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Lesson6 西の遺跡の忘れ物(2)

 とある森の小さな広場。古い羊皮の地図を広げていたコレットは、何度目になるかわからないため息をついていた。


(お師さま、地図が大雑把すぎます)


 アバウトに書かれた地形図には『森』とか『川』などの単語が散りばめられている。恐ろしく頭の切れる大魔法使いテレーズだったが、絵心だけは微塵も無かった。

 諦めて地図を畳むと、太陽の位置から大まかな方向を割り出し、トボトボと歩き始めた。近くまで乗せてもらった乗り合い馬車を降りてから、すでに3時間は歩いている。それなのに、建造物らしき気配は一向に感じられない。

 グッタリした顔で、晴れ渡った空を恨めしそうに見上げた。


(せめてホウキがあれば、楽なんですけどね)


 『レーズ・ドゥケ』があれば、一瞬にして目的地に到着するのだが、今はテレーズが使っている。あれだけ逃げ回っていたのに、いざ出発の日になるとバッチリおめかしして、いそいそと出かけていった。全く大人というのは良くわからないものだ。

 そんなこんなで、さらに1時間も歩かされた頃に、ようやく目的の遺跡が見えてきた。そびえ立つ色とりどりの建築群が、見事な混沌を生み出している。


「な、なんという悪趣味な」


 眼前にそびえるオレンジの建物は、上に向かうほど広がっており、花のような構造をしている。花びらの先はほんのり桃色に色づいている。

 その隣には、さわやかなオーシャンブルーで塗られていたらしい円筒形の建造物が半ば朽ちた姿を晒しており、壁面には花柄模様の彫刻が施されていた。

 

「壊滅的な美的センス。造った人の頭の中を見てみたいですよ」


 顔をしかめて遺跡を見つめていたら、突然後ろから肩を掴まれる。


「おい、誰だ」

「うわあっ!」


 驚いたコレットは、反射的につるバラの『モーティマー・サックラー』を背後に向かって繰り出した。


「ぎゃああああ!痛ってぇー!」


 対人魔法としては、かなり凶悪な部類に入る『モーティマー・サックラー』をモロに顔面に受け、のたうち回る青年がいた。コレットは首を傾げながら、ボソリと呟く。


「…だれ?」


 約10分後、笑いながら昼食をとる発掘隊の中心に、かの青年がいた。ブスッとした顔で、胡座をかいたまま微動だにしない。その横では、コレットが毛抜きを手に謝り続けていた。


「すみません、すみません。ほんと、びっくりしちゃって、ごめんなさい」

「いや、お嬢さんは悪くないって」

「そうだそうだ、むしろいきなり肩を掴んだクダチが悪い」

「悪いのはクダチだ」

「そ、そんなこと無いです。私が…」


 恐縮するコレットを、ひときわ大きな体格の男が豪快に笑い飛ばす。


「気にしないでくれ。むしろクダチには良い勉強だった」

「は、はい、隊長さん」

「遺跡発掘に必要なのは大胆な発想と、慎重な行動だ。クダチはまだ杜撰な仕事をするところがあるからな、丁度よかったよ」

「あの、本当にすみませんでしたっ」

「いてぇ!?」


 クダチと呼ばれた青年の頬にささった棘を、抜きながら頭を下げたので、悲鳴があがった。


「あ、やば」

「やば、じゃねぇ!くそっ、ガサツなやつだな」

「む、失礼な。ガサツじゃありませんよ」

「じゃあ注意力散漫、天然ボケ、ズボラ、どれでもいいぞ。よりどりみどりだ」

「あはは、面白い方ですね、っと」

「ぎゃあああ!」

「あ、失礼」


 ―間違えて、棘を突き刺してしまいました。さすがに、穏和なコレットさんでも怒っちゃいますよ、ぷん。という顔をしている。


「もういい、自分でやるっ」


 棘抜きを奪い取り、おぼつかない手つきで作業を始めようとしたクダチに、コレットが微笑みながら注意をした。


「あ。その棘、一気に抜かないと、めり込んで二度と取れなくなりますよ」

「なっ」

「その後、皮膚の中に種を植え付けて3日後に発芽してくるんだそうです。その時の激痛ときたら、筆舌に尽くし難いとか…あぁ、怖い怖い」

「お、おまえさっき突き刺してなかったか!」

「今ならまだ間にあいますけど、取ってあげましょうか、ん? ん?」

「冗談じゃない、断る」

「そうですか、顔がズタズタになってしまうかもしれませんが、仕方ありません。発狂する方もいると聞きますが、クダチさんは気丈な方みたいですから、大丈夫かもしれませんね」

「…本当の話か?」

「さあ、噂ですからね。ささ、気になさらずご自分でどうぞ」


 笑顔で両手を差し出す仕草で、棘抜きを促す。


「…てくれ」

「え?」

「抜いてくれ、つってんだよ!」

「だよ?」

「抜いてください、と思います」

「ぷっ、くくく」

「んだよ」


 コレットだけではなく、周りの大人達も笑いを堪えている。もちろんつるバラにそんな効果は無い。クダチという青年は思った以上に純朴なようだ。


「いえ。ではさっさと治療してしまいましょう」

「あ、ああ、それは良いんだけど」

「なんですか?」

「何で膝を叩いてんだよ」

「座ってたら抜きにくいじゃないですか」

「だからって、何で膝枕なんだよっ!!」


 ここに至って、堪えきれなくなった大人達がゲラゲラと笑い出す。大爆笑の渦中にあって、クダチはもう真っ赤で沸騰寸前だ。


「もういいっ」

「あれ、抜かなくて良いんですか?」

「ぐっ」

「ズタズタですよ~」

「あのな…」

「はーやーくー」


 ポンポンと膝を叩くコレット。


「ちくしょう、覚えてろよ」


 クダチは観念してコレットの膝へと頭を乗せると、ふてくされたように両目を閉じた。その様子を確認し、コレットは棘抜きを再開する。


「まあ、100年くらいは覚えておきますよ」

「ちぇ、いい加減な事を約束するな」

「嘘じゃありません。エルフは物覚えが良いのです、忘れませんよ」

「え、あんたエルフなのか!?」

「え?」


 クダチは、驚愕の目でコレットを凝視していた。


「何を今更。見てわかりませんでしたか?」

「いやいやいや。実物を見たこと無いんだから!エルフなんて伝説の希少生物だし」

「希少生物って…まあ、数が少ないのは事実ですけど」


 棘の事も忘れて、マジマジとコレットを眺めている。あまり直視されると、居心地が悪いので黙々と棘を抜いていたら、突然クダチが手を伸ばしてきた。


「なあ」

「はい?」

「耳に触ってもいいかな」

「えっ」

「いや、なんか触り心地よさそうでさ…駄目かな?」

「だだだ、駄目に決まってるでしょう!」

「うわっ」


 突然の大声に、クダチは驚いて頭をもたげるが、コレットにグイグイと押し戻された。


「いや、なんかごめん。気に障ったか?」

「いいですか、エルフにとって耳は敏感な器官なのですからして、みだらに触ったりしたらいけないのです」

「あ、ああ。悪い、知らなかった」

「以後気を付けてください、まったく破廉恥な」

「わかった」


 (膝枕はいいのか?)


 エルフの感性が今一つわからないクダチであった。

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