Lesson6 西の遺跡の忘れ物(22)
管理官の建物から飛び出すと、大きな崩落音とともに、建物から黒い煙が上がり始めた。
「この調子だと、すぐに火が回りそうだな」
「下敷きになればいいのに」
(何それ怖い…)
クダチの怯えた視線を無視して、コレットは黙々と『ギガント・ネルンボ』の準備を進めていた。建物の周りにぐるりと半円を描くように咲かせ、その後ろで待機する。
建物から出てきた瞬間に、一斉に射撃をするつもりだ。
「どう思う?」
「何がですか」
「あの怪物だよ、生きてると思うか」
「もともと死んでると思います」
「あー、そうなんだけどね…まだ動くかな」
「出てきましたよ」
「げ」
レンガの壁を派手に破壊し、怪物が雄叫びを上げた。革の服が焼け落ち、全身ケロイド状になった姿からは、思わず目を背けたくなる。
「オオオォォ!」
「輝きの、魔素よ」
地響きを上げて一歩踏み出したところに、コレットが短く呪文を唱える。正しく構成された術式でない分輝きは小さいが、ネルンボが種子を放つには充分な光量を持っていた。
ドスドスと種子が体にめり込み、巨大な爆発が怪物を襲った。
「うおっ」
「きゃ!」
予想以上の爆発に、コレット達まで吹き飛ばされる。クダチはうめき声を上げながら辛うじて上半身だけ起こしたが、コレットは意識を失っているようだった。
「こんなに…威力あったか…?」
二重にぶれる視界の先で、クダチは見てはならない物を見た気がした。
「な、なんだよ、そんなのありか」
怪物は、体の半分を失って倒れていたが、体内から伸びた触手らしきものがその欠損部分を修復しようとしていたのだ。そのうえ修復速度が異常に速い。
「まずい…止めないと」
膝が笑っている足に拳を叩きつけて無理矢理動かすと、剣を引き摺りながら怪物に近づいていく。一刻も早く、トドメをささないと間に合わない。
そこまで考えて、ギクリと立ち止まる。
(ドメって何処だ?)
あれほどの爆発でも傷つかない場所があるのだろうかと思案する。魔力の核となるようなものがないかと、目をこらすが見当たらない。焦っているうちに、怪物が体を動かし始めてしまった。
「この野郎、不滅の肉体とか卑怯すぎだろ」
力任せに振ったバスタードソードは、鉄の棒に当たって火花を散らした。
「なっ!?」
クダチは驚愕の表情を浮かべる。魔法を付与された剣が防がれるということは、つまりあの鉄棒も魔法付与されているということだった。たかが鉄の棒と侮っていたら、とんでも無い武器だったらしい。
「冗談キツイぜ…」
一見対等な武器のように見えるが、圧倒的な筋力差を考えると明らかにクダチの不利である。とりあえず脚を狙って動きをとめようと下段に攻撃をするが、鉄棒を回転させて上手く捌かれてしまった。
どうやら生前は武器の扱いに精通したそれなりの冒険者だったと思われる。
「どんだけ厄介なんだよ、もう」
それから数回にわたって剣をぶつけたが、あっさりと弾かれているうちに怪物の体は完全に元に戻ってしまったようだった。こうなるともう、クダチに勝ち目があるとは思えない。
剣の技量、力、リーチ、何をとっても相手が上を行っているのだ。
しかし、ここは退くわけにいかないと、両足を踏ん張って根性を見せる。
「せめて道連れには、してやる!」
鬼気迫る連撃が鉄棒を持った右腕に集中して放たれると、さすがに避けきれなかったのか鉄棒が地面に転がる。その隙を逃さず渾身の袈裟斬りを放つと、怪物の左胸から体の中程にまでめり込んだ。
だが、手応えを感じたその直後、クダチは自分の失敗に気づき、舌打ちをする。
「しまっ―」
体に埋まった剣は引き抜こうとしても、ビクともしない。怪物の右拳がゆっくりと後ろに振られるのを、スローモーションのように見ていた。
ドゴン!
