Lesson6 西の遺跡の忘れ物(6)
コレットは、水玉神殿の同行に承諾した事を後悔し始めていた。正直、ナタリアと実験をしているほうが楽しいし安全だったのだが、魔法使いとしての助力を請われれば、断るわけにもいかない。しぶしぶ同行してみれば、神殿からは極めて邪な魔力がダダ漏れしているではないか。
「はっふぅ」
入り口に足を踏み入れた瞬間、思わずため息が漏れる。
「なんだよ、もうビビったのか」
「鈍感なクダチが羨ましいです」
「んだと、このやろう」
「はいはい、喧嘩しない」
メルベルに仲裁され、神殿の地下へと降りていく。壁一面に描かれた水玉模様は、よく見ると細かい魔法の術式が書き込まれてた。今は魔力の供給が無く、動作していないようだが、全てが稼働するとどうなるだろうかと想像して、気持ち悪くなった。
(これだけの術式が一斉に稼働すれば、どうせ禄でもない事になります)
「さて、ここからは少し注意して進もう」
グレッグがそう忠告した直後、床が抜けた。
「え?」
「は?」
コレットとクダチの姿が一瞬にして消える。
「ふんぎゃああああああ」
「うおおおおおおお」
絶叫を残して穴の中へと消えた二人に、グレッグは有らん限りの大声で呼びかけるが、一向に返事は返ってこない。
「くそっ、どうなってんだ。こんな落とし穴、昨日までは無かったぞ!」
「新しく出来たって事は無いですね、今まで何らかの理由で作動しなかったとか」
「まずいな、ずいぶん深い。早く助けに行かないと…」
荒縄をひっかけるフックを壁に打ち込もうとするグレッグの横で、メルベルはしゃがみ込んでその顔をのぞき込む。
「や、無理だと思いますよ?」
「冗談言ってんなら殴るぞ」
「いや、だってほら」
メルベルが指さす先で、床は音を立てて元の位置に戻っていた。
「落とし穴って、元に戻るんですよね」
「あー、ちくしょう!いちいちムカつくダンジョンだな」
壁を拳で叩くが、湿った土が頭上から落ちてくるだけだった。
「ダンジョンに当たっても仕方ないですよ、どうします?予定通り『扉』まで行きますか」
「お前な、普通そこは二人を助けに行きますか、だろうよ」
「助けにいきますか?」
「当たり前だ」
睨みつけられたメルベルは、やれやれという仕草で肩をすくめると、グレッグの後を追いかけていった。
…ぴちょん
「う、んんっ」
頬に触れる水の感触で、コレットは目を覚ました。体を起こすと、しばらくボーっとしてから自分の体をチェックする。幸い腕がおれていたり、内蔵が飛び出したりしてはいないようだ。
「よく、生きてましたね」
ボソリとつぶやいてから、自分の身に起こったことを思い出してゾッとする。あの高さから落ちて、命があったのは奇跡だ。
「えっと、ここは…?」
見回すと、洞窟のようだった。中央に小さな湖があり、その上空にあいた穴から落ちてきたらしい。その後浅瀬のような所に打ち上げられたようだった。
「波がある?」
舐めてみたが、海水では無い。ではどうやって打ち上げられたのだろう、と考えていると右手から人が歩いてくる気配があった。
「よう、起きたか」
「クダチですか、置き去りとは酷いですね」
「何言ってんだ、この場所の安全確保が先だろ」
「安全かくほ?」
「ああ、少し歩き回ってみたが、敵性生物はいないみたいだな」
「むぅ、だからって置き去りは…」
「おいおい、苦労して湖から引き上げてやったんだから、感謝してくれよ」
「え」
「ちゃんと呼吸も確認したし、濡れない所に運んだだろ」
どうやら、気絶したコレットを水中からここまで運んでくれたのは波ではなく、クダチだったようだ。顔を赤らめて、すぐさま謝罪をする。
「そうなんだ。ごめん、ありがとう…助けてくれて」
「いや、いいけどよ」
「私、すぐ勘違いするって、お師さまにも良く言われるので…」
しょんぼりと下を向くコレットを見ていると、クダチは居心地が悪くなる。
「いいって!勘違いとか、普通にするだろ。そんな事いちいち気にすんな」
「ごめん」
「調子狂うな、謝るなって」
「はい」
「あー、もう。いつも通りにしろよ」
しばらくの間、必死になって慰め続けた結果、なんとかコレットのモチベーションも復活する。
「じゃあ、合流を目指しましょう」
「ああ、まずはここから脱出する方法を見つけないと、だけどな」
探し回ること1時間。
しかし、出口らしき扉も階段も見つける事が出来なかった。
「こりゃ、本格的に閉じこめられたかな」
「一応、まだ見てないところがあるけど…」
「どこだよ。もう、岩の透き間まで調べ尽くしたぜ」
「えーと、あそこ」
「…マジで?」
「うん」
コレットが指さしたのは、静かに広がる湖だ。
「いやいや、無理でしょ!息続かないし、俺泳げないし!」
「え、泳げないの?」
「う、うるさいなっ、泳げなくて悪かったな」
「ううん、悪くないけど、それならあの魔法かなぁ…」




