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Lesson1.ワスレナグサ(15)

 王都にはいくつかの冒険者ギルドが存在する。コレット達が所属するギルドは、比較的新しいにも関わらず登録者も多く、賑わっていた。このギルドは冒険者として希少な『魔法使い』が多く、ブレイザー制度という珍しい特徴もあったため、老舗ギルドと遜色ない人気があるのだ。


「薬草採取の依頼、無いんですか?」

「薬草なんて十把一絡げに言ってる時点で、お前にゃ無理だよ」

「スロークン洞窟探索、あと1人で締め切りだ。誰かいないか」

「それで、飛んできやがったのよ、俺ぁ咄嗟にダガーを投げたね。そしたら…」


 喧噪の中、コレットは掲示板を見上げていた。

 今のところこのギルドに不満は無いが、唯一あげるとすればこの掲示板の高さだ。


「なんで、こんなに、高いところにあるの、かっ」


 必死に背伸びをするが、そそり立つ壁に阻まれて全く見えない。2m近くの大男が普通に闊歩するギルドで、小人の気分を味わっていると、ふわりと体が浮く感覚に襲われた。


「ふおぉ?」


 慌てて手近なものにしがみついたら、笑っているクダチの頭だった。コレットを持ち上げ、片腕に乗せている。周りの男達はギョッとしていたが、150cmにも満たない小さな体に子供並の体重しかないので、成人男性なら苦も無くできる芸当だ。


「ちょ、なんですか、なんですか!?」

「いや、見にくそうだったから」

「前から言ってるじゃないですか、突然そういう…あ、ほんとだ、よく見えますね」


 一瞬文句を言おうとしたコレットだったが、次の瞬間にはもうクダチの頭に両手をのせ、ほうほうと依頼メモを読みふけっている。クダチは満足げに目を細めた。


 コレットは耳さえ触らなければ、滅多な事では怒らない。すぐに、まあいいかと次の興味へと意識を移してしまう。もちろん誰にでもというわけではないだろうし、自分にはそれなりに気を許しているのだろうと思うと、クダチの頬は緩みっぱなしである。


「くぅー、面白そうなのに、頭数が足りぬっ」

「どれどれ」


 コレットが見ていたのは、随行依頼だった。王都より街道を南に2日下った『フランガル』という森で大規模な採取があるらしい。薬師や商人が珍しい食材や鉱石などを得るために冒険者を随行させて採取や調査に向かうことは良くある。


「依頼元はスランバートル商会か、出所もしっかりしているし報酬も悪くないな。しかし、なぜ3人限定なんだろう」


 その依頼は必須条件として、随行人数を3人以上でもなく、3人まででもなく、明確に3人と限定している。


「フランガルって、有名な溶岩洞窟のあるところですよね。見たかったなぁ…はふぅ」


 へにょりとクダチの頭に頬を乗せてため息を付いた時、初めて隣に男性が立っていた事に気が付いた。ふと見れば、その体は真っ白な体毛に覆われており…


「トラだっ!」

「うおっ、危なっ」


 突然身を乗り出したコレットを落とさないよう、必死に体を押さえるクダチ。しかしコレットはお構いなしに隣の人物を凝視していた。


「何だ?」


 その男性は、腕組みをしたままコレット達の方へ体を向けた。一目でトラとわかるその風貌、全身を覆う白と黒の体毛や尻尾、どこから見ても獣人そのものである。もっとも腕力に優れた獣人の存在は、冒険者の中では特段珍しいものではない。


「獣人が珍しいわけでもないだろう」

「初めて見た!」

「なぬ?」

「すごい、トラだ、トラ人間だよクダチ」


 興奮するコレットとは対照的に、クダチは苦笑しながら獣人に謝っていた。不躾で申し訳ないと。しかし獣人が気にしている様子はなかった。


「こうストレートに驚かれたのは初めてだな。面はゆいものがある」

「すみませんねぇ、コレットは変わり者…箱入りなもので」

「変わり者ってどういう事ですか、クダチ」

「かわいい箱入りと言おうとしたら、噛んだ」


 首を絞めようと伸ばしてきたコレット腕を避け、優しく床に降ろす。そんな二人を微笑ましくみていた獣人は、組んでいた腕をほどき、顎に手を当てながらコレットを眺めている。


「しかし、私に言わせればエルフのほうが珍しいと思うぞ」

「え!」


 コレットは慌ててフードの上から耳を押さえた。余計な騒ぎを避けるため、人目の多いところではフードをかぶり、耳を隠している。

 ぱっと見でエルフと気がつく者はいないはずだった。


「ななな、なんで?」

「種族的に、匂いには敏感でな。エルフは花の香りがする」


 獣人はワハハと笑い、見事な牙を披露した。それを見たコレットは、おおう本当にトラだ、ホワイトタイガーだとはしゃぐ。

 一通り騒いだ後にようやく自己紹介をすることとなり、その獣人はマウノ=アラゴンと名乗った。


「アラゴンさんは、ソロなのかい?」

「マウノで良い。そうだな、獣人はあまりパーティーで好かれないようだし、ソロの方が気楽だ」


 戦闘能力が極めて高い獣人だが、感情の起伏も激しい場合が多く、パーティーメンバーと諍いを起こすこともしばしばあると聞く。マウノの応えを聞いて、誘いの言葉を一瞬飲み込んだクダチの横でコレットが楽しげに笑った。


「丁度良いじゃないですか!一緒に行きましょう」

「いやいや、今ソロのほうが気楽だと…」

「よしっ、トラさん捕獲~」

「おいおい」


 丸太のような腕を、小枝のようなコレットの腕が絡め取る。

 マウノは困惑の表情でクダチを見る。救いを求めるその視線には、同情で返すほか無かった。

 諦めろ、と。

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