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Lesson6 西の遺跡の忘れ物(17)

 グチャリと肉が潰される音がして、厨房に静寂が訪れた。部屋の中央には、チョッパーナイフと呼ばれる巨大な包丁を手にしたメルベルが立っていた。

 全身中がどす黒い返り血と肉片で汚染されているが、構うこと無く崩れ落ちた肉片を踏みつけている。


「このっ…このっ…」


 病的なほど執拗に死体を踏みつけ、細切れにしたところでようやく動きを止める。肩で荒い息をしながら、もとは人間だった肉片を見つめた。


「ざ、ざまあ見ろ」


 呻きながら、左肩の噛み痕に手をやる。スベロ婆に後ろから抱きつかれた後、思い切り噛みつかれたせいで出血が酷い事になっている。すぐに振り払って聖水を振りかけたから、多分感染はしていないだろうと自分に言い聞かせるが、包丁を持つ手は震えていた。

 チビの管理官トビー・サマリットがネクロマンサーを使ってリビングデッドを放ち、遺跡を封鎖する計画は知っていたが。強力なアーティファクトが複数眠ると言われるこの神殿で発掘される品は、王国の検閲が厳しい。

 先日ナタリアが発見したというアーティファクトにも、容易に手を出すことが出来ないのだ。

 そこで、リビングデッドに襲われた事にして遺跡を封鎖し、その間にネクロマンサーにアーティファクトを奪わせておいてから、何食わぬ顔で被害報告を出す計画だったようだ。


 しかし、メルベルは自分がいる間に実行するとは思ってもいなかった。

 情報源たる自分がいなければ、困るのは管理官のはずだったのに、いつのまにか自分は『切られた』のだと考え至り、身震いした。 


「早くここから逃げないと」


 とりあえず、目の前の脅威からは逃れる事ができたのだ。頼りないが武器も手に入れたし、あとはグレッグ達を囮にして自分は抜け道から脱出すればよい。

 自分を嵌めた、あの管理官は後で嬲り殺してやる。

 そう考えて、振り向いた。


「え?」


 目の前に並ぶのは、十数個の白目。そのうちの一つが、ゆっくりと腐った手を伸ばしてきた。


「うわぁっ」


 反射的にチョッパーナイフで切り落とすと、体液が激しく飛び出してメルベルにかかる。それでもリビングデッドは止まること無く押し寄せてきた。一体目の頭部を水平に斬り、両足を蹴って転がす。しかしその間に二体目がナイフを持つ右手に噛みついてくる。

 激痛を堪えながらも腕を振り回すが、引きはがす前に三体目が右足にしがみついてきた。


「放せっ、こいつ!」


 左足でリビングデッドの腕を踏みつぶすと、グチャリという音とともに肘から先がもげた。が、そこまでだった。

 四体目、五体目が腰を掴み、服を引っ張り、床に転がされる。

 絶叫を上げながら、がむしゃらに両腕を振り回すが、下半身を襲った激痛に、抵抗することも忘れて思わずソレを凝視してしまった。


 ―生きたまま、補食する様を。



* * *



「ひぎゃああ…」


 遠くから聞こえてきた声は、耳を覆いたくなるような狂気を孕んでいた。


「な、何」

「…」


 クダチには判っていたが、あえて口にはしない。柔らかくコレットに伝える術を知らなかったからだ。


「コレット、方針転換だ」

「え?」

「今から急いでグレッグの後を追う」

「で、でもメルベルさんを助けに行かないと」


 その問いには答えず、黙ってコレットの手を取って走り出した。


「ちょ、ちょっと!どういう事ですか」

「時間がない、後で話す」

「クダチ!」


 後で殴られようが、泣かれようが、ここは問答無用で逃げる。クダチはそう決めて裏口へと猛ダッシュした。

 先程聞こえた声は、恐らくメルベルの断末魔だろう。1~2体ぐらいのリビングデッドならば凌げる彼が、餌食になったとすればかなりの数が集まっているはず。それならば、今が脱出のチャンスだった。

 こういった割り切りは、きっとコレットにはできない。

 そう思ったからこそ、何も言わずに連れ出すことにした。


「クダチ、放して下さい」

「…」

「クダチ!判ってますから」

「コレット…」


 青ざめた顔をしているが、しっかりと目を見返してくる。


「悪かった」


 放してから、ちょっと名残惜しそうに自分の手を見つめる。


「裏口から、ですか?」

「ああ、まずはナタリアさんの研究室を目指そう。あそこなら立て籠もるには丁度良いし、合流できれば数日間はなんとかなる」

「そうですね、救援が来るなら、ですけど」

「どういう事だよ」

「話し合いは後で、まずは逃げましょう」

「そうだな」


 裏口からそっと外をのぞくが、辺りに気配はない。二人は忍び足で建物を出ると、一目散に駆けだした。

 どのくらい、走っただろうか。息が苦しくなるのも構わず、足を止めることに恐怖に怯えながらただひたすらに走った。

 そして、気がつくと研究所のある建物が見えてきた。


「コレッ…ト、見え…たぞ」

「はぁ…ふぅ…も、ダメです」


 体力の無いコレットにしては、よく付いてきたと褒めてやりたかったが、今は安全地帯の確保が優先だ。


「グレッグさんの、姿が見えない…な」

「なか、です…かね」


 息を整えながら二人で周囲を警戒していると、研究所の裏から人の声がした。


「あれは」

「グレッグさん達じゃないですか」

「だとしたら、まずいな」

「急ぎましょう」


 無事でいてくれと神にも祈る気持ちで、裏手へと駆けだした。

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