Lesson6 西の遺跡の忘れ物(21)
十数体のリビングデッドを瞬く間に葬った勢いで屋内に乗り込み、片っ端から部屋を確認していったが、ネクロマンサーどころか使用人の一人も見あたらなかった。焦りと共に家具を壊しながら手がかりを探していると、管理官の部屋にあった本棚が動いた。
「こりゃまたベタな……」
呆れるほど古典的な隠し扉を開けて、地下へ続く階段を下りていくと、そこには広大な空間が広がっていた。
そして家具も何も無い部屋の中央に、真っ黒な皮の服をきた大男がいた。2mをゆうに超える身長と、スキンヘッドがやたらと威圧感を与えるそれは、リビングデッドなどとは比べものにならないほど巨大で、力を感じる。
恐らく戦闘に特化した特別なリビングデッドなのだろう、本能が危険信号を送ってきた。
「なんだよ、ありゃ」
肌の色から、とても人間とは思えないその存在にクダチの意識が吸い込まれていく。手に持っているのは、鉄の塊としか表現しようのない棒だが、殴られたら一瞬でミンチになるだろう。
一瞬の油断が命取りになる相手だ。ネクロマンサーを探し出す前に、こんな怪物と闘うのは避けたい。
「冗談じゃない」
半歩後ろにさがり、一時撤退しようとしたろころで、背後に気配を感じてギクリと動きを止める。目の前の驚異があまりに大きすぎたせいか、背後で呪文が詠唱されているのに気が付かなかった。
「だれ…ぐぁ!」
突然、息が苦しくなる。
「ぐぐっ!?」
突然の無呼吸にパニック状態となったクダチは、剣を落とし、酸素を求めて喉を掻きむしる。
「誰かだ知らんが、無謀な奴だな」
「か…ぁ…」
男の低い声がクダチの頭上から聞こえてくるが、耳を傾ける余裕は無かった。
「どうでもよいか。会話を楽しんで失敗があっても困るしな」
フードをかぶった男は、離れた位置から空中で首を絞めるような仕草をした。
「かはっ!」
同時にクダチの首がさらに締まり、苦痛が激しさを増した。ものの数秒で意識が断たれ、あっけなく死ぬだろうと覚悟をしたその時、コロコロと目の前に転がってくる物体があった。何かの種である。
それはフードの男の足下にも転がってきたようで…
「何だこ―」
フードの男が言い終わる前にその種が破裂し、激しい光が二人を襲った。
「ギヤアアアア! 目がっ、目があ!」
目を抑えて床を転げ回るフードの男の横を、風のように通り抜けたのはコレットだった。クダチの襟首をひっ掴むと、無理矢理立たせて腰に手を回す。
「逃げますよっ」
「コレットか!?」
クダチは、目を抑えてうめくように言った。
「階段上ります、死ぬ気で付いてきて下さい」
「わかった」
即座に判断して撤退できるのは、優れた護衛の証である。クダチがヨロヨロと階段に向かうその後ろから、フードの男の怒りに満ちた絶叫が聞こえてきた。
「ギガントス!あいつ等を逃がすな!ブチ殺せ!!」
声とともに、振動が伝わってきた。普通人が歩く時、地響きなどするハズがない。
(どんだけ重いんだよ!)
心でツッコミを入れつつ、耳からの情報に集中していた。ギガントスと呼ばれた化け物は、走ってくるようだった。
地響きは次第に早くなり、クダチが階段の中程にさしかかった頃に衝撃音に変わった。壁と天井が崩落する音で、化け物が無理矢理階段を上ろうとしているのだとわかる。
「やべぇ」
気は焦るが、目が見えない状態で素早く階段を上ることは難しい。音はすぐ後ろに迫っているというのに…。
コレットだけでも逃がそう、彼は肩に掛けていた右手を使って背中を押した。
「コレットは先に行け」
「はぁ?」
「俺が奴を押さえておくから」
まだ良く見えないが、正面に向かって剣を振り回せば時間くらい稼げるだろうと思い、振り向いて構える。
「早く!」
しかし、返ってきたのは、ひどく冷静な声だった。
「何を言ってるんです」
「え?いや、俺が時間を稼ぐから…」
「ダメですね」
「い、いや。そんなこといってる暇は」
ズシンと無理矢理階段を上ってくる音がする。
もうすぐそこまで来ているようだ。
「いいですか?ダチが死んだら、誰が私の怒りを受け止めてくれるというのです」
「怒り?」
「ふふふ、そんな事は許しません。例え悪魔が来ようとも、私の怒りは止められないのです」
「あの…もしもし?」
クスクスと少女の笑い声が聞こえて来た。
クダチの背筋が凍る。
「死なせませんよ、ええ、絶対に死なせませんとも」
「ここ、コレットさんですよね?」
「うふふふふふ」
震えるクダチをよそに、コレットは久しぶりに、固有魔法のリミッターを外した。
「喰らいなさい、ローズオットー」
コレットの右手の先に展開された魔法陣で、大量のダマスクローズが発生しては油に精製されていく。その速度は凄まじく、1秒という一瞬の間で3トンの花が生まれては消費された。そして出来上がったわずか6kgの最高級花油が怪物に向かって放たれる。
―ビシャッ
巨大な怪物の体にかかったそれは、一瞬動きを止める程度にはなったが、階段を滑り落とすような量ではなかった。怪物は、不思議そうに体にかかった花油を確認し、さしたる驚異ではないと判断する。再び追撃しようとコレット逹を見上げると、そこには満面の笑みで小首をかしげる少女の姿があった。
「甘くて良い香りでしょう、最高の花油なのですよ」
コレットは、ニッコリ笑って怪物を見る。しかし、目は全く笑っていなかった。
「土に還るがいいです」
ポイッと投げられたのは、『ギガント・ネルンボ』の種であった。飛来する物体に反応してしまったのは、条件反射だろう。怪物は思い切り種を壁に叩きつけてしまった。
激しい爆発が自分の手を吹き飛ばす。
「グオオオオ」
直後、怪物の全身が炎に包まれる。
「さすが、よく燃えること」
何も感情がこもっていない声がした。
「さ、今のうちに外に出ましょう」
「ソ…ソウデスネ」
クダチはのどの奥がカラカラになるのを感じながら、掠れる声で応えた。




