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Lesson6 西の遺跡の忘れ物(9)

「ねえねえ、お馬さん」

「誰が馬だっ、誰がぁ!」


 思わず投げ飛ばそうとしたが、かろうじて理性が思いとどまらせる。


「この通路は、さっき通りましたよ」

「え、本当か?なんか同じような風景だから、よくわからないな」

「間違いなく、通りましたね」


 そう言われてみれば、そんな気もする。大体次の登り階段が見あたらないのもおかしい。かれこれ30分くらい歩き回っているのだが、敵と遭遇することもなく歩き続けているだけだった。


「でも、一本道なんだよなあ。迷うはずないんだけど」

「もしかすると、魔法的なアレかもしれません」

「アレか」

「アレです」

「なるほどな」


 しばらく、無言が続く。


「アレって何だ?」

「さあ?」


 ふたたび、沈黙が続く。


「おい、コレット!」

「なんですか、クダチ!」

「ふざけてないで、何とかしろよ」

「ふふふ、いいでしょう。そのかわり上手くいったらお馬さん延長です」

「あー、もうわかったから、早くなんとかしてくれ」

「では」


 コレットは、クダチの背中から飛び降りると、きょろきょろと周りを見回してからおもむろに腕を水平に振った。


「アンサンシエ」


 洞窟の床一面にローズマリーの花が咲き乱れる。集中力が研ぎ澄まされる効能があるローズマリーを改変した『アンサンシェ』を使えば、容易く魔法の流れを掴める。


「こっちですね」


 てくてくと歩いていき、壁の前へと立つと、かるく拳で数度叩いた。


「どうやら出口はココみたいです」

「ココって…ただの壁じゃないのか。あ、壊すとか?」

「そんな事したら、一生出られなくなります」

「ほんとかよ、エゲツないなぁ」


 魔法で閉じられた空間から脱出するには、作成者を殺すなりして開けるか、正しい手段を踏み、何日もかけて開けるかしかない。無理矢理破壊しようとすると、空間に歪みが出て、一生出ることが出来なくなる。

 しかし、どちらの手段を採るにしても、今の二人には困難極まりない作業だった。


「いつのまに、そんな魔法をかけられたんだ」

「あらかじめ設置されていた罠か、誰かがこっそりかけたか」

「後者じゃないことを祈るぜ」


 そう言いながらも、クダチは後者の可能性が高いと考えていた。無差別に空間をねじ曲げるような罠が設置されているとも考えにくかったからだ。


(首尾良く脱出できても、その後がヤバそうだ)


 高度な魔法を使う奴だとすると、危険度が跳ね上がる。気を引き締めてダガーを握り直した。


「で、どうやって脱出する?」

「そうですね~。正しい手順なんてわかりませんし、敵さんを内側から倒すのは無理ですし…」

「おいおい、まさか手詰まりとか言うなよ」

「バカ言っちゃいけません。3つ目の方法があるのですよ、あまり知られてませんが」

「お、おう頼むぜ」


(なんか、嫌な予感しかしない)


 複雑な顔をするクダチを横目に、コレットは最大の固有魔法を使う。


「おいでませ、アラクネちゃん!」


 ドーンという白煙とともに、姿を現したのはアラクネ105だ。

 物理、非物理を問わず、全てを食らいつくす悪食の王である。


「アラクネちゃん、この空間ごとやっちゃってください」

「ぐおおおおお!」

「あ、吠えたよコイツ…」


 丸い頭部に無数の歯、飛び出す粘液という、見た目からして凶悪な植物に、クダチは思いっきり引いていた。

 そんなことはお構いなく、アラクネの頭部はバックリと開き、周囲の空間を飲み込み始めた。


 ゴ・ゴ・ゴ・ゴ


 真空でサイクロンなのよ、と掃除機のごとく魔法空間を飲み込むと、隠されていた通路が姿を現す。


「おおっ、すごいじゃないか」

「ふふん、もっと誉めて良いのですよ」


 コレットが腕組みをしてうなづいている。すごく偉そうだ。

 ひとしきり誉めてやると、満足そうな顔で笑い、巨大植物の労をねぎらった。


「アラクネちゃん、おつかれさま」

「しかし、外見と名前のギャップがすさまじいな」

「えっ?」

「え?」

「可愛いですよね?アラクネちゃん」

「名前はな」

「えっ?」

「おい…」


(涙目になるな、涙目に!)


 動揺しまくったクダチは、心にもないことを口走ってしまう。


「わ、悪くはないかな、外見も」

「ですよねぇ!よかったねアラクネちゃん」


 ぱあっと笑顔が広がったコレットは可愛いと思った。しかし、モジモジしているこの巨大植物だけは、断じて、可愛くない。


「おおお…」

「どうした?」

「照れてる」

「あれは…照れてるのか」

「私も初めて見ました」


 言われてみれば、恥じらっているようにも見える。巨大植物なのに。


「アラクネちゃんが人を気に入るなんて、よっぽどの事です」

「そりゃ、よかった」

「なにしろ気に入らないと、問答無用で食べちゃったりしますからね。内心ハラハラしてましたよ」

「何だと?」


 クダチの表情が固まる。


「ハラハラしたと」

「そうじゃなくて、その前の部分だ!」

「アラクネちゃんは好き嫌いが無いので、時には人も丸ごとパクリなのです」

「そっ、そっ」

「そんなところが可愛い?」

「そんな危ないものを使うなあああーっ!!」

「いたい、いたい、いたいですー!」


 こめかみクラッシュを食らって悶える。


「早くその物騒なものをしまえっ」

「なんですかもう、アラクネちゃんに助けてもらったくせに…大体このプリティーさが理解できないなんて人間としておかしいっていうか、いやでもクダチは変態だから仕方ないっていうか…」

「は・や・く・やれっ」

「はいっ」


 まだブツブツ文句を言っているコレットを無視し、クダチは前方の気配を探る。予想が正しければ、この先のどこかで敵が待ち伏せしているはずだ。


「どうしました?先を急がないと」


 アラクネを収納し、先に歩き出していたコレットが、立ち止まって振り向く。


「いや、この魔法をかけた奴が近くにいるかもってー」

「クダチ!」


 言い終わる前に、コレットはクダチに体当たりをする。突然のタックルを避けられるわけもなく、床に絡み合って倒れた。


「いってぇ…」


 しかし、今度はクダチも見た。短剣を手にした黒いローブの怪物を。トカゲの顔をしたその怪物は、表情も変えず暗がりへスウッと消えていった。


「何だ、あれは」

「魔法を…かけた奴ですかね…」

「わからんが、暗殺か隠密系を使うようだ。ひとまず逃げるぞ」

「腰が抜けて立てません」

「ばっ、こんな時に何やってんだ」

「おんぶ、プリーズ」

「遊んでる場合じゃねぇって」


 担ぐようにコレットを背中に乗せると、猛ダッシュその場を離れた。

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