Lesson6 西の遺跡の忘れ物(16)
隣の部屋に避難したところで、状況が好転したわけではなかった。外にはまだリビングデッドが徘徊しているようだし、屋内にどの程度入り込んだのかも不明だ。メルベルの安否も心配だし、なにより情報が限りなく不足している。
グレッグはまだ臭いが気になるのか、腕をクンクンと嗅ぎながら、手持ちの情報を纏めていた。
メルベルがさらわれた理由はわからないが、すでに屋内にもリビングデッドが侵入していると考えて良い。生存者は極めて少ないと思われる。脱出するか、戦って殲滅するかのニ択しか残っていない。
「あの、グレッグさん」
「なんだ?」
事態をどうやって収拾するかで頭がいっぱいだったグレッグは、少しおざなりに返事をしたのだが、その後に続く台詞を聞いてドキリとする。
「ナタリアさんは大丈夫でしょうか」
「え!?」
「今一人ってことですよね…」
「あ、ああ。確か研究室に籠もってたからな、あそこならオーガでも破壊できないさ」
「でも、こんな事態になってると知らなかったら?内側から開けたらお終いですよ」
「そりゃあ…」
「研究室は防音の魔法がかかってましたし、うっかり買い出しとかで外に出たりしたら…」
「…」
「グレッグさん?」
「…」
「グレッグさーん?」
突然、熊のような咆吼が部屋に響いた。
「ナタリー!!!」
「うわっ」
「今いくぞおぉぉぉ」
勢いよく立ち上がってドアに向かうグレッグを、コレットが必死に抑える。
「ままま、待ってください!」
「うるせぇ!ナタリーが危険で危ないんだ、どけ、どかねぇとブン殴るぞ」
「状況がわからないのに、飛び出したら危ないですよっ」
「俺なんてどうでもいいんだ、放せっ、このっ」
「むぎぎぎ」
頭を引きはがそうとするグレッグと、しがみつくコレットの間でしばし時が止まった。が、すぐに引っ剥がされてコロコロと転がる。
「ふぎゅあ」
「悪いな、今は一刻を争うんだ」
チャッと額に指をあてて扉から出て行こうとするグレッグの前に、クダチが立ちふさがった。手には壁に掛けてあった片手斧を持っている。
「どけよ」
「…」
「ちぇ、お前とはやり合いたくなかったが、仕方ない」
拳を構え、間合いを詰めようとしたところで、唐突に手斧の柄が突き出された。予想外の展開に、グレッグの動きが止まる。
「何のつもりだ?」
「素手でリビングデッドを倒すつもりかよ。あんたまで感染したら、困るんだよ」
「…恩に着る」
グレッグは黙って手斧を受け取り、風のように飛び出していった。
「いいんですか、一人で行かせて」
「お前が、けしかけたんじゃないか」
「そんなことしてませんよ。本当に心配だっただけです」
「ま、止めても無駄だろうし、俺たちはメルベルを助けないといけないしな」
「たち?」
「ん?なんだよ」
「何故私が?」
コレットは、首を傾げる。
全く、これっぽっちも、一緒に行く気は無いようだ。
「まさか、探さないとか言う気じゃ無いだろうな」
「はい、探さないです」
「おいっ」
「いやだって、怖いの嫌だし、この部屋に引き籠もろうと―ふわあぁぁ!?」
突然耳を触られた衝撃で、ビクンと体が跳ねる。
「そういう姑息な事は許さん」
「はあぁ、ちょ、や…」
「それにこんな場所、すぐに囲まれて襲われるぞ」
「か、隠れてれば―ふあっ、大丈夫で―あああ」
「あいつら生命力を感知するから無駄だな」
「そ、そんな…こ…」
「さっさと出た方がいい」
「い、いや…やめ…」
へなへなと床に座り込むが、クダチはまだ手を放そうとしない。
「うん?なんか、体がモゾモゾする感じがするな…何だこれ」
「や…や…」
「や?」
「やめんかあーっ!」
コレットの手に握られていたのは、巨大なチューリップ、通称『バトル・チューリップ』だ。手にはめて対象を殴るだけで、どんな相手も吹き飛ばす事ができる。殴打によるダメージはほとんど無いところが残念だが、壁などに当たれば副次効果を期待できる。
そのバトル・チューリップを躊躇うことなく、振り抜いた。
ドガッ
「げふっ」
壁に直撃したクダチは、潰されたカエルのような声を上げる。しかし衝突までの距離が短かった事が幸いして、即死は免れたようだった。
「ちっ、運のいい男ですね」
「て、てめ…」
「遺言は聞いてやります」
