Lesson1.ワスレナグサ(18)
― 採取一日目 ―
夜の森では月明かり程度の明るさしかないので、ランタンが必要となる。コレットは魔法の光球を出そうとしたが、スランバートルにやんわりと止められた。
『紅しぐれ茸』は魔法に反応して胞子を散らしてしまうらしく、そうなると売り物にならないのだそうだ。
「採取場所は、どの辺りなんでしょう」
「森の中央に、今は廃墟になった貴族の館跡がありましてね。その手前にある湖沼付近で発見されたという報告があります。ここからですと、2回も野営すればたどり着けるでしょうな」
野営だけは極力避けたかったクダチとマウノは、あきらかに落胆している。しかし、コレットだけは、なぜか上機嫌で歩いている。腕を後ろに組み、時折ふんふんと森の香りを嗅ぎながら、何もない空間に話しかけていたりする。
そして、突然後ろを振り返って口を開いた。
「ところで、スランバートルさんは良くこの森を訪れるのですか?」
「とんでもない、今回が初めてですよ」
見返りは大きいが、危険度も高い。資金に余裕のあるスランバートルがわざわざ訪れる理由など無い、とのことであった。
「すると今回は、どうしても断れない方からの要望だったということか」
「クダチさんは、なかなか鋭い御仁ですな。いかにも、さる貴族の方から是非にと懇願されました。それがなければ、好き好んで訪れたりしませんよ」
「貴族は気まぐれだからなぁ」
「全く困ったものです」
クダチは、過去に嫌なことでもあったのか、顔をしかめてしきりに頷いている。その間も、コレットはフワフワと漂うように、木々をすり抜けていく。
「なあ、マウノ。エルフって皆ああいう感じなのか?」
「私も見たのは二度目だし、よくわからんなぁ。しかも話したのは今回が初めてだ」
何かに話しかけたり、香りを嗅いだり、まるで何かを探しているような仕草だ。おそらく『紅しぐれ茸』を探しているのだろうと結論付けたところで、野営となった。
その日の野営は、コレットの提案で皆地上9mの樹上生活者となった。すでに体験済みのクダチを除く3人の男達が、悲鳴をあげたり懇願したりとうるさかったが、ハーブの効果なのか、すぐに安らかな寝息へと変わっていった。
― 採取二日目 ―
コレットは朝食の席でクダチとマウノにヒイラギの腕輪をプレゼントした。葉は危ないので、花だけで作られた腕輪を、コレット自ら左腕にしっかりと結びつける。
「なあ、俺たちで遊んでないか?」
「クダチはともかく、私には激しく似合わないと思うが」
困惑する男達に、コレットはうふふと笑うばかりだった。
朝も昼もよくわからない森の中で、わずかに残された街道跡をたどって館を目指す。しかし森を進めば進むほど、あれほど上機嫌だったコレットの口数が少なくなっていった。木陰で何かと話し、花の香りを嗅ぎ、どんどん険しい表情になっていった。
夕刻と思われる時刻になる頃には、クダチが話しかけてもうっすら微笑み返す程度にしか反応しなくなっていた。
反対に、スランバートルは饒舌になっていく。いかに自分が商会を大きくしていったか、貴族と深い繋がりを持ち騎士団とも懇意にしてもらっているとか、自慢話は留まることなく睡眠時間まで続いた。
― 採取三日目 ―
コレットが差し出した真っ赤なサルビアのイヤリングを、二人は黙って片耳に付けた。少し眠そうな彼女を見れば、寝ずにイヤリングを作ったのだとわかる。
さすがにこの時点で気が付かなければ、冒険者として失格である。
「魔除けか…」
「コレットさんのは?」
「たぶん、いらない」
三人はボソリ、ボソリとぶつ切りの会話を交わす。それはスランバートル達に聞かれないようするためか、それとも他の誰かを意識しているのか。
「そろそろ出発しますかな」
「ええ、スランバートルさん。今日中に着きそうですか?」
「そうですな、夜までには、おそらく」
そして、言葉通り夜になるほんの少し前に目的の場所へとたどり着いた。
その光景を見て、3人は口をつぐんだ。
一面真っ白な『紅しぐれ茸』で覆われた湖畔で、スランバートルは両手を広げて歓喜の表情を見せる。
「さあ、みなさん!手伝ってください!」
そう言うと、部下のハヌマンと共に冒険者達を茸の海へ突き飛ばしたのだった。




