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Lesson6 西の遺跡の忘れ物(19)

 遺跡群を縫うように走り抜けながら、クダチは遅れてついてくるコレットを振り返り、立ち止まった。彼女が追いつくまで待つと、呼吸が整うまで少し歩くことにした。

 声には出さないが、コレットもホッとした表情で笑いかけてきた。


「すみません、遅れてしまいました」

「俺が無神経だった、悪い」

「そんなこと」

「冷静なつもりだったけど、焦ってたんだな」

「無理ないですよ、私だって…」


 言葉を続けることができず、俯いてしまったコレットを見て、クダチは苦笑する。グレッグが飲もうとしていた瓶を、光球を使って防いだのを思い出す。あれはファインプレーだった。それこそ、抱きしめて誉めてやりたいくらいだ。殴られそうだからやらなかったが。


 コレットの頭を軽く撫でながら、研究所でのやりとりを思い出していた。


* * *



『だめです、まだいけません』


 ゆっくりと耳に残る声で喋るコレットは、別人のように落ち着いた大人の女性に見えた。いつも大事なところでポカをする彼女が、素早く正確な呪文を唱えたことも、クダチを驚かせていた。


『それに、一人で全部飲んだらダメですよ』


 グレッグは答えなかった。横ではナタリアが口に手をあてたままショックを受けている。共に逝くつもりだったのに、伴侶は自分を残して旅立つつもりだったのだ。ボロボロと涙がこぼれ落ち、罵倒しながらもキツくその身を抱きしめる。


『よけいな事しやがって』

『すみません、でもまだグレッグさんは死んでいないし、諦めないでください』

『無茶いうな、リビングデッドの感染は聖水を使っても止められないんだぞ』

『…それ、感染ではないんです』

『なんだって?』


 コレットは、下唇をギュッと噛んで何かに耐えるような仕草を見せると、ネクロマンサーの秘技について語り始めた。

 まず最初に一体のリビングデッドを作る必要がある。物言わぬ体を魔法で動かし、忠実に命令を実行させるためだ。

 膨大な術式と魔力を消費して出来あがった最初の一体は、命令通り身近な生者を襲って仲間を増やしていくのだが、この時体に施されてた術式を犠牲者の傷口から転写していく。

 こうして転写された術式は程なくして犠牲者を蝕み、リビングデッドへと改変する。

『魔法だったのかよ…』

『すみません』

『コレットちゃんが謝ることじゃない』


 コレットも見習いとは言え、魔法使いの端くれ。魔法を悪用する人間にがいることを、ただただ恥入るしかなかった。


『あれっ、仲間を増やすのが目的なんだよな?でも人を襲ってそのまま食っちまう奴もいるぞ、あれは何でだ?』


 クダチが首をひねりながら質問した。


『一定数増えると、命令が補食に切り替えるようになっているんです。その…人がいなくなるまで食べて、全滅したらあとは完全に腐り落ちるまで佇んでいるだけ。腐った肉体が風化して消滅したら、ワイトなどの霊体になってその場所を徘徊すると聞いてます』

『ひでぇ…』


 死者の魂さえも弄ぶ外道とも言える魔法に、クダチは眉をしかめた。


『そうなると、もしかして補食に切り替わってるかもしれないのか』

『はい、その場合転写は行われません』

『じゃあ、助かるんだな!』

『それは…』


 コレットは口ごもる。リビングデッドにはならないが、肉体が腐り落ちていく術式は転写されているのだ。どう転んでも、対象を全滅させようという悪意の固まりのような魔法だった。


『それじゃあ、どっちにしろ腐るのか。じゃ、決まったな、殺してくれ』

『いやっ、死なないで!死んじゃいや!』

『けどなぁ、ナタリー。俺も腐って死ぬのは嫌だぜ』

『それでも、それでも…』


 子供のように泣きじゃくるナタリアを見て、コレットは決意した。


『あの、クダチ?』

『な、なんだよ改まって』

『私は、魔法使いになれないかもしれません』

『お、おいおい、いきなりどういう事だ』

『でも、グレッグさんを救ってあげたいんです。力を貸してください』

『どうするつもりなんだ?』

『元凶のネクロマンサーを…』

『殺すのか』


 一人前の魔法使いになるまで、決してやってはいけないこと。それは人を殺めることだ。強力な魔法は時として世の理を曲げてしまうこともある。早い段階から人を殺めることを知ってしまうと、それだけ悪用される危険性が高くなるのため、禁忌とされていた。

 だが、なにより人を殺めるという行為が、コレットを躊躇させていた。自分にそんなことが出来るとは思わなかったが、他に方法がない。だから、誰かに背中を押してもらいたかったのだ。


『だめですか』

『条件がある』


 そっと耳打ちをされたその内容に、コレットは顔中真っ赤にして両手をブンブンと振った。


『だだだだ、ダメですよ!』

『必須条件だ、無理なら手伝わない』

『ずるいですよっ、ずるいずるい!』

『どうすんだ、ニ択だぞ』

『あぅぅ…』


 グレッグ逹とクダチを交互に見比べ、しばらく逡巡した後、人差し指をモジモジすり合わせながら頷く。


『それで、いいです…』

『よし、決まりだ』


 それからは、グレッグの状態を一時的に止めるために『アルラウネ』を使った。人の下半身をしたその植物は、特定の条件で対象者を仮死状態にすることが出来る。


『なんだよ、こりゃ』

『引っこ抜いてください』

『ほんとに大丈夫なのか』

大丈夫なハズです』


 グレッグを遠巻きにしながら、全員が耳を塞いだ。


ーひいぃやああああ


 塞いでいてもショック死するんじゃないかという程の『アルラウネ』の悲鳴で無事グレッグを仮死状態にすると、ナタリアに後を任せる。


「さて、早く行きましょう」

「居場所の見当はついてるのか?」

「ま、あるていど…ね」


 コレットは、管理官の部屋に置かれていた呪術用の水晶を思い出していた。

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