Lesson1.ワスレナグサ(9)
(さて、どうしよう)
村人を鼓舞してみたものの、かなり分の悪い勝負だ。コレットはフードをかぶり直して、南側の防衛に向かう足を早めた。
せめて敵が固まっていてくれれば、どうにかなるのだが、分散されたらもう手の打ちようがない。
「1体目は私がなんとか転がします。落とし穴が無くて申し訳ないのですが」
「それだけしてくれたら、十分だよ」
「俺たちの村だ。死ぬ気で守るさ」
「無事に戻ったら、カカアに3人目が生まれてるかもな」
ああ、その台詞はいけないと首を振る。しかし、目の前にはオーガが迫っていた。もう一体は若干離れているものの、なんとか視界に収まる範囲内にいる。
(これなら)
走りながら、爆発する種子『ギガント・ネルンボ』を前面に展開する。同時に『パルセノ・キッサス』のツルでオーガの視界を遮ると、膝めがけて光球を投射した。
『集え、輝きの魔素。我の指し示す場所を照らしたまえ!』
光に向かって高速で射出された種がオーガの膝へと突き刺さり、爆散させた。
突然膝に爆発したような痛みを感じ、狂ったように叫びながら倒れるオーガに向かって、村人たちの槍が突き出される。さすがに二度目ともなると慣れたようで、距離を置きながら槍で慎重に刺している。
この分なら、大きな被害は起きそうに無い。
「あとは、頼みます」
コレットは、村の中心に突進している一体のオーガのほうを振り向いた。エサを敏感に察知するのか、進行方向は正確に村の教会へと向いていた。
「させませんよ。おいでませ、アラクネちゃん!」
十分な充電期間を得たアラクネ105は、その巨大な頭を振り回しながら、嬉嬉としてオーガの前に立ちふさがった。
グオオオオ
ゴアアアア
アラクネの巨大な頭を棍棒で受け止め、その触手を握りつぶすオーガだったが、次の瞬間には別の触手が酸の雨を振りかけてその片目を潰す。
視界を奪われた痛みで、恐慌状態に陥ったオーガは無茶苦茶に振り回すが、アラクネは左右にフラフラと揺らめきながら華麗に攻撃を躱していた。
(よしっ)
思いの外順調に進んで気が緩んでいたのかもしれない。コレットは後にそう反省することになる。この場で指揮を取るべき立場の彼女は、もっと周りの気配に気を配らなければいけなかったのだ。
ドン、と何かが背中に勢いよくぶつかってきた時、彼女はそれがオーガに押し込まれた村人の背中だと錯覚した。背中を預けてきた村人は、もう一体のオーガに苦戦しているのだろうとすぐさま振り返った。
それが良かったのか、悪かったのか。
振り返った所に人はおらず、そのずっと先に真っ赤な体躯のオーガがいた。一際大きなその個体が、怒りの咆哮を上げながら村人を槍ごと左拳で叩き潰すところを目にしてしまう。
「あれ?」
いきなり現れた新たな敵に驚くというより、あっさりと人が潰されたその事実に頭が追いついていかなかったのだ。
「えっと」
オーガは潰した村人をゴミのように放り投げると、槍に刺されて倒れたもう一体のオーガに多い被さるようにして慟哭していた。
頭が真っ白なまま後退ったコレットの足下に、コツン堅い物が当たる。反射的に視線を向けた先には、3人目の子供を楽しみにしてたあの村人の頭部が転がっていた。
即座に口を塞いで目を逸らす。
(今は、マズイ)
こみ上げてくる熱い塊を飲み込み、彼女は村人達にむかって力の限り叫んだ。
「逃げて!逃げなさいっ!」
しかし、その叫び声は慟哭するオーガの耳にも届いた。愛する息子を嬲り殺しにされた父親は、嘆き、悲しみ、そして狂気に満たされていった。
コロシテヤル
ニガスモノカ
食料としてではなく、敵として人間を認識したオーガは、出し惜しみすること無くその力を解放した。
腰から引き抜いた幅広の刀は、人が屠殺用に使うナイフのような形をしている。躊躇することなく刀で村人を薙ぐと、真っ赤な噴水が一面を覆い尽くした。
胴を真っ二つに切断された村人のキョトンとした瞳が、コレットを見つめていた。
「あ…あ…」
目の前では、深紅のオーガが次なる犠牲者に向けて剣を振りかざしていた。
「ふ…フウセンカズラを…」
しかし、頭上に出現した巨大なフウセンカズラとともに、村人は頭頂から左右半分に斬られていた。叩き潰すタイプの武器であれば防げたかも知れないが、オーガの武器は鋭く切り裂くタイプのものだった。
コレットが茫然自失している間に、深紅のオーガは素早く周りを見渡していた。魔に限りなく近い瞳は、突出して光り輝く個体を確認し、その周りを取り巻く精霊の存在を感じ取った。
この場で最大の脅威を真っ先に排除するため、彼はソレに向かって跳躍した。
* * *
東の防衛戦も悲惨だった。
コレット達と違って、短時間に罠を作る事など出来ないため、正面からぶつかる他なかったからだ。オーガの正面をクダチが引き受け、その間に狩人達が矢を射る計画は、2体出現したことで早くも崩れ去った。
そうなると、もはや村人達は蹂躙されるがままである。
「目つぶしを使え!」
手にしていた粉袋が次々に投げつけられるが、あさっての方向に飛んでいったり、当たっても弾けなかったりと、惨憺たる結果である。
「もっと良く狙え」
「そんなこと言ったって」
農夫に投擲技能を求めても詮無いことだとは判っている。クダチは目前のオーガと五分の立ち会いを演じているが、じきパワーバランスが崩れるだろう。
クダチは、狩人達の一団が壊滅したのを肌で感じた。もう一体のオーガが向きを変えるのが判る。
「くそ…ここまでか」
クダチが撤退を意識してチラと横に目を向けたとき、草むらで何かが光った。
その光は、目前のオーガの胸に突き刺さり、激しく燃え始めた。
「なっ、何だ!?」
草むらから姿を現したのは、スノウと魔法使いの女性だった。
予期せぬ援軍に、クダチの顔がほころぶ。
「よう、苦戦してるじゃないか。手伝うぜ」
「助かる」
新手の攻撃に慌てたオーガは、胸の矢を引き抜こうと必死になっているが、魔法でつくりあげた矢を掴むことは出来ない。
スノウはスルスルと地面を滑るようにそのオーガへ近づき、低空から頭上に向かって大剣を切り上げた。
ゴギャア、と気味の悪い声を残し、さすがのオーガもたたらを踏んだ。
そこに魔法使いの女性が詠唱していた次の魔法が完成する。魔法は偉大である。時間と手間さえ掛けられるならば、効果は絶大だ。
爆発とともにオーガの頭半分が吹き飛び、ガックリと膝を着いた。
「まずは一体」
「なあ…スノウ」
「なんだよ」
「ここの手柄はお前に譲る、すまんが後をよろしく」
「えっ?あ、おい何処にいく!」
突然後ろを向いて走り去っていくクダチを、唖然とした顔で見送るスノウ。
「まだ、一体残ってるわよ。彼女に振られたような顔してないで、しっかりしなさい」
「あ、ああ」
すっかり尻に敷かれているスノウであった。




