Lesson1.ワスレナグサ(11)
クダチは、なんとも言えない顔をしていた。
こうして膝枕で棘を抜かれるのは、3年振りだ。いまでは膝の感触を楽しむ余裕もあるが、当時はただただ恥ずかしさだけがあったように思う。
「いて」
「おやおや、男クダチは棘一つに悲鳴をあげるのですか」
「五月蠅いな、一度自分で味わって見ろよ」
「ははは、断じてお断りです」
ぼんやりとコレットの顔を見上げながら、あまり変わらない顔立ちにエルフという種族の特徴を思い出してしまう。
人間よりもはるかに長命なエルフ達は、その美しい顔立ちから人と結ばれることもあったというが、いずれも最後は悲しい結末を迎えたという。
今ではエルフを見かける事すら滅多にないので、そのような悲劇を聞くことは無いが。
「クダチ、全部抜き終わりましたよ」
「お、悪いな」
クダチは終わってしまうこの時間を惜しむようにため息をついたのだが、コレットはようやく終わった安堵のため息ととったようだった。
「面倒臭いことこの上ないです」
「そう思うなら、もうやるなよな」
「仕方ないのです、本能ですから」
「本能かよ」
呆れた顔をして、身を起こそうとしたのだが、体が動かない。
いや、クダチの本能はこの膝枕に身を任せろと言っているのだが、さすがに作業が終わったのにいつまでも寝ているわけにはいかない。
鉄の意志を持って誘惑を断ち切ろうとした。
したのだが、大いに失敗した。
ぼすん、と再び沈み込む。
「おうっ?」
「悪い、もう少しだけ」
「なんですか、なんですか」
口を尖らせている。
面白いなあと思いつつ、ふとある疑問が頭をよぎった。
「そういえばさ」
「なんですか」
何故膝枕なのかと訪ねるクダチに、明快な答えが返ってくる。
「棘を抜きやすいからです」
「そりゃそうだろうけど、普通あまり男に膝枕はしないぞ」
「そういえば、前もそんな事を言ってましたね」
エルフの感覚は普通と違うと。何故膝枕が良くて耳を触るのはダメなのかと。
「耳を触るなんてハレンチです」
「相変わらず、良くわからん。けどさ、コレットの耳は魔力が―」
「今度触ったら、アラクネちゃん呼んでブッ飛ばします」
「俺が悪かった」
こうして村長宅で傷を癒した後、コレット達は出発の準備を始めた。
「すみませんな、村を救って頂いた方にろくなお礼もできず」
「少なからず犠牲になった方もいるし、そちらの方が大変だろう。村長も体に気をつけてくれ」
すっかり晴れた空は、日も傾き駆けてうっすら紅く色づいている。王都に戻るにしても、村で一晩泊まってからにしないかと進言するスノウ達に対して、クダチは首を横に振った。
これから犠牲者を弔い、村は復興に向けて前に進まなければならない。部外者の世話をしている余裕などないはずだと判断していた。
「また、近いうちに顔を出すよ」
「クダチ様達に良い旅がありますように」
帰り道は、のんびり帰ってきたつもりだったが、特に脅威に遭遇することもなく無難に王都へとたどり着くことが出来た。スノウと魔法使いの女性はもとのパーティーに戻り、ゴブリン討伐を手伝うとのことだったので、別行動だ。
コレット達は、結局ゴブリンを討伐することは無くこの試験を終了した。
「良かったんですか」
「何が」
コレットは、帰路の途中でクダチに尋ねたことがあった。ブレイザーを目指すなら、ゴブリン討伐をしなくてよかったのかと。
クダチの答えは明瞭だった。
「あれは、あまり気が乗らなかったんだ」
ゴブリン達は、オーガから避難していただけだ。特に村へ被害を与えるわけでもないので、クダチとしては放っておくつもりだった。
しかしそんな事情を知らない他の受験者達は、将来村の脅威と成りうる怪物は排除しておくべきとの主張で、討伐を進めていた。
どちらも間違いという訳ではないのだろう。だが、クダチの判断はコレットとしても有り難かった。あの深紅のオーガが、倒れ伏すオーガに縋り付いて慟哭していた映像が、今でも頭から離れない。怪物とて、家族がいることを思い知らされたのだ。
戦わずに済むのなら、それに越したことは無い。
「そうですね、調査もしくは討伐が依頼内容でしたから、問題ありませんよきっと」
にこやかに返すコレットに、クダチもつられて口元を緩ませるのであった。




