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Lesson1.ワスレナグサ(12)

 トレイルブレイザーの選考発表は、最初に集まったギルド広場で執り行われた。サブマスターと呼ばれる厳つい男性が羊皮の巻物を手に現れ、発表の準備を始めている。

 そんな緊張のなかで、コレットは不謹慎にも欠伸を噛み殺していた。早めに王都に帰ってきてゆっくりできると思っていたのに、モータル・スピリット亭のマスターに懇願され、遅くまでミュールとして給仕していたのだ。


「ふあぁ…ふ」

「おいコレット、睨まれてるぞ」


 我慢できずに漏れた欠伸に、周りから白い目が向けられる。そんなことを言っても、眠いものは眠いのだ、仕方ないのだ、いっそこのまま横になっちゃうぞコノヤロウ、シャーッと睨み返す。


「お前な、少しは緊張しろよ」


 クダチは必死に口を押さえて我慢しているが、端から笑いが漏れ出ている。同じ睡眠時間のはずなのに、余裕そうなクダチを見ていると無性に悔しくなり、ドスドスと腹にコレットパンチをお見舞いする。

 全力で叩き込んだというのに、くすぐったいと言われた。

 ならばと今度は腕の産毛を摘んで、思い切り引っ張った。


「いでっ、何すんだこのっ」

「ふんぎゃっ」

「やめろ、そこは肉だ、いてぇ!」


 そんな緊張感のない二人のやりとりを、少し離れた場所から呆れ顔で見つめる男女がいた。


「ねえスノウ、何であの二人はあんなに余裕なわけ?緊張してる私等がバカみたい」

「まあ、あいつらがダントツの功労者だしな、合格者候補筆頭の余裕だろ」

「そうだけどさ、トレイルブレイザーなのよ?ザ・エリートなのよ?その発表だってのに緊張感なさすぎ」

「らしいっちゃ、らしいけどな」

「そうだけどさ」


 ブツブツと文句を言う魔法使いの方を、優しく叩いた。一瞬ピクリと肩をふるわせるが、顔を赤くしたまま何も言わずに俯いている彼女を、スノウは可愛いと思う。

 口うるさい女性だと思っていたが、よく聞いていれば全てがスノウを思っての言動なのだとわかった。それに気づいた時、彼女に対する評価は全く変わってしまった。


「なあエステル、発表のあと時間あるか?」

「え、あるけど」

「なら、一緒に依頼を受けにいかないか」

「う…うん、そうね。どうしてもって言うなら、良いわよ」


 良質な依頼を優先的に回されるブレイザーと違い、アドベンチャラーは自ら依頼を探しに行かなければならない。しかし、それはまた自由に依頼を選べるというメリットでもある。


