Lesson6 西の遺跡の忘れ物(10)
次の階層までダッシュしたおかげで、トカゲの化け物から逃げる事ができたようだった。広めの部屋にたどり着いたところで速度を緩め、背中ごしに様子を窺う。
「撒いたかな」
「たぶん…」
「ん?どうした、調子わるいのか」
「いえ、乗り心地が悪くて酔いました」
「このやろ」
心配したのがバカバカしくなって、少し乱暴に抱え直す。
「う…」
「なんだ、吐くなら先に言えよ?」
「だいじょうぶ、だから、急ごう」
「おう」
この時、きちんとコレットの顔を見ておくべきだった。しかし、クダチもまた命の危険から逃れた安堵と疲れから、自分の事で精一杯だったのだ。
おかしいなと感じ始めたのは、それから2回目の戦闘の時だった。
「時間が無いですから…攻撃せずに抜けましょう」
「うん?まあいいけど、あれ毒ガエルだろ。下手に近づくと不味いぞ」
「なんとか、します」
背中から降りるつもりが無いらしく、コレットはぐったりと体を預けている。
「パルセノキッサス」
怠そうに手を振ると、4体もいた毒ガエルが全て甘葛のツタに絡まれる。つるバラのような攻撃性は無いが、行動不能にするにはこちらの方が優秀なようだ。グルグル巻きにされた毒ガエルの横を、走り抜けるのにそう時間はかからなかった。
「いやあ、すごいな。詠唱無しって事は固有魔法ってやつなんだろ?」
「まあ…そんなものですね…」
「とても見習いとは思えないぜ。今すぐ中堅の冒険者になれるって」
「わあ、よかったです…」
「反応薄いな」
「今にも吐きそうなのです」
そう言いながら、指先からミントの葉を出して、口にくわえている。
傍目には、酔い止めのように見えるだろう。しかし、数時間とはいえずっと背負ってきたのだ、さすがに様子がおかしい事に気がつく。
「おい、ちょっと降りてみろ」
「嫌です」
「いいから、降りろって!」
「か弱い乙女を…いじめる気ですね…」
「ふざけんな!」
強引に引きずりおろした。自力で立つ事も出来ず、グッタリと横たわるコレットのわき腹が真っ赤に染まっていた。
「その傷…何で黙ってたんだよ」
「いやぁ、ほら。こんな傷、魔法で、一発ですから」
「嘘つけ」
治せるならば、傷を負った直後にやっているはずだった。クダチは、傷口周りの布をダガーで丁寧に切り取っていく。
「いつ、やられた」
「さあ…あ、さっきのカエルですかね~」
「トカゲ野郎の時だな」
「ちがうんじゃないかなぁ」
コレットは目をつぶりながら、しゃべるのもつらそうな息をしている。傷口を水で流して布を当てると、きつめに止血した。貴重な飲み水だが、気にしている余裕などない。
「俺をかばったせいか」
「…」
「どうして、すぐに言わなかった」
「たぶん、毒ですから、助からないです。それに、なんとかクダチだけでもと…思いまして」
「バカか!お前そんなに俺と仲良くないだろ、俺の事なんて放っておけよ」
「なにを、いいますか。死んだらナタリアさんに、会えなく、なるんですよ…」
(ナタ…誰だっけ、ああ、ナタリア…ナタリアさんの事か)
クダチの頭からは、大好きだったはずのナタリアの事がすっかり抜け落ちていた。今は、とにかくコレットの傷の事しか考えられない。なんとか命をつなぎ止めなくてはと必死に周りを見回す。
しかし、悪い事は重なるようで、血の臭いをかぎつけた何かが地を這う音が聞こえてきた。クダチは、経験からそれが何なのか悟っていた。
(異形の者だ)
ダンジョンで朽ち果てた冒険者のなれの果てとも言われるそれは、生前の能力を一部引き継いだ恐るべきモンスターであった。
「いいか、俺が何とかする。絶対に動くなよ」
「…」
「おい、コレット!くそっ」
気遣ってやりたかったが、今はその数秒が惜しい。正面の扉に向かってダッシュすると、急いでカンヌキをかける。隣の石像を倒して入り口を塞ぐと、間一髪で異形の進入を防いだようだ。ドンドンと扉を叩く音が鳴り響く。
(あれに入られたらお終いだ)
急いで元来た通路の扉も閉めようとした時だった。天井からボトボトと黒い影が落ちてくる。
「うおっ!」
シーサーペント、海に生息する蛇が行く手を阻む。なぜ陸上にいるのかはわからないが、とにかく今は迅速に片づけなくてはならない。
「邪魔すんな!」
動きの鈍い蛇を蹴り上げ、頭にダガーを突き刺し、機械的に処理していく。クダチほどの力があれば、蛇程度はさしたる驚異ではない。しかし、蛇は次から次ぎへと沸いてくる。辟易し始めた頃に、異変は起こった。
「な、なんだ?」
一斉に蛇達が天井へと逃げ始めたのだ。ぞくり、と悪寒がして見た通路の奥で、トカゲの目が光っていた。




