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Lesson1.ワスレナグサ(13)

 モータル・スピリット亭は連日賑わっていた。それもそのはず、これまで年に一度くらいしかお目にかかる事のできなかったスペシャルな料理が、ここ数日立て続けに食べられるのだ。


「ミュールちゃん、俺オムレツセット3つ」

「そんなに食べると、お腹やばいですよー」

「こっちは炸薬パンとオニオンスープ2つね」

「いいんですか、辛い花がでると爆死ですよー」


 いつも通り注文を受けながらスイスイと客の間を通り抜けていくコレット。クダチは邪魔をしないようにカウンターでベーコンを頬張りながら、その様子を楽しげに眺めていた。マスターは上機嫌で、今入ってきたフード姿の客に「いらっしゃい、今日はラッキーだよ」などと話しかけている。


「緊急玉子と双子セットおまちどうさま~」

「あいかわらず、変な名前だよね」

「味は保証しますよぉ」


 コレットはそっと緑色のハーブをテーブルに置く。そうして次の皿を取りに行こうとした時、後ろから声をかけられた。笑顔で振り向くと、そこにはフードをかぶった女性が座っていた。顔は良く見えなかったが、口元が怪しく笑っている。



 その笑みを、コレットは良く知っていた。



「おすすめは、何かしら? ミュール、ちゃん」

「おすっ…おし…」

「ああ、いろいろあるのねぇ。そうだわ、ブレイザーセットとかないのかしら?」


 女性は、メニューも開かずにジッとコレットを見つめる。


「ととと当店にはあいにく、そのような―」

「じゃあ、クムリ村特産のオーガモーニング、深紅のケチャップ和えとか」

「ざん…残念にゃがら」

「じゃ、デコピン100発フルコースで」


 クルリと背を向けて猛ダッシュを決めようとした瞬間、むんずと襟首を捕まれた。


「ふぐわっ!?」

「にぃが~す~か~」

「ひぃぃ鬼が、鬼婆がっ」

「誰が鬼婆じゃ!」


 じたばたと暴れるコレットだったが、ウイッグを掴まれ、瞳のカラーを元に戻され、すっかり正体を暴かれてしまった。店内で成り行きを見守っていた客が、一斉にどよめく。もともと、モータル・スピリットの熱狂的なファンが多いこの店である。その姿を見てわからないものなど、いるはずもなかった。


「お、おいあれって…もしかして」

「幻の優勝者だよな、あの白銀の」

「まさか、ミュールちゃんが…」


 しかし、今のコレットには正体がバレたことなどどうでも良かった。何故ここに師匠がいるのかわからないが、いつになく剣呑な状態である。いってみれば、マジギレ状態である。生命の危険が危ないのである。


「くっ…パルセノ!」

「ふあ? やめっ、ちょ…あは、あははははは」


 一瞬の隙をついて師匠の弱点である足首を、パルセノキッサスでコチョコチョとくすぐる。ここからは時間との勝負だ。


「どいてっ!」


 トンと床を蹴り、入り口に向かって猫のように疾走する。立てかけてあったホウキを右手で掴むと同時に、扉を蹴り開けた。


 ジャンプすると同時に、ホウキにぶら下がったまま一気に上空へと加速していく。その後ろで入り口の扉が爆発するのが見えた。


(やばかった…間一髪だったわ)


 マスターに心の中であやまりつつ、軽く旋回飛行しながらホウキにまたがった。このまま、隣国まで逃げよう、そう思った時だ。


「まぁ~て~ぇ~」


 怒りの波動を前進に纏ったテレーズが、レーズ・ドゥケに乗って上昇してくるではないか。コレットは思った。ドゥケを使うなんて卑怯だ、大人は汚い。


(しかし、ここでヤラれるわけには、いかない!)


 何故なら、まだクダチに約束してもらった『特大ぱふぇ』を食べていないからだ。あれを食べるまでは、何が何でも倒れるわけにはいかないのだ!

 ドゥケに比べたら、数段劣るホウキをロールさせて緊急回避を試みる。同時に大量のローズオットーをまき散らして、視界を遮ることも忘れない。


「曙の劫火よ」


 魔法の指輪を2つも破壊し、テレーズは上級魔法を詠唱短縮して使った。身体の周りを無数の火球が飛び回り、バラの花びらを一瞬のうちに駆逐してしまう。


「ずるい、そんなのずるい!」


 泣きながら低空に逃げ込もうとするコレットに向かって、テレーズは惜しげもなく3つ目の指輪を破壊して、上昇気流を巻き起こした。


「ほぎゃあああ」


 コレットは、くるくると回転しながら上昇するホウキに目を回しながらも、あえて超加速を試みる。師匠といえども上空のポジションを取られてしまえば、不利になるはずだ。隙を見て逃走することだって…


「なっ、なんで、いつの間に」


 抜けるような青空の彼方、コレットの到達予定ポイントに先回りしたテレーズがいた。


「あーっはっは!3連続チャンプの実力を見たかっ。でこちゃんなんてカメみたいなものよ、カメカメ~。」

「むっ。加速性能は、ドゥケのおかげじゃないですかっ」

「あら、道具のせいにするなんて二流だこと」

「お師さまだって、身だしなみは二流じゃないですか」

「どういう意味よ」

「キスマークが付いてます」

「ふぇ!?」


 真っ赤な顔で首筋に手をあてた瞬間、コレットの口元がニヤリと歪んだ。


「しまっ…」

「そうですか、首ですか、ほうほう、首ですか」

「ちが、これは…」

「お師さま、ロベルトさんも呆れてますよ、ほら」

「えっ」


 コレットが指さした方を見てしまった。それはもう、見事に見てしまった。だまされた事に気が付いた時にはもう、コレットの姿は小さくなっていた。


「待ちやがりなさい!」

「いやです!」


 壮絶なチェイスが上空で繰り広げられていた。コレットは、最高速からの失速落下や8の字ロールなど、高等技術のオンパレードで逃げようとする。対するテレーズは性能差をフルに使った王者の余裕でその差を詰めていく。


 二人のチェイスを見物する観客の歓声と、いつの間にか集まった屋台の香りで、王都はにわかモータル・カッパギアの様相であった。


 その後、子猫のように襟首を掴まれたコレットが、テレーズと共に降りて来るやいなや、王都の守備隊が二人を取り囲んだ。テレーズは、首を傾げる。


「あれ?」


 平時、王都で攻撃魔法を使うのは御法度であった。

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