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Lesson3 初級試験(3)

2013/7/21修正

最後の部分が途切れていたので、加筆修正いたしました。

 実技試験は、特に制限時間が設けられていない。素材を集め、調合や術を施すのにそれなりの時間がかかるからだ。それぞれが、魔法書や自作メモを片手に素材集めに奔走したり、調合を試したりで3日が過ぎた頃だった。

 まずナナルが吠えるように名乗りを上げた。


「よっしゃーっ、出来たぜ!ナナル=アルフォンス、一番乗りだ」


 手にしたフラスコには、赤い粉が入っている。前髪の一部が赤くなっているのは、実証試験済みということだろう。


「サエナ婆、早く確認してくれ」

「そんなに急がなくても、逃げやしないよ」

「一番じゃないと意味がないんだよ」

「はぁ、面倒臭い奴だね」


 サエナ婆が重そうな体を揺さぶり、ナナルから三角フラスコを受け取っていると、シモンヌが目をこすりながら姿を現した。


「へぇ、早いんだ。でも急いで欠陥品作ってもねぇ~」

「うるさいな、二番は黙ってろよ」


 実技試験の合否に順番は関係ないのだが、一番で合格したものがその年の主席となるのが通例だ。当然師匠の株も上がるし、叙任式でのスピーチなど目立つこと請け合いなのである。


「それじゃあ見せて貰おうかね。依頼人は裏庭にいるよ」

「ふん、試すまでもないけどな」


 自信たっぷりに裏庭へ向かうと、そこに佇む金髪の少年に瓶を差し出した。


「君が依頼人かい?」

「…」

「ん、違ったのかな?サエナ婆様」

「いや合っているよ。その子、わけありでしゃべれないのさ」

「あらま、そりゃ苦労したな。よし、俺が見事な赤い髪にしてやる。だから元気だせよ、少年」


 根は優しいナナルである。しかし少年の心は、深い闇に閉ざされていた。


(どうせ、だめなんだし)


 少年は期待していなかった。

 かつて少年は、王国一の歌声、天使の美声ともてはやされていた。しかし、目立てば当然敵も多くなる。まだ青年とよぶには未熟な彼に、そんな世の理など知るよしも無かった。

 ある時、少年の名声に嫉妬した隣国の宮廷音楽家から、恐ろしい呪いをかけられ、声を失う事になる。そこからはお決まりのパターンだ。


 世話をしてくれていた貴族達は、さっさと他人の振りをするし、数多くのパトロン達も翌日にはもう姿をくらましていた。声を失った彼を庇護しようとする者は誰一人いなかった。

 何度か高名な呪術師に解呪を依頼したこともあるが、わかったのは『カミヲアカクソメヨ』というキーワードだけ。それが何を表すのか皆目見当がつかない。ありったけの私財を投じて王国中の魔法使いを訪ねて回ったが、結局わからなかった。

 そうして少年は期待することを止めたのだった。


「さーて、刮目して、そして俺を讃えろよ、少年」


 そんな虚ろな目をする少年にも、ナナルは優しく頭をなでて元気づける。赤い粉の半分を勢いよく頭に振りかけた。半分というのは、2回分作成したからだ。一度成功しても、次の受験生のためにサエナ婆が元の色に戻してしまう。だから2回分用意した。それはナナルの自信でもあり、優しさでもあった。


(だって、最後に赤く染めるのは俺の魔法であって欲しいじゃないか)


 そのためにも、最初に成功したかったのだ。意外とロマンチストなナナルである。

 10秒ほど待つと、少年の髪がほんのりと赤色へと変色していった。


「…」


 少年は喋らなかったが、鏡を見るとコクリと頷いた。その様子を見て、ナナルは両手でガッツポーズをとる。


「っしゃあ、成功だ!」

「まあ、ぎりぎりかねぇ」

「あれ、ピンクじゃないですか?彼、恥ずかしがってません?」

「し、シモンヌ!ケチつけんなよなっ」

「でもねぇ、仮にも魔法使いになろうとする者が、志低くてはねぇ、どうかと思うんですよ。ねぇ、サエナ婆様どう思います?」

「そういわれると、そんな気もするかね」

「ちょっと、サエナ婆様まで」

「冗談だよ、冗談。ぎりぎり合格と言ったろ」


 ほっと胸をなで下ろすナナルの横で、シモンヌは懐から真っ赤な小瓶を取り出す。こちらは液体が入っているが、瓶の頭に小さな袋状の物体が取り付けてあった。


「次は、私で良いですか」

「おや、出来ていたのかね」

「まあ、ちょっと完成度を高めていたもので遅くなりました」

「それは楽しみだねぇ」

「ちぇ、大して変わらないくせに」


 サエナ婆は淡々と少年の髪を黒く戻す作業をし、ナナルは膨れ面で横を向いていた。シモンヌは説明を続ける。


「粉とか液体とか、色々考えたのですが、やはりもっともムラがなく仕上げるには霧が一番だと考えたんです。君、もう始めて良いですか?」


 少年は、また無表情でコクリと頷く。シモンヌが小瓶の頭についている小袋をきゅっと握ると、袋の先端についている筒から、赤い霧が舞い散った。そして、一瞬にして少年の髪が真っ赤に染まる。


「おお!これは、ちょっと凄いね」

「ぐぬ…た、たいした事は…」


 鏡を見た少年だけでなく、他の者も息をのむような赤だった。髪が燃えているかのようなその姿を見て、少年は軽く会釈をする。


「一人前の魔法使いを名乗るには、このぐらいは出来ないと、ですよね」

「うむ。見事だね、合格だよ」

「時間かければ、俺でも出来るし」

「あまり変わらなかったけど」

「全然違うだろ」

「1分くらいじゃない」

「1分が生死を分けるんだよ!」

「意味わかんないよ」

「うるせー」


 駄々をこねるナナルだったが、その後に続いた2人の受験生が立て続けに失敗した事で、平静さを取り戻していた。


「あきらめず、来年頑張れよ。何かあれば俺も手伝うからさ」

「…そうね、また頑張るわ」


 色黒の少女は、うつむきながらも殊勝に応える。女性(一部を除く)には優しいナナルである。


「あとはコレットちゃんだけかぁ」

「何してんだ、あいつ」

「なんか、部屋で誰かと話してる声が聞こえてきたのよね」

「そういえば、突然叫んだり、爆発音がしたりしたな」

「ちょっと、怖くて覗けなかったわ…」


二人が噂話をしていると、丁度家からヨロヨロ這いだしてくるコレットの姿が見えた。


「で、出来たですよ…一世一代の傑作ですよ、これは」


 ススで黒くなった顔や、焦げたバンダナはまだしも、手にした巨大な装置と純白のローブの異様さに、さすがのサエナ婆も髭をひきつらせながら言った。


「コレット、お前さん何するつもりなんだい」


 不安げに見つめてくる一同に、コレットはとびきりの笑顔で答えた。


「もちろん、朱く染め上げるんですよ!」

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