「す、スノウと二人でなら」


 耳まで赤くしたエステルが何かを言い掛けた時、サブマスターの声に遮られた。合格者を発表すると告げると、会場のざわめきがピタリと止んだ。


「今回の追加選考では、2名が基準に達した。その他の者は、規約に則り今後の再受験資格が剥奪される」


 判っていた事だが、改めて聞かされると重い。望みの薄い受験者達からは早くもすすり泣くような声が聞こえてくる。

 サブマスターは、毎度の見慣れた光景なのか、それを無視して淡々と名前が読み上げた。


「合格者は、スノウ=アルカン、エステル=ボードレール」

「えっ?」

「は?」


 同時に間抜けな声を発したスノウとエステルは、お互い顔を見合わせる。


「合格者2名は、この後すぐギルドの専用ルームに来るように。他の者は解散、以上」


 呆気にとられるスノウ達を残して、サブマスターはさっさと引っ込んでしまった。残された二人は周り中から祝福とヤジの喧噪に巻き込まれる。


「さすがリーダー!凄いです」

「あいつ、美味しいとこ持って行ったやつだろ」

「実力じゃねえよな」

「おめでとう、すごいですよ」

「いつのまに付き合ったんだよ」


 困惑の表情を浮かべるエステルとは対照的に、スノウは怒っていた。もの凄い形相で野次馬をかき分け、進もうとするが人並みに押し戻される。

 ようやく会場の端に辿り着いた時には、もう目的の人物は居なかった。

 それでもウロウロと未練がましく探していたら、控えていたギルド受付の男達に発見され、エステルと共にブレイザー専用ルームへと連行されてしまっった。


「ねえスノウ、なんか想像と違うんだけど」

「俺も違和感を感じる」


 高価な調度品に囲まれ、エステルはソファで縮こまっていた。体が半分くらいめり込むそのソファは、舶来品の高級なものだと一目でわかるほどだ。

 冒険者の頂点にいるブレイザー達は、もっと質実剛健というイメージがあったのだが…これでは貴族のようだ。

 そこに長身の男がひとり、2人の部下を連れて部屋に入ってきた。


「やあやあやあ、またせたね」

「いえ」


 軽快に話す男は、差が低く、まだ子供のように見える。

 しかし、この男がブレイザーの現マスター、オクスなのだった。


「何はともあれ、ブレイザーの合格おめでとう。これで君達も仲間だ」


 男がスノウとエステルにそれぞれ握手を求め、ブレイザーとしての心得、役割、メリット、デメリットを話し始めた。


「要するに…おいおい、何の用だコーベル。いま盛り上がってきた所なんだぞ」


 解説に熱が入り、身振り手振りで話していたオクスは突然部屋に入ってきた部下を不機嫌そうに睨んだ。しかし、部下は怯むこと無くオクスの元へ駆け寄る。

 顔面蒼白なその男は、震える手でオクスに耳打ちをした。何か切羽詰まった様子であった。



「ばか…な…何故今年に限って!」

「いかがいたしましょう…」

「アホか、お通ししろ、いますぐ!」

「はっ」


 首を傾げ始めたスノウ達に、オクスは簡単に事情を説明した。


「い、いいか、君達。これから伝説の方が急遽こちらにいらっしゃる事がわかった。ブレイザーの創設者にして、初代マスターだ。絶対に、絶対に怒らせるなよ!」

「そんな凄い人が…」

「何でまた急に」

「我々とて、知らされていない。お会いするのも三年ぶりって―総長っ!」


 オクスが直立不動でソファから立ち上がった。

 入り口の扉に、美しいブロンドのすらりとした女性が現れる。

 そしてその女性は、部屋に入るなり両手を広げ、満面の笑顔で開口一番こう言ったのだ。


「ジャーン!実は私が創設者したーっ!驚いたでしょう?あはははは…あれ?」


 冷や汗を滝のように流すオクスと、訳がわからずぽかんと口を開けるスノウ、そしてなにやらとんでもない人を見たという顔のエステル。


「あなたたち、だぁれ?」


 女性はスノウとエステルを見て、首を傾げる。

 呆気にとられるスノウ達の横で、慌てたオクスがフォローを入れた。


「今年の追加選考合格者2名です」

「え、でこちゃんは?」

「でことは、どなたでしょうか。今年の受験者にそのような方はおりませんでしたが」


 オクスは緊張で口の中が乾き、上手く喋れない自分を呪った。あこがれの総長と話す機会を得たというのに、自分は何をしているのだと。


「合格者はこちらの、2名だけ?」

「はい、今年は優秀なブレイザーを獲得できました」

「コレットは?」

「!」


 その名前に反応したのは、エステルだった。


「あの、間違えていたら申し訳ございません。もしかして神葬の大魔法使いテレーズ様ですか」

「その通り名嫌いなのよ」

「はい?あ、すみません、もう言いません、ごめんなさい」


 エステルもまた、オクス以上に舞い上がっていた。魔法使いにとって、テレーズの名は神にも値する。気高く、美しく、女性として唯一人大魔法使いにまで上り詰めた偉人が目の前にいた。


「それで、何?」

「はいっ、あ、あの…コレットさんという名前を聞いたことがあったもので」

「でこちゃん、何をしたの?」

「何をしたというか、あの、一緒に試験を受けて、その、彼女は凄くて、でも何故か落ちてしまって。すみません、私なんかが合格してしまって」

「え、嘘落ちたの?何で?」


 泣き出しそうなエステルの頭をなでて、取りあえずなだめると、テレーズはマスターのオクスに事情を聞いた。非常に顕著な成果を上げたにもかかわらず、成果報告書には『ゴブリン討伐無し』

 だけが書かれていたこと、さっさとアドベンチャラーの登録を済ませてしまっていたこと等。

 そして全て聞き終わった後、ゆらりと立ち上がって呟いた。


「おのれ、さては気付いたわね」


 憤怒の表情を浮かべて部屋を出て行こうとするテレーズに、オクスは勇気を振り絞って声をかけた。


「総長、どちらへ」


 振り返ったテレーズは、口元に手を当てて上品に応えた。


「弟子をシバきに」

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