Lesson2.クラブ・ペコー(3)
アサギ海岸に位置する小さな漁村は、端的に言うと寂れた小さな村だ。名前もアサギ村と何のひねりもない。村の収益の9割は水産物で、家族総出の作業が多いせいか学校なども存在しない。
そんな小さな村が、なぜ高額の報酬を払ってまでギルドに依頼したのかと言えば、主産業たる漁業が壊滅状態に陥るほどの脅威が発生したからである。
「それはもう、悪食としか言いようのない程、酷いものでして…」
旅の疲れを癒す間もなく、到着するなり村長宅へと通されたコレット達は、延々と村長の愚痴を聞かされていた。時々発生するオレンジ・クラブと呼ばれる凶悪なカニは、目に付いた生き物を手当たり次第に貪り尽くし、海岸付近を死の世界に変えてしまう迷惑な生物であった。
いつもは現れても一匹なので村の若者が総出で狩りをすれば、討伐できるのだが、今年に限ってなぜか大量発生したらしい。
「危なくて漁にも出られんのです」
一度、血気盛んな若者3人が強引に船を出そうと突撃した事があったが、あえなく真っ二つにされてカニの養分となってしまったらしい。
「どうかよろしく頼みます」
ガシッと両手を掴まれて動揺するコレットの横で、クダチはおもむろに皮手袋をはめ始めた。
「我々に、お任せ、ください」
誠実そうな顔を村長にむけつつ、コレットを握りしめる手をそっと(ギリギリと)引き剥がしていった。
「あの村長、お前のこと睨んでおったぞ。やりすぎじゃないか」
「知るか、あんなエロ爺ぃ。さっさとくたばれば良いんだ」
「全く、コレットの事になるとお前は頭のネジがぶっ飛ぶな」
「放っとけ」
クダチとマウノはコソコソと内緒話をしている。少し前を行くコレットは、海が見られて嬉しいのか、他に楽しいことがあったのか、やたらとご機嫌だ。
しばらく堤防の上を鼻歌交じりに歩いていたのだが、ふと歩みを止めて海岸のほうをジッと見つめ始めた。
「ん?どうした」
「何かいたか」
追いついたクダチ達が声をかけると、振り返ることなく視線の先を指す。
「あれ、喧嘩か何かかな?」
「ほう」
「そうみたいだな」
堤防から少し離れたその砂浜は地上からだと死角になっているようだった。目を凝らして見ると、5~6人の村人が言い争いをしている。見れば一人の女性を男達が囲んで罵声を浴びせているようだ。経験上、閉鎖的な村の諍いに口を出すとろくな事にならないと知っているクダチは、スルーするつもりだったのだが…。
「ま、何か事情があるん―」
「猫人族だ」
「は?」
背後から低く、唸るような声を聞いたと思った途端、クダチの横を一陣の風が通り抜けていった。
「お、おいマウ!?」
ようやくクダチが声をかけた時には、すでにマウノの姿は堤防の下にあった。5mはある堤防から音もなく着地すると、滑るように争いの中心へと駆けていた。残されたクダチとコレットは、顔を見合わせる。
「まいったな、この高さじゃ追いかけられないぞ」
「えっと、クダチ」
「え?」
「使っちゃう?」
悪戯顔で首を傾げるコレットの手には、巨大な丸葉っぱが握られていた。
* * *
「だからな、ルネ。お前しかいねぇんだよ」
「私じゃない」
猫人族の少女ルネが否定するように頭を振ると、バイオレットカラーのボブカットが軽やかに揺れた。その様に見とれていた少年は、隣の男にわき腹を小突かれてようやく我に返る。
「う、嘘つけ。こっちは昨晩数を確認してんだ、間違いなく2つ減ってた」
「コローが…数え間違ったんだとおもう」
「ばっ、バカにすんな!お前が盗ったんだろ!」
コローと呼ばれた金髪の少年は、ルネに掴みかかろうとしてあっさり避けられると、頭から砂浜へダイブした。周りの男達はその様子をニヤニヤと眺めたり、はやし立てたりしながらも、徐々に少女の逃げ道を塞ぐように輪を縮めていた。
「だらしねえな、コロー。さっさと捕まえろって」
「うるさい。今やるところだよっ」
コローは低い姿勢からタックルを仕掛けるが、予備動作が大きい。ルネは目を瞑っていても避けられるだろうと思った。半歩足を引いて軽く背中を押せは簡単に転がるはずだ。
ところがルネが体を捻って足を引こうとした刹那、視界が遮られる。
「あつっ!」
男達の一人が投げつけた砂が彼女の視界を奪い、怯んだ隙にコローのタックルが腹部へ直撃したのだった。
押し倒されるように倒れ込んだルネの腕が、男達に押さえつけられる。暴れる彼女の上から馬乗りになったコローが見下ろしていた。
