Lesson1.ワスレナグサ(4)
クムリ村は、徒歩で行くと一週間かかる距離にある。討伐の対象であるゴブリンはまだ不穏な動きをしているという情報だけで、実際に村を襲ったりはしていないらしい。
コレットとクダチは、一通りの旅支度を終えると、大きめの地図屋で手に入れたクムリ村周辺の地図を見ながら、作戦会議を行った。
「んー、調査するエリアは8カ所ですか。意外と広いですね」
「早めに取りかかりたいところだけど、村に行くまでの足をどうにかしないとな」
ほかの受験者逹も悩ませているところだろう。馬を使えば早く到着できるが、報酬金額を考えると完全に赤字となってしまうのだ。冒険者も生活がかかっている以上、無謀な出費は抑えなくては一人前とは言えない。当然こういった事も採点される。
「どこかの隊商に途中まで乗せてもらうか、ほかの受験者と乗り合いで馬車を調達するかだな」
クダチが思案を巡らせていると、コレットは別の提案をしてきた。
「もう少し、状況把握してもいいですかね。交通手段を決めるのはそれからでも遅くないし」
「と、いうと」
「この依頼内容、何か気になるんですよねぇ」
コレットは、先ほどから依頼文書を穴のあくほど見つめていた。依頼文などサラリと読んで、後は村人に詳細を聞くというのが冒険者の一般的な流れである。まずは現場に急行するのが肝要と教わっていたクダチにとって、それは新鮮な光景だった。
「まず、以前はあちらこちらで見かけたゴブリンが、最近は西南方面でばかり目撃されてるでしょう」
「大繁殖でもあったのかな」
クダチの言葉に若干頬を染めながらも、真面目な顔で説明を続ける。
「いえ、そんなに多くないので…おそらく散らばっていたゴブリンが、移動したんじゃないかと思うのです」
「なんだ、そりゃ。お引っ越しかな」
「だとしたら理由は?」
「食料が尽きたとか」
「森に異変があったとは聞きませんし、天候も荒れてはいませんね」
「対立があったか」
「その可能性もありますけど、そうしたら村まで聞こえて来そうなものです」
「なら天敵に襲われた」
「ゴブリンの天敵ってなんでしょうか」
「さあ、しいて言えば人間かな」
雨の中、二人は王都の小さな図書館へと足を運んだ。
「結構いるみたいだぞ」
図鑑を調べながら、クダチはため息をついた。思った以上にゴブリンは不遇な状況で生きているらしい。
「オーガにシルバーウルフ、百目なめくじですか」
「ほかにもキラービーとかジャイアントアントとか色々いるね」
「あ」
ペラペラと図鑑をめくっていたコレットが、はたと気づく。
「クダチさんって文字が読めたっけ」
「そりゃあ、発掘作業手伝ってたわけだし、読めるよ」
本当はこの3年間で必死に勉強したのだ。コレットと旅をするのに、文字が読めないのは何かと不便だと思い、疲れた体に鞭を打って少しずつ憶えたのだが、照れくさくて本当の事は言えなかった。
何か腑に落ちない顔でクダチをみつめるコレットだったが、今はそれよりもゴブリンの事を調べる方が優先である。時間もあまりない。コレットは再び文献とにらめっこを始めた。
そうしてクダチが声を掛けたのは、日も落ちかけた頃であった。
「コレット」
「ふぁい?」
「そろそろ夕方なわけだが」
「えっ、あ、嘘っ」
コレットの顔があがるのと、クダチが笑うのが同時だった。
「よくまあ、それだけ集中できるな」
「ごめん、私本を読み始めると夢中になる癖があって」
「いいよ、必要な事だし。それで、どうする?そろそろ図書館は閉館時刻らしいが」
「しまったなぁ…あ、そうだ。クダチはどこの泊まっているの」
「や、宿?まあ、適当に」
「連絡つかないと困るから教えて」
「うんまあ、普通の宿だよ」
「…」
「…」
沈黙が二人を包み込む。
「わかった、じゃあペアは解消ということで」
「待った。言うよ、言うけど絶対に笑うなよ」
「笑うって、どうやって宿の名前で」
そんな器用なことはできないから安心してくれと断言する。
いくらコレットでも、宿の名前で笑うことは難しい…と思っていた。
「オレンジ・フォーク」
「オレンジ・フォークぅ?」
オレンジ・フォークは女性に人気の宿泊専門の宿だ。食事が付いていないかわりに湯浴みやアフタヌーンティーなどが充実しており、清潔さも人気の一つとなっている。男性にとっては居心地が悪いはずなのだが、クダチはその乙女チックな宿に泊まっているという。
「あはははははは!」
「笑うなつっただろ!」
「いや、だって、あははははは!」
「くそっ、だから嫌だったんだ」
「いやごめん、想像してしまっ、ぷくははは」
「勝手にしろ」
「ダメだ、お腹がいたいひひひ」
司書の方々のこめかみに青筋が立ち始めたので、コレットを引き摺りながら図書館を出た。
「こほん」
「いまさら気取っても遅いぞ」
「えー、失礼しました。まさかクダチがあの真っ白な乙女チックな宿に…宿に…うっ」
「笑ったらペア解消だからな」
「くっ…ふぅ。いや大丈夫。じゃあ、明日ギルドで過去の依頼発注履歴を確認したら出発しましょう」
「そうだな、1日くらいの遅れなら誤差だし」
「まだ残っている他の受験者と乗り合い馬車ですかね」
「妥当な選択だと思うよ」
明日の予定が決まり、翌日ギルドに集合という事になった。
「そういえば、そっちの宿はどこなんだ?」
「モータル・スピリット亭です」
「そりゃまた、女の子が泊まる宿じゃないな」
「マスターと顔見知りですから」
「ふーん、じゃあ明日はそこで朝飯食べてから一緒にギルドに行こうか」
「あ、それは止めた方が良いです」
「なんで?」
オレンジ・フォークでは朝食も付かないので、モータル・スピリット亭で食事をするつもりだったのだ。
「あそこは、食事が激マズなのです」
「そうなのか」
「それはもう、食べたら卒倒するマズさです、やめましょう。朝食ならクワンド亭がお勧めですよ」
「ふうん」
「では、予定通りギルドで」
「ああ、それではね」
クダチは走り去っていくコレットを見送ると、オレンジ・フォークを営む古い友人の元へと足を向けた。




