Lesson6 西の遺跡の忘れ物(4)
ズシン
軽い地響きと共に、煉瓦で出来た建物の煙突から、もくもくと白煙が上がる
「またか」
「ナタリー姉さん、楽しそうですね」
「ああ、昨晩様子を見に行ったんだがな」
「どうでした」
「捨て置かれた」
「え」
「それはもう楽しそうに、実験…いや鑑定しててな。俺が声かけたって振り返りもしねぇ」
「えっ、グレ兄が無視された?珍しいですね。いつもラブラブなのに」
「そうなんだよ、今すぐ抱きしめて、むちゅむちゅしたいのに、ちくしょう!」
「お、落ち着いて!大丈夫ですよ、きっとそのうち元に戻りますって」
「はぁ~、だと良いんだけどな」
がっくりと肩を落とし、発掘に着手したばかりの『水玉神殿』へと向かうグレッグ。メルベルは、水に浸したタオルをギュッと絞ると、小走りに後を追いかけて行った。
その頃―
「へくちっ」
「ナタリアさん、風邪ですか」
「んんっ、これは旦那が私の悪口を言っているわね」
「よくわかりますね」
「愛ゆえに、なのよコレットちゃん!」
「はぁ、そんなものですか」
鑑定所の一室、周りを分厚い石壁で覆われ、防音の魔法陣を幾重にも施された、通称『ナタリアの実験室』で、コレットは鑑定の手伝いをしていた。
鑑定といっても、簡単にスキルや魔法でドーンと出来るわけではない。まず大まかに年代別にし、魔法の有無を確認、魔法があれば施された種類や効果を丹念に調べていく。その他にも使用用途を見つけたり、現在の技術への転用など様々な調査を長い時間かけて行っていく。
このように大変ストレスが溜まりやすい仕事である上、元来『わからなきゃ試してみればいいじゃん』的な行動派研究者の彼女にとって、貴重品かもしれないという理由で実験が出来ない状況が更に拍車をかけていた。
しかし、コレットが来てからは事情が一変する。
先ず最初に、ロンギカンファ(撫子)の花粉から魔法粉を大量に精製した。この粉は物質から放出される魔力を吸収し、その古さに応じて色を変える性質を持つ。つまり、魔力を持たない品を選別することができ、そのうえ色から大まかな年代を知ることができるのだ。
こうして一気に2つの作業を、粉をふりかけるだけで済ませてしまうと、次に効能を強化したアンサンシエ(ローズマリー)を咲かせ、ナタリアの集中力を限界まで高める。鑑定のスキルは成功率が低いのだが、アンサンシエのおかげで9割以上の確率で魔法の種類を鑑定することができるようになった。
ナタリア曰く
「救世主がきたわぁ~」
溜まりに溜まった鑑定品を一掃するのに3日。
その後はほぼ毎日楽しい実験のお時間が続いていたのだった。
「ええと、次は水との反応実験だったかしら」
手にしたガラスの瓶から皿の上にある青い石へと、ドボドボ水が注がれる。
「ナタリアさんっ、そんなにかけたら駄―」
コレットが言い終わる間もなく、ズドン!と爆風の如き水蒸気が発生し、二人は部屋の隅まで吹き飛ばされた。
ボフッ!
