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Lesson1.ワスレナグサ(10)

 コレットは、目の前で深紅のオーガが膝を折り、跳躍のために力を溜めている様子をぼんやりと眺めていた。


(何だかカエルみたい。ぴょーんって)


 脳が痺れている。

 緩慢な思考の流れに身を任せていると、突然横合いから悲鳴のような声があがった。


「バカッ、早く逃げろ!」


 ハッと目を見開いた瞬間、オーガが自分を殺すために跳躍していると認識できた。

 言葉を発する僅かな時間すら無いと判断し、無言でパルセノキッサスを近くの樹に巻き付ける。そしてオーガが振り下ろした刀が身体を寸断する直前、コレットは強引にツタを収縮させて身体を樹の方へと引っ張った。


 ズシン


 オーガの着地と同時に地面が割れ、周囲に土砂が飛び散る。

 獲物を逃したことを知ったオーガは、強くなってきた雨の中をゆっくりと見回した。

 彼にとって取るに足らない存在であるはずのニンゲン達の中で、その光る個体は特別な存在だった。自分にとって危険な存在であるとともに、『食えば』特殊な能力が身につくという伝説の生き物。


 ―アレハ、エルフダ


 僅かな知性すら失い、深紅の悪魔は狂気の世界へと一気に踏み込んでいった。


 ―クワセロ


 樹の下で肩を押さえてうずくまる小さなエルフ。手を伸ばせば簡単に掴める距離だった。しかし、伸ばした左腕は中程からグシャリと潰されてしまう。


 グアァ!!


 強靱な肉体を持つが故に久しく感じることが無かった痛みは、オーガを身悶えさせるのに十分であった。目を合わせるだけで失神させるほどの殺気を込め、左腕を潰した者へを睨む。これまで出会ってきた生物は、これだけで逃げ出した。

 しかし、その生き物は全く動じること無く彼を見返していた。


「運が無かったな、化け物」


 オーガは、首を傾げた。

 そこにいたのは弱い生物『ニンゲン』であり、あろうことか自分に勝つもりでいるらしい。

 小枝のような棒きれで。

 蟻のように細い手足で。


 コロス!


 深紅のオーガは、怒気をまき散らしながら力任せに右手の刀を振り下ろした。巨石をも切り裂くオーガの一刀は、これから食そうとしていたエルフを巻き込んでしまうほどの威力だったが、構わなかった。

 食欲よりも、破壊衝動。

 渾身の一刀は、ニンゲンを真っ二つにするはずだった。


 しかし―


「うおっ、と。結構やるね」


 地面をえぐるはずだったオーガの刀は、小さな棒きれに阻まれてしまう。

 その棒と接触した瞬間、衝撃が全てニンゲンの周りに霧散してしまったのだ。

 瞬時に危険を察知して後ろに跳んだオーガだったが、着地できずにズシンと地面に転がる。見ると、自慢の両足が潰れていた。


「悪く思うなよ」


 オーガは、これまで自分より強い存在に出会ったことが無かったのだろう、何が起きたのかわからない様子で、振り下ろされる木刀をただ見つめていた。


* * *


「ぅ…」

「まだ、動かない方がいい」


 肩を脱臼したか、筋を痛めたかしたらしく、少しでも動くと激痛が走った。コレットはうめき声を上げながらも、クダチの助けを借りて何とか身体を起こす。


「あの、アラクネちゃんは…」

「おいおいアラクネまで、出したのかよ」


 あたりを見回すと、丁度コレットの足下に、よたよたと小さくなったアラクネ105が歩いてくる所だった。


「うおっ」


 クダチは突然姿を現したアラクネに、思わず飛び退いて身構えるが、一方のアラクネは気にする様子もなくコレットの胸に飛び込んできた。どうやらお腹が一杯になったようで、満足げな様子である。


「アラクネちゃん、お腹一杯で満足した?」

「きゅぉ」

「何で腹一杯なのかは聞かないでおくぜ」


 かつて永遠の腐乱熊(デス・ベアー)を葬ったアラクネの姿が目に浮かぶ。

 あれと比べれば、オーガごとき的では無いだろう。


「お疲れさま」


 コレットが優しくアラクネの頭をなでると、嬉しそうに頷き、そして粒子となって消えていった。

 強力無比なアラクネだが、召喚する時間が短いのと巨大化すると動けなくなるのが難点だ。


「ところでクダチ、東は大丈夫なのですか」


 からくも生き残った村人達が、遺体を前に嘆いている姿を直視することができず、コレットはうつむいたまま尋ねた。

 東の方でも、かなりの村人が殺されたに違いないと思うと、やりきれない思いで一杯になる。


「やばい、忘れてた!スノウ達大丈夫かな」

「え、スノウさん?」


 クダチは手短に事情を話す。

 話ながら、突然コレットを抱き上げた。


「ちょちょちょ、ちょっと、クダチ?」

「ほんと軽いよな。お前、もうちょっと太れよ」

「う、五月蠅いですね」

「治療しに。運んだ方が早いだろ」


 しれっと、当然のような顔をして返事をしてくる。

 しかし、コレットは騙されない。


「肩なんだから、運ばなくても歩けますよ」

「まあ、遠慮するな」

「はなっ、せっ、くぉの…あっ!イダダダダ」


 お姫様だっこという羞恥度マックスな状態から抜け出そうと、腕を振り上げようとしたため、激痛で涙が滝のように流れ落ちた。


「動くと、腕が変な方向に癒着するぞ」

「えっ」

「知り合いに腕が曲がって付いたやつがいてな、あれは見ていて辛かった」

「えっ、えっ、ほんとに?」


 それには応えず、クダチは駆けだした。まるで毛布でも持っているかのように軽々と。


「ねえ、腕が変な風にって話は―」

「喋ると舌を噛むぞ」


 真面目な顔で言われたので、コレットは黙ってお姫様だっこの羞恥に耐えた。

 腕が曲がるのは嫌だったので、顔を真っ赤にしながらも、必死に耐えた。

 その結果が、合流したスノウ達の大爆笑である。


 「んなバカな。ただの脱臼だよ」

 「あはは、世間知らずのおこちゃまだわ、あははははひぃーお腹痛い」


 コレットの中で、何かがプツリと音を立てて切れた瞬間であった。


 気が付くと、クダチの前で小首をかしげながら最高の笑顔をプレゼントしていた。

 『モーティマー・サックラー』の言葉を添えて。

脱臼を甘く見てはいけません。

本当に関節が変形したりするんですよ、コレットさん。

シドは悪くないんですよ。


良識ある誰かに、そう言って貰いたかったシドであった。

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