Lesson1.ワスレナグサ(1)
良く晴れた日の朝、コレットは裏庭で一人ミントティーを飲んでいた。
ふわりとした萌葱色のワンピースは、腰の所で真っ白なリボンにまとめられ、耳には花をかたどったイヤリングが揺れている。
「うーん」
伸ばした腕の肘を持ち、思い切り伸びをすると、隣で寝そべっていた使い魔がむくりと起き出した。
白いテンの使い魔『ラクネ』である。
彼女の師匠であるテレーズが不在を任せた有能な使い魔なのだが、面白味に欠けるのがマイナスだ。
「テレーズ様が、お戻りになられたようです」
「あれっ、早かったね。喧嘩でもしたのかな、うぷぷ新婚だもんね」
「馬鹿馬鹿しい。何か急ぎのご用事があるのでしょう」
無表情で答えるラクネは、やはり面白くない。コレットは、自分の使い魔は絶対に面白い奴にしてやると思いながら、テレーズを迎えに行った。
あれほど一生結婚はしないと言っていたテレーズだったが、3年にわたるロベルトの熱烈なアプローチに負けて、つい先日新婚旅行から帰ってきたばかりだった。まあ、蓋を開けてみれば、テレーズのほうがメロメロだったわけだが…。
「でこちゃぁ~ん!」
玄関へ続く小道を歩いている最中に、前方から突進してきたテレーズに抱きつかれ、問答無用で頬ずりされ、泣きつかれた。
「お、お、お師さま、苦し…」
「うわーん、聞いて聞いて~」
「く…くる…」
「ロベルトがね、ロベルトが」
「く…」
「私の焼いたパンケーキをマズいなんて言うのぉ」
「…」
「そりゃあね、ここのところ料理とかしてなかったしね、だけど精一杯…あれ?」
「きゅう」
ぐったりしたコレットの耳に、テレーズの悲鳴が聞こえてくる。
ああ、良い人生だった、尊敬する師匠の腕の中で安らかに…
「死ねるかぁー!」
「きゃっ」
「はっ!?ここは…」
飛び起きて見回すと、『頭打ったのかしら、だいじょうぶかしら』的な残念顔で見下ろしているテレーズと、微妙に視線をそらしているラクネがいた。
「あれっ、お師さま」
「よかったぁ、でこちゃん急に倒れるものだから、驚いたわ」
「倒れ…急に…」
「もう、驚いて思わず色々飲ませちゃったわ」
「へ?」
「貴重なポーションだったけど、でこちゃんが助かるなら、それでいいのよ」
「な、何を飲ませたんですか?」
コレットは恐る恐る、というか真っ青な顔で質問をする。本当は聞きたくない、聞きたくはないが、聞かなければ非常に良くない事が起こりそうな予感があった。
「いくぜガンバル君3号でしょ、それから不死身のリビングテッドと、遙かなるリッチーブラックモレと…」
ご不浄へと突進した。
数分後、ふらふらと揺れる頭で戻ってきたコレットは、血走らせた目で師匠に詰め寄った。
「お師さま、実験しようとしましたね」
「そんなこと、ないわ」
「丁度良い感じに、禁忌指定のポーションが試せるとか、思いましたよね」
「全然、思って、ないわ」
「お師さま、目が泳いでいます」
約30分ほど問い詰めたが、のらりくらりと逃げ回るテレーズの手練手管に負け、ぐったりとしたまま芝生に横たわった。
視界の端を小動物が横切る。
「ああ、そういえばラクネちゃん」
「なんでしょう、ガンバル君コレット3号様」
「一度月までブッ飛ばしてあげる」
「ご遠慮いたします」
「お師さまの結婚、馬鹿馬鹿しいんだっけ?」
「さて、何のことでしょうか」
「お師さまは『何か急ぎのご用がある』んじゃなかったかしら」
「記憶にございませんね」
「ほう、もう忘れたとは健忘症ですかな『白ボケのラクネ』さんは」
「ははは、コレット様ほど『おでこ』が広くございませんので」
「何ですと!」
つかみ合いの喧嘩を始める弟子と使い魔を、テレーズは微笑みながら見つめる。
「あらあら、仲良くなってよかったわぁ。これで安心して任せられるわね」
「お師さま?」
「テレーズさま?」
同時に振り向いた一人と一匹に、無情な宣告がなされる。
「だって、ほらロベルトを一人にすると寂しがるじゃない?だから、しばらく集中的に一緒にいることにしたのよ。具体的には3年くらい王都にいるわ。お料理も覚えたいし」
