Lesson6 西の遺跡の忘れ物(18)
グレッグを見つけたのは、裏に回ってすぐだった。あらかじめ戦闘を予想してクダチは抜刀し、コレットは腕につるバラの『モーティマー・サックラー』を這わせている。
「グレッグさん!」
十数体のリビングデッドが片膝を付いたグレッグを囲み、その頭に食らいつこうとしている。
「させませんよっ」
リビングデッドに、つるバラが巻き付き、一瞬のうちに後方へと投げ捨てられた。
「ふんっ」
鼻息も荒く、小さな胸を反らせるコレット。あらかじめつるバラを現出させておき、捕まえた瞬間に引き倒せば効果的だろうと思っていたが、予想以上の成果だ。
「よくやった!」
クダチはその成果を横目に見ながら、手近なところにいたリビングデッドの胴を水平に斬りつける。そこからはグチャリと潰れる音が…聞こえなかった。
紙でも切るかのような音で、スパッと真っ二つになったリビングデッドの体が地面に落ちる。
「はれ?」
敵に囲まれている忘れて、自分の手にある剣をまじまじと見つめると、うっすらと表面に文字が浮かび、光り輝いていた。
「なんだ、こりゃ」
「クダチぃ、ボーッとするなぁーっ!」
まるで蛸のように8本の触手を自在にあやつり、次々とリビングデッドを投げ捨てていたコレットだが、この方法で倒せるわけではない。死者達は、腕がもげても足が折れても押し寄せてくるのだから、ボヤボヤしていたらいずれ押し潰されてしまう。
「あ、わりぃ。なんか良くわからんが、やたらと斬れるようになった」
「そんなの、ただの魔法の剣ですよ」
「おまっ、気軽に言うな!」
「それより、敵っ」
「お、おぉ」
恒久的な魔法が付与された剣というのは、滅多に手に入るものではない。世に出れば大抵噂になり、優秀な冒険者や貴族たちが手にすることになる。
クダチの拾ったバスタード・ソードは魔法が付与された剣だが、そう認識されることなく次々と人手を渡り、最後の所有者が遺跡のトカゲに倒されてからは、長らく世に出ることはなかった。
認識されなかったのには理由がある。多くの剣士が魔力と無縁なのに、魔力を流し込まないと発動しないため、欠陥品と勘違いされたのだ。
本来は、少量の魔力でも強力な『つむじの刃』と呼ばれる風魔法を付与することができるにも関わらず、である。
「っと!」
一体のリビングデッドが、発掘品らしき錆びた剣を振り下ろしてきたので、あわててバスタード・ソードで受ける。
ガシュッ
「おおお?」
あるべき剣の衝撃が、無い。
衝撃が風になって、後方へと流れていくのが、クダチにも見えた。
「すごいな、こいつ。よし、これなら!」
最初こそ、使い方に戸惑っていたクダチだったが、すぐにその特性を掴むと、あっという間にリビングデッド達を葬っていっった。殲滅するまで、ものの1分もかからなかった。何しろ紙のようにスパスパ斬れる上、切り口から泡のように蒸発していくのだから手間もかからない。
「ふう…」
全てを切り捨て終えた後、ぼんやりと光る剣を見ながらつぶやく。
「けど、何で急に使えたんだ?」
クダチは魔力など使ったことがないし、あるとも思っていない。急に使えるようになったのは一時的に魔力が自分に付与されたからだろうと考える。
「コレット、何かわからないか?」
「知りませんよ、そんな事」
素っ気ない態度だが、よく見ればソワソワしているのがわかる。
「魔力か…でもいつの間に魔力なんて持ったんだ」
「いいじゃないですか、使えたんだし。男が細かいことをきにしたらいけません」
「けどなあ、なんか引っかかるんだよ、こう…力が沸いてくるような感覚が…って、ああっ!」
一つだけ、思いつくことがあった。体の奥からなにか力が沸き上がってくるような、ムズムズする感覚を、つい最近味わった事がある。
ものすごい勢いでコレットの方を振り向くが、こちらもすさまじい反応速度で顔を逸らした。
若干顔を赤らめている。
「コレット、もしかしてお前のミー」
「グレッグさん!大丈夫ですかっ」
わざとらしく話を中断してグレッグの元に走り寄る姿を見て、クダチの疑問は確信へと変わっていたが、問いつめたくなる気持ちをグッとこらえて後を追う。グレッグの容態が想像以上に悪かったのだ。
「グレッグさん…その脚…」
「しくじった」
「うそ」
裏口の扉に背を預けて崩れ落ちているグレッグ。その脚は、骨が露出するほど酷く削られていた。感染、という言葉がコレットの頭をよぎる。
その時、弱々しく内側から扉を叩く音が聞こえた。
「この音は…奥にナタリアさんが?」
「ああ、出てきた直後でな、危なかったが間に合ったよ」
「開けますね」
「頼む」
そっと開いた扉の先には、頭を垂れて弱々しく扉をたたく女性の姿があった。泣きはらした顔がふと上がり、横たわるグレッグを見て恐怖に歪んだ。
「あなた!」
すがりついて泣きじゃくるナタリアを、グレッグはそっと抱きしめる。
「よう、間に合ったな」
「全然間に合ってないわよ!馬鹿」
「酷えな、無事だったじゃないか」
「あなたが無事じゃないわよ」
「そりゃ望みすぎってもんだ。神様に怒られるぜ」
「そんな神様、ぶん殴ってやるわよ」
「こえぇ」
会話だけ聞いていると、無事を喜び合う二人のように思えるが、その表情は悲痛の一言だった。救われたと言っても、グレッグに残されたのはじき腐りゆく命。
「ほんと、ばかなんだから」
「だってなぁ、体が先に動いちまうんだから仕方ないだろ」
「そうよねぇ、そういうところが好きなんだけど」
慈しむように、グレッグの顔をなでているナタリアを、クダチは辛そうに見ている。その手に持っている青い色をした液体の瓶が何か、知っていたからだ。
「さ、薬を持ってきたから飲んでください」
「もう今更、回復薬なんて意味ないだろ」
「そんなことないわ、意味はあるわよ。強いお薬だから、半分だけ飲んでね」
「お前…」
ー半分だけ飲むー その意味を知り、グレッグは目を見開いて妻の顔を見つめるが、すぐに反論するのを諦めた。
(昔からこいつは、そういう奴だった。どちらかが怪我した時点で、終了だったか)
「ちぇ、俺の頑張りは無駄だったのかよ」
「いいえ、私は満足でした。あなたもそうでしょう?」
「あーもう、かなわんなぁ。奥様には」
苦笑しながら、薬を受け取る。
妻は、満足なのだろう。俺も、満足だ。実りある人生だった。
そう思うと自然と笑みがこぼれ、薬も一気に「全部」飲み干せそうだ。
グレッグが瓶に口を付けようとした、まさにその時。コレットの右手が大きく上に挙がり、そして呪文とともに前に差し出された。
『集え、輝きの魔素。我の指し示す場所を照らしたまえ!』
強烈な光が目の前に現れ、グレッグは反射的に右手で顔覆ってしまう。
-パシャン
地面に青い瓶の欠片が飛び散った。




