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Lesson6 西の遺跡の忘れ物(12)

―霞む視界は、天界を覆う霧のせいだろうか。


―エルフは死ぬと世界樹に取り込まれると聞いていたが、違ったのだろうか。


「あれっ」


 コレットは、涙が乾いてバリバリになった瞼を必死に開けた。


「私、生きてる?」

「ああ、生きてるぞ」


 頭上からクダチの声が聞こえる。身を起こそうとして、激痛にうめき声を上げた。


「う…いた…」

「おい、毒は抜けてもまだ傷は治ってないんだぞ。無理すんな」

「クダチですか、ここは?というか、毒が抜けた?」


 毒のせいでろれつが回らなかったのに、今はすっかりまともに喋る事ができた。


「お前が倒れたあの部屋だよ、だいぶん荒れてるけどな。俺達の毒はアラクネが吸い取ってくれたぜ」

「ふむ?よくわかりませんが、助かりました」

「何がわからないんだ」

「いろいろと」

「例えば?」

「えっと、私はアラクネちゃんにそんな事を命令した憶えが無いのです」

「いや、俺がお願いしたら、やってくれたぞ?」

「はいっ?」


 こともなげに答えるクダチだったが、コレットは衝撃を受けていた。アラクネ105は、もともとコレットの固有魔法で生み出された生物ではない。契約による召還魔法の一つなのだ。

 故に、召還主の命令以外は一切聞かないはずであった。


「そんな馬鹿な。アラクネちゃんが、クダチの命令を聞くなんて事は…」

「だから、命令じゃなくてお願いだっての」

「それにしたって…わかった、実は人にいえない方法で解毒したんですね、いやらしい!」

「まてこら、どうしてそうなる」

「だって、アラクネちゃんは自分で考えて行動したりしません」

「そういわれてもなぁ…デス・ベアーを倒したのだって、自発的だったと思うぞ」

「ええっ、デス・ベアー!?というか、倒したって、えええ?」

「まあ、驚くよなぁ」


 それから、順を追って事の経過を『丁寧に』説明した。


「むむっ、よくわかりませんが、ありがとうございました」

「お前、わざと言ってるだろ」

「あいたっ」


 ポカリと頭を叩かれる。が、どうにもその力が弱々しい。


「クダチ、どうしました」


 コレットは体を起こすと、壁にもたれ掛かりながら横のクダチを見た。グッタリとした左腕は、どす黒い血にまみれ、ピクリとも動かないようだ。投げだした足の一部は肉がこそげ落ち、胴を守る皮の防具も切り裂かれてもはや廃品となっている。

 ボロ雑巾のようなその姿を見て、言葉を失った。


「あの後も、こまめに襲撃があってな…どうにか撃退したんだが、そろそろ体が動かない」

「そうですか」

「悪いな」

「いえ…ありがとう」


 コレットの頭が肩に乗り、クダチは軽く動揺する。


「おいおい」

「肩、貸してください。私も体が動きそうにないのです」

「仕方ないな、高いぞ」

「子供からお金を取る気ですか」

「駄目か?」

「駄目です」

「じゃあ、また今度膝枕をしてくれ」

「しょうがないですね」


 おどけてみる二人だったが、実際には死の恐怖から逃げたい一心で、束の間の平穏に縋り付いていただけだった。

 あと一回、襲撃を受けたらもう耐えられない。そんなギリギリの状態が暫く続き、ついにその時が来る。

 デス・ベアーに破られた扉の奥から、ガチャガギャと金属音が響いてくるのがわかった。


「今度の敵は武器持ちか…厄介だな」

「一発くらいなら、『パルセノキッサス』を喰らわせてやりますよ」

「はは、無理すんなよ」


 クダチは口元をほころばせながら、扉へ向かってバスタードソードを構えた。

 思えば、護衛職に就いて、楽しいことは一度も無かった。ただ黙々と守護対象を敵性生物から護るという作業を続けてきたのだが、今この瞬間は間違い無く生き甲斐を感じている。

 護りたい者を護る、そんな単純な事に至上の喜びを感じる自分がいた。


(願わくば、コレットだけでも助かって貰いたい)


 部屋へと飛び込んできた黒い影に向かって、渾身の一撃を見舞った。



* * *



「ぐあああ、痛ってえぇ!」

「ふんぎゃあー」


 部屋に響き渡る、男女の叫声。

 小屋の床には、それぞれ傷口を押さえてのたうち回るクダチとコレットの姿があった。


「そのくらいの痛みでよかったな」

「なんだよこれ、本当に|癒やしの水≪ヒーリングポーション≫かよ」

「失礼な、本物だぞ。ちょっと安物だけどな、そこは我慢しろ」

「ふんぐぐぐ、し、しみる…です…」

「治ってる証拠だ、よかったな」


 部屋に飛び込んできたのは、グレッグとメルベルだった。

 勢いに任せて振り回したバスタードソードが、あやうくグレッグの胴を真っ二つにするところだったが、直前にコレットが放った『パルセノキッサス』が剣の軌道を変え、事なきを得たのだった。

 その後、二人に担がれて遺跡を脱出し、現在『手厚い』看護を受けているところである。


「危うくブッ殺されるところだったぜ」

「だから、すみませんでしたって…いやっ、もういいですから!」

「遠慮すんな、内臓もイッてるだろ」

「そんなもの、飲まされたらしん…」


 ごくごくごく


 鼻をつままれ、一気にポーションを飲まされると、クダチはほどなくして気を失った。


「ふう、こんなものか。コレットちゃんも飲んどくかい?」

「い、いえっ」


 全力で首を振る。

 傷に振りかけるだけであの激痛なのだ。飲んでしまったら、きっと違う世界に飛んでしまう事だろう。全身全霊をもって丁重にお断りした。


「それにしても、よく無事だったな」

「あまり無事ではないような気もしますが」

「いやいや、四肢があるだけでも凄い事だぜ、デス・ベアーと渡り合ったんだからな」

「クダチが頑張ってくれたと聞きました」

「それだけじゃないだろ。デス・ベアーつったら騎士団でも連れてこないと倒せないっていう、最悪の魔物だぜ?」

「さあ、私は気を失ってましたし」


 コレットは、ごにょごにょと言葉を濁す。アラクネ105の事を話すわけにはいかなかった。

 なにしろ、国内で一般的に知られるアラクネという植物は、遭遇したら天災だといわれるほど、凶暴で悪食な魔物として認定されているからだ。


「こいつが起きたら聞いてみるか」

「し、しばらくは安静な方が良いんじゃないかと」

「そりゃそうか。んじゃメルベル、ベッドに運ぶの手伝ってくれ」

「はいはい」


 早めにクダチの口止めをしておかないと、と心に誓うコレットであったが、結局その機会が訪れることは無かった。

 というのも、二日後にクダチが目を覚ました時には、すでに全員がその事件に巻き込まれていたからだ。

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