Lesson1.ワスレナグサ(16)
どうして、こうなった。
先人がよく口にした言葉だ。
快楽の衝動に駆られ、敵味方関係なく殺戮を繰り広げたワーウルフのスコット。怒りに身を任せて雇い主の館ごと壊滅させたワーベアーのザック。獣人の歴史上の偉人として名を残す人々でさえ、凄惨な過去を持ち、よくその言葉を使ったという。
そして今、マウノもまた先人に従い、呪いのごときその呪文を唱える。
「どうして、こうなった」
「え、イヤでしたか?」
マウノは馬に乗っている。
一見、何でもないように思えるが、獣人をよく知る者にとっては驚愕の出来事だ。自然界の捕食者たるトラを自らの背に乗せるなど、いかなる馬であろうと不可能だ。彼自身、近づくだけで怯えてしまう動物に騎乗する日がくるなど、夢にも思わなかった。
乗馬はとても面白く、マウノに感動を与えるには十分な出来事だった。しかし素直に感動するには、状況が微妙であるのもまた事実。
「マウノ、近すぎるぞ」
「そう言われても、どうやって離れろと」
併走するクダチが、それはもう般若のような形相でマウノを睨んでいる。獣人が騎乗するという奇跡を起こした原因、コレットが後ろで密着したまま手綱を握っていたからだ。
エルフなら馬を怯えさせることなくマウノを乗せられると主張し、強引に騎乗させられたのだった。
「どうですか、初乗馬は、楽しいですか?あれっ、もしかて気分が悪いとか?」
「あ、ああ…その、非常に楽しいんだが、少々視線が痛いな」
「視線?」
キョロキョロと周りを見回すコレットだったが、商隊の他には小鳥のさえずりが聞こえるばかり。クダチは穏やかな目でこちらを見ている(コレット視点)し、あとは街道を歩く冒険者達ぐらいなものだ。
「はっ、もしかして野党のたぐいが狙っているとか!さすがはワートラ、嗅覚が凄いです」
「頼む、その変な呼称は止めてくれ。それに、私が言っているのはクダチの視線だよ」
「クダチの?」
グリンと首を回してクダチを見直すと、なるほど、言われてみれば心なしか不機嫌な様子である。そのうえ時々うなだれていたりもする。なるほど、これはいけない。
「ふっふっふ、それならそうと言ってくれれば」
「?」
器用に片手で手綱を捌きつつ、コレットは小さな麻袋をクダチの方に差し出した。中には9粒の小さな赤い実が入っている。
「何だい、これは?」
「いいですか、クダチ。体調不良は冒険の敵です、調子が悪いときはすぐに言いましょう。というわけで、そんなクダチには栄養たっぷり、愛情たっぷり、ミコ9の実ですよ。ミコ9は一粒で一晩徹夜することが…」
彼女にしてみれば、定番のうたい文句を言ったにすぎないのだが、クダチには「愛情たっぷり」の部分から先は脳に届いていなかった。
「もちろん、ありがたく頂く」
そう言って、9粒全部を口に放り込んだのである。
「あーっ!」
「ば、馬鹿!」
マウノとコレットが同時に叫ぶ。
バリボリとかみ砕きながら、クダチは眉間に皺を寄せた。
「な、なんだよ。マウノにはやらないぞ、何といっても愛情たっ…む?」
「し、クダチさん!クダチさん!?」
「ヤバい、落ちるぞ」
「きゃーっ、死んじゃだめー!」
「吐かせろ、急げっ」
クダチは、幸せそうな顔でゆっくりと馬から滑り落ちていった。
* * *
揺れる、揺れる。
ガタゴトと揺れる馬車に乗って、自分はどこに売られて行くのか。どこにも居場所が無くて、きっと世界の果てに捨てられるのだろう。
それはそれで、良いのかもしれない。ここは心地よいし、そもそも生まれきてては、いけなかったのだから。少年の頃のクダチは、馬車の中で膝を抱えてうずくまっていた。暗い世界の中で、救いの光などどこにもなかった。
しかし、何か痛い。
それに、何か暖かい?
