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Lesson3 初級試験(4)

 コレットは、上部が開いた巨大な筒上の装置をドシンと地面に置くと、手にした純白のローブを少年に渡した。


「あなたが依頼人ですね。良いですか、最初ちょっと災害ですけど、その後きっと満足しますから大丈夫です。あ、フードもきちんとかぶって下さいね」


 手渡したローブは日の光を受けてキラキラと輝いている。


(なんだろ、このローブ。軽いし…なんか輝いてる)


 少年は言われるがままにローブをはおり、フードで頭を覆い隠す。ギプリン蜘蛛の糸で作る上げたローブは、相当の豪雨でも使用者を護ってくれるだろう。


「おい、デコ。髪を染めるのに、なんで頭を隠すんだよ」

「は、なぜ頭が関係あるんですか、ナナルーレット」

「いや、だってお前…」

「ゴチャゴチャうるさいですね。さては邪魔する気ですか?」


 ぷしゅーっと、口から蒸気でも吐き出しそうな勢いのコレットに、まずナナルが沈黙した。


「あのぅ、コレットちゃん?もしかして、あなた勘違ー」

「ええい、私は3日徹夜なんです、一刻も早く寝たいんです。邪魔するなら、シモンヌといえどもコロがしますよ」


 血走ったコレットの目に気圧され、シモンヌも撃沈した。

 そんな静寂の中でも、精霊達はお構いなしに騒いでいる。


『いや、コレットちゃん寝てたじゃん』

『アレは気絶してただけだし、しょうがないんじゃない』

『大半は俺たちが作ったんだよねー』

『楽しかったから、いいけどさ』


 精霊達の声が聞こえるのは、コレットだけだ。だから、盛大に無視する。


「さあ、いきますよぉ」


 大きく息を吸い込み、両手を広げると、右手に魔力が集まってくるのが判る。


「百花斉放、狂い咲きです。うりゃーっ」


 恐ろしくハイになった笑い声に一同が引いた直後、コレットの右手を中心に地面から深紅の花が姿を現した。そして一瞬のうちに裏庭を埋め尽くしていく。

 真っ赤な海の中に立っているような感覚。


「わぁ、コレットちゃん凄い。これなんて魔法?」

「フラワーバレットです」


 乙女な顔をしているシモンヌに、コレットは物騒な名前を告げる。もちろん、そんな魔法は無いが、固有魔法の事を言うわけにもいかず、適当な名を付けただけだ。


「素敵な魔法ね~」

「けど、だから何だよ。花で髪を染めるってのか?」

「ナナルリラは、浪漫がありませんね。これで感動しないなんてゴミ屑以下です」

「お前、どんどん俺の扱いが酷くなってないか」


 庭中に咲いた花の名は『カルバンニ』。大きな深紅の花は、つぼみの状態で雨を待つ。そして雨後の日差しを受けた時、幻想的でちょっと危険な事が起きるのだ。


 そんな危険な花が裏庭を超えて、森の方まで広がり始めた。固有魔法が暴走し始めているのだが、コレット本人は全く気がついていない。

 一体どこまで広がっていくのか、その災厄を考えて不安になったサエナ婆は、コレットの足元を前足で叩いた。


「ちょっと待ちな、コレット。まさかとは思うけどこの数のカルバンニを咲かせるつもりじゃないだろうね。まあ今日は快晴だし、雨がないから大丈夫だろうけど」

「あっはっはっは、サエナ婆様。何のための精霊機だとお思いで」

「せ…なんだって?」


 コレットがバンッと巨大な筒の機械を叩くと、中の精霊達が抗議の声を上げる。


『うわぁ、びっくりした!』

『ちょっとぉ、乱暴しないでよ』

『こんな狭いところに押し込めて、覚えてなさいよ~』

『ん、そうだよどうせだからさ…』

『え、なになに』

『あら、面白そう』

『私たちも驚かせられるかしら~』


 途中からヒソヒソ声になったので、コレットにはざわめき程度にしか聞こえなかった。


「精霊機だってぇ?」

「そうです、えっへん。3日間徹夜で作った雨を降らせる機械なのですよ。あ、もっとほめて下さい」


 あんぐりと口を開けているのは、生徒達だけではない。サエナ婆ですら呆れ顔でコレットを見ている。


「コレットちゃん、見習いの私たちに天候を左右するような魔導機なんて作れるわけないよ」

「なにを言ってるのです、シモンヌ。精霊機です、魔導機じゃありませんよ。だいたい魔法でそんことできるわけありません。ちょこっと精霊に『お願い』するための器ですよ、これは」