床に這いつくばった姿勢から見上げるコレットの顔は、悪魔のそれであった。
(短い人生だった)
クダチは、本気でそう思うのであった。
* * *
「本気ですみませんでした」
「変態ですよ、変態。耳を触るなんて、超ド級の変態ですよ!」
「わかったって、もう二度としない。反省してます」
「反省で済めば勇者なんていらないんですよ、魔王がぺこぺこ反省して人殺ししても許されるんですよ、わかってるんですか!」
「いや、なんかよくわかんない」
「エルフの耳を触る奴なんて、死ねばいいのです」
「そ、そこまでなのか」
「うるさいっ」
「すみません」
過去の変態夫婦の記憶がコレットの脳裏をよぎる。あれは酷い体験であった。特に二度目の訪問が最低だった…本当に…思い出すと涙がこぼれる。
「うわっ、ごめん、本当にごめん」
「ううう」
「泣くなよ、責任とるから」
「じゃあ死んで詫びるがいいです」
「それは勘弁してくれ」
「えぐえぐっ」
コレットが落ち着くまで、正座で待つ。
話ができる程度に回復した頃を見計らい、真面目な顔で言った。
「とりあえず、後で本当詫びを入れるから、今はメルベルの安否を確認しないか」
「そうですね、早くみつけないと変態がいますから、危ないです」
「くそ、謝ってんのに」
「襲ってから謝っても仕方ないのです、犯罪者め」
「は、犯罪者って…まあいいや、とにかく虱潰しに部屋を回っていこうぜ」
「ふん、仕方ないですね」
そっと廊下を窺うが、リビングデッドの姿は見えなっかった。二人は慎重に周りを警戒しながら、扉を一つずつ開けていった。
コレットの手前、明るめに振る舞うクダチだったが、メルベルのことを考えると心中は穏やかで無かった。リビングデッドは思考する怪物では無い。ただ一つの指示に従って行動する、生ける屍なのだ。したがって、人質を取るとか、食料として保存するとかそういった観念も無い。
メルベルは恐らく生きていないだろう、そんな事を思って唇をギュッと噛んだ。
「そういえば、クダチ」
「ん?」
コレットが首を傾げながら聞く。
「さっきの部屋で襲ってきた人達、生前会ったことあります?」
「ああ、発掘1班の奴らだったな」
「よくわかりましたね、あの混乱で」
「あいつら男のくせにお揃いのシャツ着てやがんだよ、気持ち悪ぃだろ」
「はあ、そうですね」
1班が体育会系だったのか、男色家の集まりだったのかはさておき、この情報から二つのことがわかった。一つは、リビングデッドが発掘をしている班に広まっているだろうということ。もう一つは、だいたいの数が想定できることだ。
「一班に10人いたとして、6班まであるから、だいたい60体ですかね」
「さっきの爆発で6体は吹き飛ばしたから、減ってると考えたい」
「でもお婆さんとか犬とか、発掘以外の人間を入れると100体くらい居そうですよ」
「うえ…」
全員がリビングデッドになったわけではないだろうが、最悪を想定しておいた方が良い。クダチは100体のリビングデッドがひしめく様子を想像し、顔をしかめていた。
「もう一つ教えて欲しいのですが」
「おう」
「あれって、触ると感染するとかそういう感じなのですか?」
「リビングデッドの事か、うーん微妙なんだよな」
「微妙?」
リビングデッドに噛まれたり、引っかかれたりして感染し、被害者もリビングデッドになることも少なくはない。しかし、大抵は補食されて終わりだ。
というのも、リビングデッドは自然発生的に起こるものではなく、ネクロマンサーのような魔法使いによって引き起こされる災害なのだ。それ故に感染で無制限に拡大しないよう、ネクロマンサーは対象の補食を指示する事が多い。
そしてターゲットの村や町の人間を食らいつくしたら、あとは朽ちていくまでそこに佇むのである。
「とはいえ、できるだけ触らない方が良いのは、間違いないな」
「なるほど」
コレットはそっとクダチから離れた。
「なんだよ?」
「だって、さっき肉ダルマになってた」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「逃げ遅れた方が悪い」
「爆発するなんて、誰がわかるかっ」
「察するべき、そうすべき」
「のやろ…」
「いたいいたいいたい!」
こめかみを拳でグリグリ締め上げられた。




