Lesson3 初級試験(2)
学科試験は、ものの30分で終了した。
もともと、基礎的な魔法の手順や材料についての試験だから、真面目に修行をしていれば、大抵合格するのだ。ナナルとシモンヌは余裕の表情でソファに寝転がっている。
「大方、予想通りってとこか」
「基本的な事ばかりたし、これなら大丈夫ね」
「そうでもなさそうなのが、一人いるけどな」
机に突っ伏して頭を抱えているのはコレットだ。
「うぅ、やはりあそこはブルーベリーだったのでしょうか。いやしかし、裏をかいてコケモモだったのかもしれません。そうなると…」
ブツブツと呪いのような言葉を吐いているのが聞こえてきて、二人は顔を見合わせ、吹き出してしまう。
(あれは、もしかして「ジャムに必要な材料」の事かしら)
(干渉呪文の『ジャム』と果物の『ジャム』を勘違いしてるよな)
(でもコレットちゃんらしいよ)
(魔法使いにあるまじきボケじゃないか?)
(まだ私たち見習いだもの)
二人でひそひそ話をしていると、ガバッと飛び起きたコレットが叫ぶ。
「やはり、クラブアップルで合っているのです!間違いありません」
「何が間違い無いんだね」
「あ、サエナ婆様」
天に向かって拳を突き上げるコレットの後ろで、いつのまにか忍び寄っていたサエナ婆がしっぽを振っている。彼女がそんな仕草をするのは、よっぽど楽しいことがあったか、これから楽しいことがおきるか、のどちらかだ。
「さて、全員学科試験に合格したから、実技試験に移るよ」
「ええーっ!?」
「うるさいね、何驚いてるんだい」
ナナル、シモンヌの大声にサエナ婆は眉をひそめた。
いや、眉はないのだが。
「いえ、だってコレットちゃん…色々と勘違いしていたし」
「そうそう、ジャムの問題とかな」
「なにおう!私の、渾身の回答にケチをつけるのですか」
「一番アホな回答だろ」
「黙れ、ナナルンパッパ」
「なんだと、チビザマス」
騒ぎ出した受験生達を横目に、定位置のソファに身を埋めたサエナ婆は、大きな欠伸を一つしてから、ピコピコとしっぽを揺らした。
「ジャムの問題ねぇ…久しぶりに正答を見たせいで、機嫌が良いよ」
「久しぶり?」
「そう、久しぶりにね」
「でもジャムっていえば、クミンに大トカゲの尻尾に逆さエビですよね、簡単な問題じゃ…」
「半分正解だね」
「え」
魔法詠唱を邪魔するジャムの呪文は、色々な素材を組み合わせて作成されるわけだが、その呪文効果というか成功率はあまり高くない。なぜかというと、必要な素材が一つ欠けて伝承されているからだ。
その素材が最後に入る事で、成功率100%の強力な呪文に姿を変える。
しかし、魔法使い達にとってあまり好ましくない呪文であるが故に、恣意的にねじ曲げられて伝承されていた。
「そういうわけで、コレットだけ正答なんだよ」
「そんな話、初耳だぜ!?」
「私も聞いたことないのに…コレットちゃんが知ってるなんて」
(あ、危なかった。当たったのです)
もちろん、コレットがそんな伝承級の魔法に詳しいはずがない。師匠に「ジャムを作って」と言われてコケモモジャムを作ったとき、ブラウニーが一緒に「美味しいジャム」の作り方を教えてくれたのだ。
その時は、「こんな不味そうなものお師さまが食べるわけないわよ」とブラウニーに文句を言ったのだが、意外にもテレーズは嬉しそうに受け取ったのだ。むろん、食べなかったが。
だから、なんとなくそっちのジャムを答えに書いたのだが、それが良かったらしい。
「コ、コレットちゃん、さっき何入れたって言ったっけ!?」
「忘れました」
「デコ、もう一度だけ教えてくれよ、な、な?」
「ナナルッコラです」
「このやろ、ケチくさいぞ」
「どうせ、私は魔法使いにあるまじきボケですし」
「げ…聞こえてたのか」
「さあ、そろそろ実技試験を始めるよ」
頃合いと見て、サエナ婆が試験内容を発表した。
毎年の恒例で、実際の依頼から見習い魔法使いにも出来そうなものが選ばれ、試される事になっている。この場合依頼料は無料となるので、依頼側にもメリットがあるのだ。
そして、今年の依頼内容もそう難しいものでは無かった。
『髪を赤く染める薬を作ってもらいたい』
「という依頼だよ」
サエナ婆がそう告げると、全員が一斉にコレットを見た。期待に満ちた目で。
「ば、バカにするんじゃありませんよ!いくら私だって紙のペーパーと間違えたりしないですよ」
あからさまに舌打ちをしたナナルは良いとしても、シモンヌまで残念そうにしていたので、ギロリと睨む。
「シモンヌまで、私がドジっ娘だと思ってるのではないでしょうね」
「えっ」
「なんですか、『えっ』って」
「私はコレットちゃん大好きよ?」
「はぐらかしましたね、明らかに」
うふふと微笑みを浮かべながら、他の受験生達に続いて実験室へと向かうシモーヌだったが、ほんの少しその場にとどまっていれば、違う反応をしていただろう。コレットが、困ったようにぼそりと呟いたからだ。
「それにしても、神を朱く染めるなんて…壮大で詩的な依頼ですね」
今でも試験で落ちる夢を見ます。
怖いですね。