 自慢げに胸を反らすコレットに、ナナルが代表して一同の気持ちを代弁して応えた。


「精霊にお願い?命令の間違いだろ」


 魔法使いは、普段精霊達を見ることが出来ない。召還の魔法を行使し、使役の呪文を唱えて拘束してはじめてその存在を視認することが出来る。彼らにとって精霊とは隷属するものなのだ。


「命令、じゃなくてお願いですよ…」

「大体、お前使役魔法なんて使えるのかよ」

「そんなの、使えるわけないです」

「インチキくせぇ」

「…」


 コレットの悲しみは、周りの精霊達に伝播してしまう。だから頭を大きく振って、すぐに気持ちを切り替えた。


「まあ、良いです。動かせばわかりますし」


 ふんっ、と鼻から息を浮き出しながら、花をかき分け、精霊機へと近づく。久しぶりに遠慮無しの全力で作った作品だから、楽しみだった。


 コレットが筒上の装置に怪しく付けられていたボタンを押すと、ふわりと風が渦を巻いたのが見えた。

 その後渦は徐々に湿度を上げ、勢いを増していく。


 彼女の目論見では、裏庭に散水する程度の威力があるはずだった。その後日の光を浴びて、一斉に開花すれば大方成功だ。しかし、狭い精霊機に押し込められた葉水の精霊とそよ風の精霊達は、解放された喜びから暴走を始めたのだった。


『ぎゃはははははっ』

『楽しいーっ!』

『どうせだから派手にいこうよ』

『暴れるぜーっ』

『全開だーっ』

『俺はやるぜ、俺はやるぜー』


 精霊の騒ぎに、コレットは思わず耳を塞ぐ。もちろん精霊の声など聞こえない一同は、巨大な精霊力に圧倒され、ただ呆然とするだけである。


「なんだ…ありゃ」

「コレットちゃん、ど、ど、どうなって」

「あ、あれ?ちょっと、設計と違う、かな?」

「かな?じゃねぇーっ!」


 ナナルが叫び声を上げる間も、精霊達は魔力全開で周囲を突っ走った。その結果、上空に怪しい雨雲が立ちこめている。


(あ、やばい)


 空を見上げていたコレットは、鞄からゴソゴソと何かを取り出した。


「あの、コレットちゃん? それは何かな?」

「急ごしらえで作った『雨よけハット』ですよ」

「な、なんでそんなのが必要なのかしら」

「濡れるのは嫌なのです」


 直後、バケツをひっくり返したかのような豪雨があたりを埋め尽くす。息が詰まるような激しい雨が30秒ほど続くと、降り出した時と同様に突然カラリと晴れ上がった。


「げぇーふ」

「うえぇぇ」


 全身ずぶ濡れで、地面を這いつくばるナナルとシモンヌ。一方、サエナ婆は首尾良くコレットの足元へと避難していた。


「む、もう壊れましたか雨よけハット。根性が足りません。ああ、少年は大丈夫ですか?」


 フードの中から少年が顔をのぞかせた。驚いた表情だが、それでもキラキラとした好奇心あふれる目で辺りを見回し、コクリとうなずいた。


「さてこれからが本番ですよ。少年、つぼみを見てください」


 ちょっと予定外の雨だったが、これはこれで都合が良いと思った。カルバンニのつぼみは、雨後に破裂して深紅の花粉をまき散らすのだ。



『パン!』

「うぉ」


 ナナルの後ろにあったつぼみが一つ、大きな音を立てて破裂した。周囲では細かい粒子状の花粉がフワフワと宙をただよっている。とても軽いらしく、ナナルが立ち上がった時の空気の流れで、ふわっと上空に舞い上がってしまった。


「なんだこりゃ」


 ナナルが手をのばしかけた時、突然いくつもの爆発音が鳴り響く。


 パパパパン!