「バカバカバカ」
「お、おいおい、落ち着け!本当に死んじまうぞ」
クダチの耳に、心地よいコレットの声と力強いマウノの声が届けられた。
「う…ん?」
「気が付いたっ」
「クダチ、大丈夫か」
ぼんやりと開いた眼に、涙目のコレットと必死な顔のマウノが映る。
「あ、う…なんか…」
「無理に喋らなくてもいいです、安静に―」
「なんか、顔が痛い…」
「…ん?それは気のせいです」
コレットが視線を逸らしたのが気になるが、それよりも現状把握だった。
「何が起こったんだ」
「お前、あと一歩で死ぬところだったんだよ」
「え」
呆れ顔のマウノから、事情を説明された。ミコ9という実は強壮剤の一つで、一粒飲めば一晩寝なくても良いほどの効果を得る。しかし、複数同時に服用すると逆に猛毒となるとのことだった。9粒も一度に飲めば、間違いなく即死コースだと神妙な顔で諭された。
「そりゃ…すまなかったな」
「すぐに吐かせたが、本当にヤバかった。戻ってこれたのは彼女のおかげだな」
「コレットの?」
顔を向けた先で、コレットはまた視線をそらした。いや、どちらかというと俯いて何かをこらえる顔をしている。
「何だよ」
「まあ、死なずにすんだのだから、文句は言うな」
「だから、何でコレットは目を合わせないんだよ」
「それはな、おまっ…ブフッ」
ついに耐えきれなくなったマウノが吹き出し、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。コレットも必死になって顔を押さえているが、指の間から笑いが零れていた。
「おやおや、無事で何よりでしたな」
「あ、スランバートルさん。ご迷惑をかけたようで」
二人が地面を転げて苦しんでいた丁度その時、雇い主であるスランバートルがクダチの様子を見にやってきたようだった。
クダチがミコ9を飲んで大騒ぎしていたのを聞きつけ、一時商隊を止めて回復を待ってくれた。恐縮し、感謝をするクダチに対しても、『大切な護衛が減っては困りますからな』と器の大きさを見せており、理想的な雇い主であった。
ただ、先ほどからスランバートルが眉をひそめているのが気にかかる。
「あの、俺の顔がどうかしましたか?」
「いえ、酷く苦しまれたようですね。痛ましいほど腫れています」
そう言って手鏡をクダチのほうに向ける。
そこにいたのは、晴れ上がったタコのような自分の姿であった。
「これ…は、誰だ?」
「ミコ9を食されたと聞きましたが…良く生還しましたね」
「はぁ、そんなに危険なのですか」
「3粒も食したら、生還率は2割でしょうか」
「2…」
あまりの事に、絶句する。
「そのくらい危ない実ですが、すぐに吐き出して強い刺激を与えれば、生還率は上がるのですよ。よかったですね、適切な処置をしていただいて」
「お、おかげさまで」
「さてもう夕刻ですし、今日はこのまま野営にいたしましょう。あなたはゆっくりお休みください。他のお二人は、すみませんが歩哨をお願いしますよ」
「ご安心を、スランバートルさん」
クダチの横で、素早く立ち直ったマウノが真面目な顔をして答えた。雇い主は満足した顔でお供の男達を従え、隊の中心へと戻っていった。
「おい、なんで俺の顔が腫れてるんだ」
「あー、だから文句を言うなといっただろ」
「マウノ、お前…」
「言っておくが、私じゃないぞ。私が殴ったら、顔が陥没している」
「そ、そうか」
クダチは、文句を言うつもりなどはない。ただ、誰が自分を引き戻してくれたのか、あの痛みと暖かさの正体が誰なのか、それが知りたかっただけだ。
「そうか」
もう一度つぶやき、頬に手を当てた。
「気持ち悪い奴だな、ニヤニヤして」
「うるさい、人が感傷に浸っているというのに、無粋なワートラめ」
「その呼称、流行ってるのか?」
本気で頭を抱えるマウノ。
クダチは笑いながら、暮れゆく空を見つめていた。
そして、コレットにむかってハッキリとお礼を言った。
「ありがとう」
彼女は、何のことやらと惚けていたが、伝わっていると良いなと思うクダチであった。




