Lesson6 西の遺跡の忘れ物(7)
「がぼっ」
クダチは、口から漏れる空気の泡を、あわてて抑えた。コレットに崖から突き落とされ、混乱していた頭がようやく動き出す。大丈夫、落ち着いて水面を目指して泳げば問題無い―はずだった。
しかし、水面へと顔を向けた瞬間にドボン!とくぐもった音がし、大量の水泡をまとって何かが『落ちて』来た。
「ごぶぅ!?」
再び口から空気が大量に漏れるのを、必死に抑える。これ以上はマズい。
(何だっ)
敵襲かと身構えたのもつかの間、すぐにコレットだとわかった。見事な姿勢で飛び込みを決め、魚のように華麗な泳ぎ方で近づいてくる。
(にゃろ…自分だけ)
無様に落とされた事を恨みつつ、コレットに視線を向けると、ニッコリと笑い返された。妖精のような微笑みに、ほんの少し見とれたが、すぐに頭を振る。
(だまされるな、アレは何か企んでる顔だ)
脳内に警鐘が鳴り響き、気を引き締めたクダチへ、ゆっくりとコレットの腕が伸びてくる。やがてクダチの体にまとわりつくように、腕が回されていく。
(な、な、なんだ??)
年頃の少年らしく、真っ赤になって離れようとするが、すでに遅かった。彼はコレットの手中に落ちていたのだ。
「がぼげべごぼぼぼぼ!!」
コレットは、ぜんりょくでクスグリこうげきをした!
「げぶぶ、やめぐぶ…ごっば…」
コレットは、かいしんのクスグリこうげきをした!
「ぶご…」
コレットはー
「いい加減にしろっ!」
「いたっ」
(あれ?話せる…というか息ができる?)
水中で勢いが減衰されたとはいえ、クダチのゲンコツは痛かったらしく、コレットは頭をさすりながら水中を漂っている。
「どうなってんだ…こりゃ」
「痛い、です」
「ああ、悪かったな。って、おまえが悪いんだろっ」
「だって、強引にしないと怖がって呼吸しなかったでしょう?」
「いやだからって、やり方というものがだな」
「説明したら、やれましたか?」
「…無理かも」
頭ではわかっていても、水中で息をするというのは相当な勇気がいる。恐らく、そのまま水面に出てしまい、水中呼吸を会得するのは難しかっただろう。
クダチは腕を組みながら、しばしの間目を閉じた。
「悪かった。けど、やっぱり次からは事前に説明がほしい」
「そうします、ふひっ」
「ふひ?」
「いえ、なんでも」
(こいつ、やっぱり楽しんでやがった!)
いつか仕返ししてやる、と心に誓うクダチである。
「とにかく、まずは水中を探索しましょう。あまり時間がありません」
「そうだな、出口を探さないと」
水中で息が出来る、会話ができる、というのは予想以上に快適であった。クダチは、つい水中散歩を楽しんでしまいそうな自分を律し、なんとか出口を発見する。
「あの丸いやつ、怪しくないか?」
「そうですね、どうするんでしょう。動かせるのかな」
「それっぽい。やってみるか」
「はい」
赤くて丸いハンドルが壁から突き出ていた。コレットとクダチは両側を持ち、前後左右に動かしてみるが、どうやら回すものだと理解する。
「よし、左回りに回せそうだ。タイミング合わせて回すぞ」
「じゃあ、いっせいーの」
「せっ!!」
勢いよく回すと、以外と簡単にハンドルは回った。そして、一度回り始めると、力を加えていないのにどんどん加速して回転していった。
「な、なにこれっ」
「ヤバそうな気がする!離れるぞっ」
「はいっ」
しかし、全くもって遅い、遅すぎるわフハハハハという笑い声が聞こえてきそうなくらい遅かった。
ゴゴゴゴゴ
唸るような地響きが聞こえてきたかと思うと、湖の底に渦が発生する。
「なっ!」
「泳げ、逃げるぞっ」
「無理かもーっ」
「諦めるなあぁぁぁ…」
バタバタと両手足を振ってみても、所詮は矮小な人間とエルフ。巨大な渦の力に逆らえるはずもなく、闇の中へ飲み込まれていった。




