Lesson2.クラブ・ペコー(4)
招待されたルネの家は酷く質素なものだった。この村における一般的な獣人の住宅と聞いていたが、雨風すら凌げるか怪しいほどボロボロな狭い建物に家族4人が肩を寄せ合って住んでいる。
「ルネ!」
「お姉ちゃん!」
ルネが扉を開けた途端、中から小さな弾丸が飛び出してきた。腹に突進してきた小さな妹と大柄な兄がルネの体をしっかりと包み込み、無事を喜んでいた。
ここ数日獣人に対する風当たりが一層強くなってきたところに、いつまでも帰ってこないので心配していたのだそうだ。助けて貰った経緯を説明し、マウノ達を家族に紹介する。
「乱暴されそうになったけど、マウノさんが助けてくれたの。虎人族だって」
マウノを見た母親は卒倒するほど驚いていたが、兄妹達は珍しい虎人族が見られたことを純粋に喜んでいるようだ。
立ち話も何だということで、居間に通されたが、8人が一部屋にひしめきあう大混雑となった。その事にルネは申し訳なさそうに俯いていたが、マウノはむしろ喜んでいる。
「私の実家も兄妹が多かったからな。飯の時はいつもこんな感じだったよ」
懐かしむように周りを見回している姿を見て、ルネは少しホッとする。伝説の虎人族もそんなに怖い人では無いのかもしれないと。
もっとも、外見はやはり威圧感があった。精悍な顔つきだが盛り上がった筋肉は、服の上からでも良くわかる。
きっと自分など、軽々と片手で持ち上げてしまうのだろうなぁ、などと妄想しているところに、横からコレットに話しかけられた。
「ルネさん、わーとらってそんなに珍しいんですかね」
「ワートラ?あ、いえ、そういうわけでは」
ルネは、眩しそうにマウノを見ていたのがバレたのかと、頬を染めて口ごもってしまったので、兄が代わりに応えた。
「ワータイガーは獅子族以上に個体が少ないと言われていますね。私も見た事がありませんでした。特にマウノさんは白虎という希少種ですから、一生に一度であるかどうかといった感覚です」
「ああ、白いわーとらは稀少なのね」
ぽんと手を叩いたコレットに、すかさずマウノがツッコミを入れる。
「そのわーとらってのやめんか」
「タイガーより可愛いのです」
「気が抜けるわ、とにかく止めてくれ」
「何を今更。ずっとわーとらだったじゃないですか」
「今までは我慢してただけだ」
「なんかこだわりますね。ハッ!?さてはルネちゃんがいるから格好良く見せようと」
「適当な事を言うなっ」
ペチッとコレットの頭が叩かれた。
その様子で緊張が解けたのか、妹がマウノの所へやってきてペタペタと体に触りはじめる。最初は遠慮がちに、そのうち大胆に太い腕にぶら下がってみたりと遊び始めた。そして兄の方はというと、マウノの武勇伝をしきりに聞きたがっている。
打ち解けた感じで、ひとしきり虎人族の話題でもりあがったところで、マウノの腹の虫が鳴き始めた。
「そういえば何も食っていなかったよな」
クダチも苦笑しながら自分の腹を押さえている。コレットは手持ちの食材を頭に浮かべた。
「マウ、スープでも作りましょうか」
「いや、ルネさん達に迷惑をかけるわけにはいかんだろう」
マウノとしては、親子の団らんを邪魔するのは良くないという意味で言ったのだが、盛大に勘違いしたルネは叫ぶように応えた。
「す、スープを作る食材くらいあります!貧乏でもそのくらいっ」
恩人に対して、食材をケチるなんてて失礼なことはしませんと憤慨するルネに、マウノは可哀想なぐらいオロオロと弁明していた。
「そういう意味じゃないんだ、すまない」
大きな体を小さくして謝るマウノの姿がおかしかったのか、すぐにルネは笑顔を取り戻す。
「でも、そんなに凄い食材はないですけど」
「何言ってんだ、凄いのがあるじゃないか」
「え?」
突然横から会話に参加してきたのはクダチだ。それまで黙って微笑んでいただけの彼が、急に熱弁を振るい出す。
「立派なカニが出るらしいじゃないか」
「オ、オレンジ・クラブの事ですか?」
素っ頓狂な声を出したのはルネだ。悪魔のようなオレンジ・クラブを食材として見た者などこれまでに聞いたことも無いし、大体カニを食べるような習慣もなかった。
驚く猫人族の様子に、クダチは不満顔だ。
「君達もそっち派か」
「ほら、普通食べないでしょ?クダチも負けず嫌いですよね」
「うるさいな、食ってみてから判断するんだろ?」
「そうですけどねぇ…ぷぷ」
クダチの裸踊りを想像してしまったのか、コレットは顔を赤くして笑いを堪えている。
「あの、皆さん本当にカニを食べるおつもりですか?」
「もちろん。深くてデカイ鍋があると助かるんだが」
「それは、まあ、ありますけど」
そこは漁村なだけあって、魚を調理するための器具は一通り揃っている。
「んじゃ、とりあえず一匹だけでも狩ろうじゃないか」
「泣いて懇願してもダメだからな、クダチ」
「はん、そっちこそ後で吠え面をかくなよ」
バチバチと火花を散らせながら、二人の男が飛び出して行った。
残されたコレットは、出されたお茶を飲み干してから、優雅に辞去する。
「それでは、後ほどカニをもってお伺いいたしますので」
「あ、はい…」
なんだか良くわからないまま、お辞儀をするルネにコレットはどうしても聞いておきたかった質問をする。
「ところで、猫人族の方って」
「はい?」
「虎人族と恋人になれるものなのです?」
「し、知りません!」
真っ赤になって首を振るルネだったが、その反応が答えになっていた。
(これは、面白くなってきましたね、くくく)
モジモジとするルネを眺め、ほんの少しだけブラックな微笑みを浮かべるコレットであった。




