊躇するマウノの横で、歓喜の声をあげる少女がいた。


「あー、ごちそうが来た!いただきまーす」

「おい、まてそれは私の」


 マウノの椀を強引に横取りしたコレットは、熱いスープをものともせずゴクゴクと飲んでいく。

 呆気にとられる一同のなかで、クダチだけは嬉しそうにその様子を見ていた。


「コレットの口には合ったみたいだな、よかった」

「これ、本当に美味しいよ。クダチは天才ですね」


 直後、えへへ笑顔を見せたまま、コレットはバッタリと仰向けに倒れた。


「おおおいっ!」

「コレットさんっ」

「大丈夫かっ」

「どうしました!」

「ぎゃーおねーちゃんが死んじゃったー」


 騒然とする居間で、コレットはとてつもなく幸せそうな顔をしながら、むにゃむにゃと寝言を言うのであった。


「美味しいにゃーん」


 エルフにとって、カニは『猫にマタタビ』だと判明したのは翌日のことであった。

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