Lesson1.ワスレナグサ(17)
目的地であるフランガルは、別名『夜の森』と呼ばれ、常闇に支配されている。といっても、別に魔法で夜が作り出されているわけではなく、鬱蒼と茂った木々に日の光が遮られているだけなのだが、そのサイズがおかしいのである。
「私の知ってるコナラじゃない」
「デカイな」
巨大な楢の木を見上げるコレットの横で、クダチが感心したようにうなずいている。後ろでは、マウノがグルルと低いうなり声を立てていたので、商隊の人達が怯えていたが、実はアレは機嫌が良い時の癖なのだ。ほんの3日ほどの短いつき合いだが、だんだんとその生態がわかってきた。
(獣人って面白い!)
本人が聞いたら怒り出しそうだが、旅の仲間を良く知ろうというのは悪い事ではないはずだ。そういうことにした。
「しかし、ドングリもデカイのは良いことだ」
「マウノって、肉以外も食うのか」
クダチが素で驚いていた。
「お前なぁ、獣人は獣とのハーフじゃないんだぞ。普通に食事くらいするわ」
「しかし」
「なんだ」
「その手でどうやってドングリを食うんだ」
獣人の手は人よりもむしろ獣に近い形状をしている。剣や盾を持つには不便がなくとも、小さなフォークやスプーンを持つには不便そうに見える。
「気合いで食うんだ」
「だんだんお前という生物がわかってきたよ」
「細かいことを気にしてると、ハゲが進行するぞ」
「ハゲてない!」
コレットが、男同士って楽しそうで良いなぁ、などと羨ましげに見ていると、スランバートル商会の面々に呼び出された。
「さてと、無事到着しましたな。これから3日間、我々は『紅しぐれ茸』採取組と『葵の石』採掘組に分かれて行動いたします」
「二手に分かれるんですか」
困惑したように三人は顔を見合わせた。この少ない護衛人数で二手にわかれて警護すると、確実に片方が手薄になる。しかし、スランバートルにそのつもりはないようだった。
「あなた方は『紅しぐれ茸』の方を警護してください。採掘組には我々の方で警護をつけますから」
「はあ、あの、採取組の方々は何名くらいになるのでしょう」
「私と、ハヌマンの二人ですな」
「え」
商会のメンバーにあって、トップの座に君臨するスランバートルその人がたった一人の部下だけをつけて採取をするという。いくら冒険者を護衛につけたとはいえ、危険極まりない。何度か部下を増やすように説得するが、変える気はないようだった。
「そのために、あなた方を雇ったのですから。死ぬ気で護衛してください」
「わかりました」
結局クダチ達が折れ、あまり深くまで行かないこと、危険だと判断したら即撤退することを条件に引き受けた。3人で2人を守るのであれば、なんとか出来ると考えての決断だったが、出発が夜だと聞きクダチは思わず舌打ちをする。
「夜の森か…マウノ、どう思う?」
「夜にしか採取できないなら、筋は通っているが…少々臭うな」
「わざわざ冒険者を雇って、少人数で挑むメリットは何だろう」
「用が済んだら使い捨てられる点だな」
「しかし、それだと道中のリスクが高くないかな」
「あるいはリスクをコントロールできるか」
「あぁ…なるほど」
ボソボソと小声で相談する男達の横で、コレットはせっせと何かを作っていた。途中でクダチが何を作っているのかと声をかけたが、秘密としか応えて貰えなかった。まあ、どうみても花冠か花のネックレスなわけだが。
そして、その予想は見事に正解した。
「で、どうして俺の首に?」
「なんで私まで?」
「何ですか、何ですか、その反応は! 二人とも酷いじゃないですか!」
「いやだって…」
「なあ…」
顔を見合わせる男達に、思い切り頬を膨らませて抗議をした。コレット渾身の作、ピンクの花の首飾りである。何の花か聞いても、秘密としか応えて貰えなかった。
「これ、付けないとダメなのか」
「一生懸命作ったのに…がんばったのに…」
折り曲げた指を唇にあて、うるっと瞳を湿らせる。
「おおっ、よく見れば似合っているじゃないかクダチ!」
「そうか、マウノもなかなか男前に見えるな」
「はははは!」
その晩、桃色の首飾りを下げた男達と、やけに上機嫌な少女に守られたスランバートル一行が、静かに森の中へと消えていった。