「はあ!?」
「何と」
突然のことに呆然としていたが、いち早くラクネが立ち直る。
「て、テレーズ様、考え直してください。貴女様には大魔法使いとしての責務が…」
「知らないわよ、愛のほうが優先だわ」
「テレーズ様ぁ」
コレットは、こんなに情けない顔をしたラクネを見たことが無い。しかし、今は自分のことが気になる。
「お師さま、すると修行は…」
「自主練~」
「じしゅっ…」
あまりにサラリと口にされた事実に、頭が真っ白になる。
「とはいえ、サボられても困るしねぇ。そこで色々考えたのですよ、師匠としては」
「普通に指導するという案は無いんですか」
「無いわ」
「はぐぅ」
打ちのめされて、両手を地面につくが、ラクネも同じように横たわっていた。口から泡を吹いていないだけ、偉い。
「でね、素敵なアイデアを思いついたのよ」
「ろくでもないですよね、きっと…」
「何をいうの、素晴らしいのよ、聞いてちょうだい」
「すごく聞きたくないです」
もはや抵抗する気力もなく、耳も垂れまくりである。
「でこちゃんは、冒険者になるのよ!」
「ぼう…けんしゃ?」
「アドベンチャラー、流浪の旅人、一攫千金がっぽがぽなのよ」
「いえ、なんか最後の方が違うと思います」
「私も若い頃は、よく行ったわぁ。筋骨隆々な戦士とか、ギラリと殺気漂うシーフとか、もう涎が…もとい、素敵な出会いがあるのよ」
「お師さま、初めて聞きました」
「言ってないもの」
「ロベルトさんには?」
「言ったら殺す」
「はい」
それは、これまで見たことのないオーラであった。大魔法使いは殺気で人を殺す、という噂も本気で信じてしまうほどだ。
「で、でもでも。私まだ子供ですし」
「でこちゃん」
「はい」
「おいくつ?」
「お砂糖ですか?」
「殴るわよ」
「すみません、15になります」
「私は13で世界中を旅したわよ」
「同じ規格で見ないでください…」
だめだ、師匠の欲望の前には自分の矮小な力では太刀打ちできるはずがなかったのだ、諦めようとした瞬間、ひらめいた。
「あっ、ダメですお師さま」
「何が?」
「私、まだ魔法使い見習いですから冒険者ギルドに登録できません」
「あら」
勝ち誇った顔で、テレーズを見る。こればかりは、規則だからどうにもならない。冒険者ギルドには、それぞれの職業で1年以上修練を積んだ者しか登録できないという厳格な規則があるのだ。それは安易な気持ちで冒険者を選んで死亡する者が多かったこと、低年齢化が進んだ事などから導入されたものだった。
「残念です、本当に」
「本当に残念だわぁ」
「ええ、本当に…え?」
差し出されたのは、認可証。
『…顕著な実績をあげたため、次の者を魔法使いと認める。』
「こ…こっ…こっ…」
「コックさん?」
「ちがいます!こんなものを、いつのまにっ!!」
「えー、だってぇ、ネクロマンサーを始末するなんて、そのへんの中級魔法使いにだって無理なのよぉ~。即日認可されたわ~」
「ひ、日付が3年前になってますが…」
「だってネクロマンサー事件の翌日に申請したもの」
「何で本人に黙ってるんですかっ」
「驚かそうと思ってえ~」
「嘘だぁ!」
絶対に、嘘だとわかる。そう、間違いなくテレーズは忘れていたのだ。だってその頃はロベルトといちゃいちゃデートしていたはずだから。
「まあ、いいじゃないの。これで何も障害はないわね」
「ふんぐぁ」
認可証を破り捨てたい気持ちをかろうじて抑え、震える手で証書を異次元箱へと収納する。まだテレーズほど巨大な棚を出すことは出来ないが、小さな宝箱程度の大きさなら出すことが出来るようになっていた。
「じゃあ、そのうち登録に行きます…」
「何を言ってるの、今から王都に行くわよ?」
「ま、まだ心の準備が。それに魔法使いになったら使い魔契約とか、色々やることが…ああーっ!」
ズルズルと引きずられていくコレットには、前足を振るラクネの姿が憎たらしく見えた。