「げほっ」
「げふげふ」
「コ、コレットちゃん大丈夫?」
「だいじょうぶれふ~」
「あはははは、コレは凄いわね~。おかげで助かったわ」
ナタリアは、巨大フウセンカズラの実をボフボフと叩く。
万が一に備えて、コレットが壁に張り巡らせていたおかげで、激突せずに済んだようだ。
「それにしても、爆発的な反応だったわね~」
「青目魔法の溶解石は、水を一滴垂らすだけで十分なんです」
「なるほどね。制御が難しいけど上手く使えば役立ちそう」
「コレって、使い道あるんですか?」
コレットが首を傾げる。
青目魔法の溶解石は、危険な石という認識でしかなかったので、ナタリアの言葉は意外だった。
「あるわよぉ、まず冬場は喉が痛くなるでしょう」
「なりますね、乾燥してカラカラに」
「お部屋で少しずつコレが出るとしたら、良いと思わない?」
「あ、なるほど」
「でも制御がねぇ。どうやって水を少量ずつ垂らそうかしら」
「それでしたら…」
こんな調子で、食事もとらずに実験室に籠もっていたら、気がつけば丸二日経っていた。
流石にヤバイと思い、何度かグレッグ達が扉をノックしたのだが、完全防音の弊害で全く気付かれない。
結局、しびれを切らしたグレッグが扉を蹴破って部屋に突入し、絶句する。
「あらぁ~グレッグぅ~」
「この場合、紫陽花のエキスを…ブツブツ」
「どうしたの~、あれ、力が入らない」
生ける屍のように這い寄ってくる妻。隣では呪文のように独り言を呟くエルフの少女。
カオスである。
「あ~な~た~」
ズボンの裾を掴まれた瞬間、男グレッグは、思わず悲鳴を上げていた。
その後、二人はゲンコツの大目玉を喰らい、引き摺られるようにして外の世界へと連れ出されたのであった。
「まったく、程度ってもんを考えろ」
グレッグは、ぐったりとベッドに横たわるナタリアを呆れたながらも献身的に看病していた。
「だって、楽しかったんだもの」
「だからって食事を忘れるなよな」
「干しぶどうならコレットちゃんからもらったわよ?」
「エルフと同じ食生活ができると思ったか」
「成せばなる」
「成らん」
仕方なく、グレッグはコレット禁止令を発令する。
「そんな、横暴だわっ」
「お前なぁ、冷静になれよ」
「ヤダヤダヤダぁ~」
「子供かっ」
「コレットちゃんを取らないでぇ~。えぐえぐ」
「駄目だな、こりゃ」
妻の説得は諦めて、コレットのベッドへと移動した。
そのコレットはというと、ナタリアを無理させてしまったと恐縮しきりである。
「すみません、もう少し私が気を配るべきでした」
「いや、まあ。無事だったんだし、そこまで気にしなくてもいいよ」
「そんな、私の落ち度なんです、本当にすみません。何とお詫びしたらいいか」
大人びた対応に、グレッグは軽く衝撃を受ける。
「コレットちゃん、キミ本当に11歳?」
「そうですが」
「うーん」
「?」
魔法使いというのは、高度な技術を学ぶものだし、礼儀作法などもうるさいのかもしれない、と納得する。
しかし…
「らしくねぇ!」
「あいたっ」
デカイ手で頭をボスンと叩かれる。
「子供らしくない。そういうのは、枯れた大人になってからすりゃいいの」
「そんなこと言われても…性格ですし」
「アイツを見ろ。結婚してる大の大人が、我が儘全開だろ」
「はい」
「ちょっと!失礼な事言ったでしょ」
ナタリアが横から茶々を入れる。
「えーい、大人子供は黙ってろ。まあそういう事で、もう少し騒いだり、甘えてくれていいんだが」
「努力してみます」
「まだ堅いな」
「うーん、難しいです」
「何か欲しいものとか無いのか?」
「え、そんな申し訳な…」
「なくない。今は我が儘OKタイムだ」
「えっ、じゃあ私も私もー」
「お前は駄目!」
「ひどいっ。最近夫が冷たいんです」
「その言葉、そのままそっくり返してやる」
「あうう」
乱入してきたナタリアと、グレッグとの掛け合いを聞きながら、コレットは考える。
自分にとってはこれが自然なのだから、変えろと言われても難しい。
しかし、少しはフランクでも良いのかな、と思い直す。
「じ、じゃあ私、紅茶が欲しいです」
「おう、まかせてくれ」
「良いんですか?」
「良い良い。少し待ってな」
「はい」
「旦那さま、私も紅茶にまみれたい!」
「普通に頼めっ」
「紅茶に溺れたい?」
「どんだけ飲むんだよ」
おもしろ夫婦の会話を、耳をピコピコ動かしながら、楽しげに聞くコレットであった。