「馬鹿野郎、何固まってんだ。さっさと剥いちまえよ」
「い…いや、でも」
「猫人族なんてケダモノと変わりねぇだろ。さっさとヤッちまえ」
ルネは猫人族の中でも特に身体能力に優れた個体というわけではないが、それでも人間の成人男性よりは遥かに力がある。しかし数の暴力の前には、無力だった。
「はな…せっ」
「ヤルことヤッたらね」
「大人しくしなくていいよぉ。もっと暴れて猫耳ちゃん ハアハア」
(まただ)
ルネ達獣人は、この村で不当な扱いを受けている。目立った特産物があるわけでもなく、その上オレンジ・クラブという迷惑な怪物も時折現れる厄介な土地は、100にも満たない村民達が日々暮らすので精一杯だった。
そんなギリギリの生活の中で、自然とストレスは溜まり、そのはけ口として獣人達が目を付けられていたのだ。
(どうせ、私もお父さんみたいになるんだ)
苦手な海漁に無理矢理連れ出され、リンチ同然で命を落とした父を思い、投げやりな気持ちになった。脱力した彼女のことを見た男達は、合意したものと勘違いし、嬉嬉として服を脱がせようとした。ルネの頬を涙が伝った時、急に空が暗くなった。
「え?」
突然ルネを圧迫していたモノが消失した。すっと軽くなる感覚に驚いて目を開けた時には、馬乗りになっていたはずのコローが、はるか上空を舞っていた。
「ぎゃああ!」
「ひいぃぃ」
「うわあぁ」
続いて、左右の腕を押さえつけていた男達が、まるでゴミを捨てるかのようにポイポイと放り投げられていく。最後にルネの頭を押さえつけていた男が正面から顔面パンチを喰らって気絶したところで、ようやく目の前の生き物に焦点が定まった。
そこに居たのは、白く輝く毛並みと王者の風格を持った獣人だった。
虎人族。
目の前にいたのは、白と黒の毛並みが美しく映える獣人達の頂点だ。彼らは同じく頂点に位置する獅子族と比べて個体数が少なく、滅多に姿を見せる事が無いため、おとぎ話の世界の住人だという感覚があった。
力強く、そして孤高の存在として君臨するその姿を目の当たりにして、ルネは激しく動揺する。
「と、と、とら…とら…!」
「まあ、落ち着け」
目の前の虎人族はマウノと名乗った。近くを通りかかった時に、たまたま騒ぎを見つけたのだという。
(虎人族がたまたま通りかかるなんて、あり得ない。まさか、村長が獣人達を皆殺しにして…)
パニックに陥りかけたが、家族の事を想いだし、かろうじて正気を保つ。
ジリジリと後ずさり始めたルネを見て、マウノは申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪いな、事情も聞かず飛び出して。脅かしてしまったか?」
目の前の虎人族は申し訳なさそうに頭を掻きながら、頭を下げている。
(あれ、なんかイメージと違う…?)
ルネはちんまりと丸くなって謝る虎人族を、不思議そうに眺めた。
「しかし、猫人族といえば親戚のようなものだからな。その、乱暴されているように見えたから、ついカッとなって…申し訳ない」
ルネはくるくるとめまぐるしく目を動かし、目の前の虎人族と周りの状況を見回した。そして、あわてて立ち上がろうとして無様に顔から砂浜へ突っ込んだ。
「ぶっ」
なんたる失態!猫人族にあるまじき、なんたる…
「大丈夫か」
羞恥心でこのまま埋まってしまおうと思ったルネの体が、ひょいと持ち上げられた。それこそぬいぐるみでも持ち上げるかのように、軽々と。
「は、放して下さい」
「大丈夫か、怪我はないか?痛いところは?」
素直にボスンと砂浜に降ろした後も、マウノは心配そうに顔を頭についた砂を優しく払いのけてくれる虎人族をぼうっと見ていた。がっしりとした体格は記憶にあるルネの父よりも二周りも大柄だった。顔つきが虎に近くなっているのは、おそらく怒りのせいなのだろうが、獣人のルネにはそのほうが好ましく思える。
「ないと、思います」
ルネが頭を振ると、虎人族の男はにっこりと笑った。
「よかった。ところで、我々は依頼でこの村に来たんだが…」
「あ!」
マウノが話し始めたところで、ルネの叫び声が割り込む。彼女の視線に気づいてあわてて振り向いた時にはもう遅かった。
「あぶねえぇー!マウっそこをどけぇー!」
「きゃー!ごめんなさーい!」
絶叫と共に空から降ってきた友人二人に押しつぶされていた。




