Lesson2 蜘蛛の花(3)
コレットの吐く息は白く、雪のように儚く消えていく。
雷が鳴り、倒れ伏したまま、もう何時間が経っているだろうか。雨に濡れた体が徐々に冷たくなっていくのが自分でもわかる。
「うぅ…寒いですね」
せめて火が欲しかったが、今の状態で薪を探し、呪文を唱え、魔法を行使するなど出来そうもなかった。
すでに辺りは暗くなり始めており、雨足も強くなってきている。このまま夜になれば、生命にかかわると思い始めた時だ。
「蜘蛛?」
目の前で、ギプリン蜘蛛が紫色の鳥に襲われていた。蜘蛛といっても、子供の頭ぐらいの大きさがあり、成長すると3mを超す巨大な生物となる。
ただ、赤の黒の毒々しい外見とは裏腹に、木の実や花の蜜が主食という穏やかな性格をしている。
「んー、どうしましょう」
弱者が補食されるのは、自然の摂理だ。そこに手を加えるとバランスが崩れるので、注意するようにと師匠から常日頃注意されている。
聞かされているのだが、どうにもこの蜘蛛が自分のように見えてきてしかたがない。気がついたら固有魔法を使っていた。
蜘蛛と鳥の間に、オレンジ色の小さい鈴が沢山ついた花が咲いた。コンバラリアの変種であるこの花は、花粉に猛毒を持っている。
そのため、どの鳥も本能的にこの花に見た途端に全力で避けようとする。予想通り、捕食者は「キィー」と悲鳴を上げながら上空へと逃げ去っていった。
その様子を目で追いながら、コレットは安堵のため息を漏らす。
「よかったですね、ほんと」
自身の命が危ないときに、何を呑気にと思うかも知れないが、その時のコレットはとても満足していた。
しかし、ギプリン蜘蛛は助かったというのに、逃げ去る様子もなくウロウロとしていた。その様子をみて、コレットはピンときた。
「なんですか、もしかして迷子にでもなったんですか」
親とはぐれた子供のような、そんな仕草に見えたのだ。
かつての自分のように。
「あー、心配しなくても大丈夫ですよ。迷子の時はドーンと構えておいしいものを食べて待ってれば、そのうちお迎えがくるものです」
にっこりと笑って、コレットは指を軽く振る。
真っ白なロニセラの花が咲き乱れた。
この花の密は、こっそりおやつに食べてしまうほど美味しいのだ。蜜を食す、変わり者の蜘蛛ならきっと喜ぶだろう。
「おかーさんが来るまで、ゆっくり休むといいですよ」
恐る恐る花に近づく子蜘蛛の様子を見ながら、大きなあくびをした。そうして、コレットはゆっくりと瞼を閉じた。
なにしろ、とても眠かったのだ。
ふと目を覚ますと、妙に周りが静かな事に気がついた。
なんだか体も温かくなっている。先程まで体に打ち付けていた雨や風が、いまは感じられない。
「嵐…去ったんでしょうか?」
誰に話しかけるわけでもなく、つい独り言を言ってからハッとする。
体が、動かない。
「な、何ですか、これ」
薄暗い森の中、首から下に得体の知れない白いモノが巻き付いている。いわゆる簀巻きの状態になっていて、身動きひとつとれない。次第に目が慣れてきたところで、ギクリとする。
真上に、巨大な何かがいるのだ。
それがゴソリ、と動いたと思ったらいくつもの目が浮かび上がった。
「ひっ」
ああ、喰われる。
コレットは言いようもない恐怖におそわれ、そしてまた、気を失った。
次に意識が戻ったのは朝だった。
驚いたことに、自分はまだ喰われていなかったらしい。そんな驚きとともに、上を見上げるとまだそこに巨大なアレがいた。
「な、な…ってあれ?」
大きすぎて、よくわからなかったが、どうやらあの助けた蜘蛛の親だったようだ。どうやら喰われる様子はないとわかり、額の汗を拭って気がついた。
「あれ、動ける。ああ、蜘蛛の糸で覆われていたんですか」
昨晩ほどきつくなく、もう体を自由に動かすことができる。それにしても、暖かくて居心地の良い糸だ。
なぜか節々が痛かった体も、調子が良くなっている。
「不思議な糸ですね、あの子のお母さんですか?お父さんですか?
まあどちらにしても、おかげで助かりました」
蜘蛛と会話ができるわけではないが、何となく話してみた。
そして、何となく蜘蛛が返事をしたような気がしたので、笑顔を返しながら言った。
「この糸もらっても良いですか?あ、良さそうですね。ではありがたくいただきます」
どうやって鞄に入れるか悩んでいたが、クルクルまとめてみると、丁度毛玉くらいの大きさに縮小された。
「一体どういう仕組みなんですか…」
あきれるコレットの横で、ゆっくりと親蜘蛛が向きを変えた。
ノシノシと歩く親蜘蛛と、その背中にしがみつく子蜘蛛へ、何度も手を振る。
「さーて、サエナ婆様の家を探さない…と…!?」
さわやかな笑顔で出発しようとしていたコレットは、目前の景色に絶句した。
眉間には、深い深いシワが刻まれている。
「ちくしょう…ですよ」
ほんの少し先に見える大きな赤い煙突。
それは紛れもなくサエナ婆の家についているものだ。
つまり、目と鼻の先に落ちていた、ということだった。




