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Lesson1.ワスレナグサ(3)

 ブレイザーの追加採用試験は、数日間続いている雨の中で行われた。

 試験は、西に徒歩で一週間ほど行った所にある小さな村で行われる。村の近くで最近ゴブリンの姿が見られるようになったため調査をし、必要に応じて討伐する、というものだった。

 依頼自体の難易度はさして高くも無く、むしろ依頼解決にむけてどのような手順を踏み、どう解決するかを見る試験である。


 上位2名までが合格すると聞き、どんどんペアが組まれていく中、コレットは一人その場を離れて広場の端で雨宿りしていた。ペアを組むなら魔法使い同士でないと無理だろうと思っていたが、彼女以外の魔法使いは一人も見あたらなかった。

 もともと独りで挑むつもりだったので気にしてはいないが、わざわざ取り残されていく感覚を味わいたくもなかったので、その場を離れることにした。

 大きな魔法使いの帽子を目深にかぶり、目に付いた大きな木の上に上ると、太い枝を見つけて寝そべって、サクランボを一つ口に放り込んだ。


「早く始まらねぇかな」


 そんなため息をついていると、彼女と同じように集団を抜け出す男がいる事に気がついた。中肉中背、フードをかぶっているので詳しくはわからないが、体格から剣士だろうと推測する。

 その男は、しばらく行き先探してキョロキョロしていたが、やがてコレットのいる木の方に向かって歩いてくると、ドカリと腰を落とした。


「なんか始まる前から、疲れた」


 その男も、ペアリングに失敗しているようだった。見たところ特に問題はなさそうな外見だったので不思議に思って観察していたが、フードをずらして水を飲んだ時に見えた黒髪を見て、直ぐに納得がいった。

 黒は悪魔の色、冒険では不吉を呼び込む。

 そんな迷信が、冒険者の間では広がっていると聞く。東方の遠い国では一般的の黒髪も、この国では滅多に見かけることが無い。

 もっとも、そんな事はコレットの好奇心に全く影響を与えない。


「早く始めちまえばいいのに」


 コレットと同じようなことを口走る男の頭上から、突然音符が降ってきた。


「そうですねぇ」

「うわわっ!


 思わぬ方角から返事が返ってきたので、男は飛び上がってそちらを振り向く。枝の上に少女が寝そべっているのが声の主だとわかると、彼は呆れ顔で声をかけた。


「脅かすなよ、誰だ?」

「こんにちは」

「そんな所に居たら、危ないぞ」

「そうですね、じゃあ降ります」

「ああ、そのほうが―え?」


 コレットが無造作に飛び降りたものだから、驚いた男は跳ね起きて両手を差し出した。激しい衝撃を覚悟するが、いつまでたっても衝撃が無い。

 見れば、ふわふわと回転する大きな葉っぱに乗って、降りてくるではないか。

 

「おいおい、なんだそれ」

「何って、えーと、はっぱ?」

「そりゃま、葉っぱだけどさ」


 口をとがらせた男だったが、直ぐに首を傾げてコレットの顔をジッと見つめ出した。

 フードに魔法使い帽子と、お互いの顔はほとんど隠れているにもかかわらず、その男からは怖いほど真剣な雰囲気が伝わってきた。

 少し戸惑ったが、先ずは自己紹介でもしておくかと、軽く頭を下げる。

 恐らく年上だろうと思われたからだ。


「はじめまして、私、魔法使いをしている―」

「コレット、だろ」

「ほぁん?」


 変な声が出てしまい、コレットは慌てて口に手を当てる。


「はは悪い悪戯だと思ってたけど、本当にコレットだ」

「えと、どちら、さま?」

「薄情な奴だな、相変わらず。忘れちまった?」


 男は笑いながら胸元から小さな護符を取り出した。

 3年前、コレットが大切な思いを込めて贈ったその護符を、彼女が忘れる筈も無い。

 魔法使いになったら、連れて行くという約束を交わした少年のことを。

 呆然と護符をみつめるコレットに向かって、フードを取りながら男が言った。


「魔法使いになれたんだって?おめでとう、コレット」

「クダチ!」


 突然飛びついてきたコレットを支えきれず、ドサリと濡れた芝生の上に倒れたクダチは、自分を見下ろすコレットの顔を見て、顔が熱くなっていることに気が付いた。

 慌てて彼女を抱き起こすと、平静を装って服に付いた雫を落としてあげた。


「元気だった?」

「クダチこそ、何してたの」

「約束通り、世界を回ってきた。いや、まあ一部だけどさ。少しは強そうな感じになったろ」

「そういえば、体がガッシリしてる」

「だろ」

「で、なんでクダチがここにいるの」


 突然に再会に驚き、喜ぶコレットだったが、クダチにとっては半ば予想していた再会だった。

 差出人不明の怪しい手紙を、これまた怪しさ満点の喋るテンが持ってきたのは一週間前のことだった。おそるおそる開封してみれば、今日この試験に参加すれば再会できるという内容が書かれていた。

 どうみても悪戯なのだが、隣国からの隊商護衛依頼も丁度終わり、そろそろブレイバーへの昇級も考えていた頃だったので、悪くない提案でもあった。

 クダチにとって「再開」したい人物といえば、コレットしかいない。

 何処の誰から送られた手紙かはわからないが、騙されてみるのも良いかと思ったのだ。


「と、言う感じでここに居る」

「はあ、それ絶対お師さまだよね、また余計な事を」

「やっぱりか。薄々そうじゃないかとは感じていたけど。それでコレットはどうしてブレイバー試験なんか受けるんだ。魔法使いにはなれたんだろ」

「そうなんだけど、お師さまに追い出されて」


 これまでの経緯を話すと、クダチに同情された。

 うっすら涙を浮かべるコレットの頭を撫でていたクダチの手が、ふと止まる。


「あー、それまだしてたのか」


 クダチの視線をたどって触れた指先に、白い花のイヤリングが触れた。

 世界で一つだけの、特大な魔法がかかったイヤリングだ。


「今更、返せませんよ」

「んな事言わないけど、そんな高価な物じゃないからさ。申し訳ないなと思って」

「いやあ、花魔法使いのコレット様にピッタリなのですよ」

「自分で様とか、相変わらず偉そうだな」


 気の置けない戦友との会話に、二人はしばしの間、時を忘れてしまうのだった。

 ペアの申告締め切り時間ギリギリになって、受付会場にずぶ濡れで飛び込んで来た二人は、試験管にこっぴどく怒られながらもなんとかペア登録を済ませ、現地の村へと向かうことになった。


「そういえば、村の名前を聞いてませんでした。クダチは聞いてます?」

「クムリ村だったかな、確か。ちょっと距離があるから旅支度はしておいた方が良さそうだ。コレットは準備できてるのか」

「全然」

「誇るところじゃない」


 胸を張って主張するコレットから、微妙に目線をずらしながら、小さくため息を漏らす。


(3年、結構成長するもんだな)


「なんです、ため息とか失礼な」

「誰かさんは冒険の心得がゼロらしいから、ちょっと買い物に出かけないとな」

「いいですね、美味しい果物とか沢山買いましょう」

「ピクニックじゃない」


 ボリボリと頭を掻きながらも、嬉しそうにコレットを伴って市場へと足を向けるクダチであった。

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