 バンッ

 パーン


「ぎゃあああ」


 大小様々な爆発音と悲鳴が混じる中、コレットは仕上げの準備を始めた。あとはちょっとした風を起こして、空中に舞い上げてやれば周り中が赤く染まることでしょう。成功を確信した笑顔で破裂が収まるのを待っていたのだが、一向に鳴り止む気配が無い。


(はて…そんなに沢山咲かせたつもりは無いのですが)


 本人としては、裏庭一杯ぐらいのつもりなのだ。実際には森一面なのだが。

 阿鼻叫喚から1~2分ほど経った頃、ようやく破裂音が収まり始めた。


「コ…レットぉ~」


 地獄の底から響いてくるような恐ろしい声は、聞こえないフリで対処。つとめて明るく、爽やかな声で最後の仕上げを行った。


「それ、舞い上がれ~っと♪」


 タクトのように指を振り上げると、周りを漂う花粉がふわりと空に舞い上がり始めた。すると、鬼のような形相だったシモンヌが、再び乙女の表情へと変わる。


「わぁ、なんか素敵~」

「だから、これが何だってんだよ」

「…」

「まあ、綺麗ではあるがな」


 少年を含む全員が、その光景に和んでいた時、精霊達はすでに悪戯計画を発動していた。


『さて、そろそろ呼んじゃいますか』

『わー、久しぶりだなぁ元気かしら』

『最近暇だってグチってたから、喜ぶよきっと』

『じゃあ皆一緒に~』


『キングさまー!おいでませー!』


 ・・・


 コレットは混乱していた。さっきから風の精霊シルフ達が、なにやら不穏な叫び声を上げているのだ。


(何ですか、キングって)


 ものすごく嫌な予感がしていた。約束ではちょこっと風で巻き上げる程度だったはずなのに、風の勢いは収まるどころか、ますます強くなっていくのだ。


(ど、どーなってるんですか)


 嫌な汗が背中を伝う。

 と、その時、聴いたこともないようなドスの効いた低い声が聞こえてきた。


「呼ばれて、来たのであ~る」


 圧倒的な魔力を持った音符が降ってきた。


「うわっ、なんだ」

「きゃっ、重いっ」


 ナナルやシモンヌには、音符しか見えなかったが、コレットにははっきりと見えていた。東の風の精霊王。

 4人いるという風の精霊王の中でも、変わり者の王だと聞いている。もちろん、おとぎ話での話だが。

 呆然とするコレットの周りで、精霊達は大はしゃぎだ。



『キャーッ、キングサマー!』

『キター!』

『キング様の格好良いとこ見てみたい~』

『キング、キング、キング』


 精霊達がはやし立てると、キングは嬉しそうに手を挙げた。


「まかせるがよ~い、子供らよ」


 そして、楽しげに手のひらを軽く振るった。

 本当に、軽く振るった。


 ゴオオオオオオオ


「ぎゃああ」

「飛ぶ、飛ばされるうぅ」

「しぬー」


 巨大な手から放たれた台風の如き強烈な風は、森中を埋め尽くしていたカルバンニの花粉を一斉に天空へと巻き上げてく。

 そして、気が遠くなるほど膨大な数の深紅の粒子が空を埋め尽くすと、まるで茜空のように真っ赤に染まった。細かい粒子なのでうっすらと陽の光を通し、ほんのり輝いて見える。


 しばし静寂が訪れた。



 ところどころにあいた隙間から日の光が筋を作り、まるで神が光臨するかのような神々しい風景だった。


「あ…あ…」


 フードをまくり上げた少年は、空を見上げている。

 目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「すごい」


 少年の口から、言葉がこぼれ出す。 

 深紅の光に埋め尽くされた静かなその世界で、少年はゆっくりと口を開いた。


「神を朱く染める、これだったのか」


 世界に美しい声が戻ってきた瞬間だった。


 そしてこの出来事は、後に周辺の村々で300年以上も語り継がれる事となる。有名な「(あけ)の花吹雪祭り」の原型となる出来事であった。

これにて初級試験のお話は終了です。

まずはここまで読んで頂いた皆々様に深く御礼申し上げます。

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