地面に大穴をあける怪物の一撃を喰らい、数m吹き飛ばされ、地面を何度も転がってからようやく止まった。
砂埃の中、ピクリとも動かないクダチにむかって、ゆっくりと怪物が歩いてくる。
ズシン、ズシン…心臓の音のような地響きとともに、混濁したクダチの耳にか細い声が聞こえて来た。
「起きて!クダチ、起きて!」
ハッと意識を取り戻した時には、目の前に巨大な拳が迫っていた。
「うおおおお!」
必死に横へ転がって避けたところに、拳が激突して地面が爆ぜる。口のなかの砂を吐き出しながら、慌てて立ち上がり、怪物と対峙した。
実際に転がった距離は30cmにも満たなかったが、拳は逸れていた。どうやら腕に巻き付いたモノが助けてくれたらしいと判る。
「コレットか、助かった」
「長くは保たないですっ」
その言葉通り、腕に巻き付いたツタは造作も無く引きちぎられた。
絶望的なまでに巨大な鉄棒が丸太のような両腕ではるか上空に持ち上げられる。
このまま打ち下ろされれば、痛みも無く潰されるだろう、クダチの心が折れかけた時、再びコレットの声が響いた。
「死なせないって言ったでしょう!」
鉄棒が振り下ろされる直前、クダチの体にツタが絡まった。
雷撃のような激しい音とともに地面に穴をあけた鉄棒は、しかし獲物を捕らえてはいなかった。
「うわっぷ」
クダチは、一瞬目の前が暗くなったと思ったら、何か柔らかいものにぶつかって仰向けになっていた。
(空か…)
戦いの中にあって、ほんのわずかに心が安らいだが、すぐに下から聞こえる呪いの言葉で現実に戻された。
「お~も~い~」
慌てて体を起こすと、下敷きになっていたコレットがジト目で睨んでくる。
「乙女を下敷きにするとは、いい度胸です」
「え、あ、すまん。なんか気持ちがよくて…」
「気持ちが良い?」
訝しげにのぞき込むコレットに、慌てて両手を振って否定する。
「いやっ!何でも無い」
背中に感じたふんわりとした感触、あれはまさか…いやそんなはずは…しかし、まさかもしかして…
思考が混乱し始めたところに、コレットがチョップをしてくれたおかげで気を取り直すことができた。
「ボケてる場合じゃないですよ」
「悪い、けど何でおれはここに…確かアイツにやられたと思ったんだが」
「パルセノキッサスにはこういう使い方もあるんです」
コレットがツタをくるくる回しながら遠くの石に巻き付けて、一瞬のうちに手元へ引き寄せた。
「加減が難しいですけどね」
「また助けてもらったのか、ありがとうな」
「そういうのは、終わってからですよ」
コレットの視線を追うと、目の前から消えたクダチを探してた怪物がゆっくりと振り返り、こちらを視認したのがわかった。
少し距離が稼げたとはいえ、このままではすぐにアレの攻撃範囲に入るだろう。
「どうします?」
巨大フウセンカズラで怪物の進行方向を邪魔しながら、コレットが聞いてきた。拳でフウセンカズラを割ろうとして、その弾力に跳ね返されている姿は少し滑稽だった。
「魔力の核さえわかれば…」
「核?」
「あいつ魔力で動いているはずなんだよな、だからその供給源を断てば終わりなんだが」
「どうしたんです」
「どこにあるか判らないんだ」
悔しそうなクダチとは反対に、コレットは不思議そうに首を傾げていた。
「なんだよ」
「えっと、魔力の供給元ですよね」
「ああ、ゴーレムなんかは魔力石とかそういうのが核になってるものなんだが…」
「あれだと思います」
「何っ?」
コレットが指さした先では、フードを被った男が膝を着いてこちらを睨んでいた。
「フード男がどうした」
「魔力の供給元ですよ、あれ。流れが見えますもん」
「マジか…」
クダチが驚くのも無理は無かった。常時クリーチャーに魔力を供給しつづけるなど、普通の魔法使いにできるようなものではない。すぐに魔力切れを起こして倒れてしまうのが関の山だからだ。
しかし、あのフード男はそれを成し得たらしい。
「あいつがネクロマンサーか」
「そうみたいですね」
「そうと決まれば、話は簡単だ。やるぞ」
クダチは剣を地面に刺し、腰からダガーを取り出す。
「コレット、逆もできるよな」
「逆といいますと」
「俺を奴の所に放ってくれ」
「…」
黙ってコクリと頷くコレットに、クダチは心の中で謝った。
人を殺めることに直接荷担するのだ、そう気軽に決断できることではないのに、彼女は即断していた。
(本当に、ごめん)
クダチの体にツタが巻き付き、目の前が暗くなったと思ったらそこにフード男がいた。
「終わりだ」
目を見開いて驚くその男の胸に、深々とナイフが差し込まれるのと、怪物がコレットを横薙ぎにしたのがほぼ同時であった。




