Lesson6 西の遺跡の忘れ物(1)
次の話に突入です。
今回は、どんな人達と会うのやら。
掛け合い満載で行きたいと思っています。
それでは、「西の遺跡の忘れ物」よろしくお付き合い下さいませ。
≪ Lesson6 西の遺跡の忘れ物≫
良く晴れた日の午後。
テレーズは、皿の上で角切りにされた一口フィナンシェを転がしていた。
「それで、つまり私の『クリーパー・ボルツマン・マイスター』は?」
「名も無い雑魚の手に落ちました」
「なぁんですってぇ~」
「まあ落ち着いて下さい、お師さま」
コレットは平静を装い、紅茶のポットを傾ける。
トポトポ
ゆっくりと注がれたアールグレイの香りに周囲が満たされ始めると、落ち着いた口調でコレットが話を再開した。
「代わりと言っては何ですが、希代の逸品をお持ちしました」
「ふうん?ボルツマン・マイスターと同程度のホウキということかしら?」
「個人的には、上を行っていると思います」
「あら、楽しみだわ。見せてくれる?」
「はい。ただ、その前に…」
口の中が緊張でカラカラになっている。ここでの駆け引きが、最も重要なポイントになるのだ。
「教えて頂きたい事があります」
「何かしら、改まって」
「お師さまは、モータル・カッパギアに行ったことがありますよね」
「うーん、結構お祭りは好きだから、何度か見に行ったわね」
「参加されたりはしなかったんですか?」
「別にホウキレースに興味は無いもの」
「でも、その頃って丁度3連覇中の凄い女性オペラントがいて盛り上がってたんですよ。ご存知ありませんか」
コレットは、紅茶を口に運びながらテレーズの表情を盗み見る。わずかな変化も見逃さないつもりだ。
「さあ、どうだったかしら。私は快適なホウキが好きだから。ああいうピーキーなのはどうも好きになれないわ」
「乗ったことがあるような口ぶりですね」
「やだ、想像よ、想像」
「そうですか」
「それで、希代の逸品とやらはどうしたの」
「はい、持って参ります」
そう言って一度屋敷にもどると、リボンが掛けられた大きな箱と一緒に戻って来た。
見た目より重くない魔法の木箱には、ホウキの絵とメーカーロゴが焼き印されている。
「こちらになります」
「ん、見たことの無いメーカーね。A&R?」
「はは、品質は間違いないですから」
(ロベルト・アンダーソンとラキ・ラムザックでA&Rかぁ…ヒネリが無いわぁ)
苦笑いするコレットの横で、箱書きされたメーカー名に首を捻りつつ、興味津々といった顔つきで蓋に手を掛けるテレーズ。
「天才飛行技師の一品物ですから、大事に使って下さいね」
「もちろん、そうするわ…ね…」
蓋を開けた途端、テレーズの顔が硬直する。
「どうです、お師さま。素敵なホウキだと思いませんか?」
「そ、そうね。綺麗なラインだし、色も素敵だわ」
「ですよねぇ、デザインしたのはアリアナさんという伝説のオペラントなんですよ」
「知らないわぁ、全然知らないのが残念だわぁ」
蓋を閉めようとしたテレーズだったが、横から伸びてきた手にそれを阻止される。
「お師さま、折角ですから手にとって下さい」
「あ、後でいいかなって」
「酷いです。私が見知らぬ男に暴行を受け、ズタボロになりながらやっと見つけたホウキだというのに」
「わかったわよ、ありがたく貰うってば」
半ば自棄になった感はあるが、しっかりとホウキを手にさせることができた。
「ところで、お師さま。そのホウキには名前があるんですよ」
「銘があるの?それは困ったわね、名付けた主以外使えないかもしれないじゃない。とても残念だけど返品しないといけないわ」
ホウキは、元来銘など付けないものだが、一部のフルオーダーメイド品には購入者が銘を付ける事がある。すると、ホウキによってはその主以外受け付けなくなることがあるのだ。テレーズは、ほっとした表情でいそいそと箱に戻そうとするが、ニッコリと笑ったコレットに止められた。
「あ、大丈夫です」
「な、なんでかな?」
「お師さま、手に取ってますから」
「…」
「それ、私以外の他の人に持たせてみたら、みんな痺れるらしくて手にすることが出来なかったんです」
「あはは…そう。不思議ねぇ」
「名前、聞きたいですよね」
「また今度でいいわ!」
「でも…」
「これは、いい物だから、大切に保管しないといけないわねっ」
「お師さま?」
「盗まれたりしたら大変だもの、うん早くしまっておきましょう」
そう言うと、右手から魔方陣を展開する。
一度大きく後ろに振ってから、前へと広げた指を移動させると、その後に空間を引き裂いてズラッと箪笥が出現した。
テレーズのオリジナルスペル、ダスク・クリムゾンであった。
異空間に繋がる箪笥群。そののうちの一つに手を掛け、ホウキをしまおうとした時だった。
「お師さま、それはいけません」
「あ、あら、どうでして?」
「だって、そのNO.6の棚」
コレットが指さした洋服箪笥は、ロベルトが足元から出現させたあの箪笥であった。
「ロベルトさんの箪笥と繋がってるやつですよね。そんな所に入れたら、返却されたって勘違いしちゃいますよ、あの人」
「ななななな、何の事かしら」
師匠が動揺する所など初めて見た弟子は、確信とともにトドメを刺す事にした。
「お師さま、あいやアリアナさん!ロベルトさんを捨てるなんて酷いじゃないですか」
「ぎゃああ、やめてぇ~、その名前で呼ばないで頂戴!」
「何で偽装までして逃げ出したのか、教えてくれるまで止めませんよっ。大体何ですかホウキレースなんて全っ然興味ないって顔して『チェイス』3連覇とか、ラブラブでドゥケちゃん作ったりとか、魔具のコテをプレゼントしたりとか…滅茶苦茶楽しんでるじゃないですかっ」
「ああああ…やめて、お願い恥ずかしいから、やめてぇ」
「そもそも『レーズ・ドゥケ』って名前からして、気付くべきだったんです。お師さまの命名は超適当ですから、どうせテレーズからテを取ってレーズにしたんでしょう。ドゥケはたしか先代の白い使い魔の猫でしたよね」
「はぐぅ」
「さあ、洗いざらい白状していただきましょうか」
「仕方ないわね」
テレーズは、深いため息を吐き出し、丸い胞子のソファに寝そべると、ふわりふわりと浮きながらゆっくりと昔話を語り始めた。
その昔、といってもテレーズにとってはほんの数日前ぐらいの感覚になるが、とある貴族の依頼で立ち寄ったモータルの街でたまたま開催されいてたモータル・カッパギアを見物したのが始まりだった。
存在は知っていたものの、ホウキのレースなどに興味が無かったテレーズだったが、会場で生モータル・カッパギアを見た途端、たちまち虜になってしまったという。
なんとしても選手として出場したかったテレーズだが、ずぶの素人がいきなりレースに出場するのは極めて難しい。そこで貴族の伝手を使ってレースに関する一通りの技術を身につけた。もともと魔法使いとしての才能は次元が違うので、テレーズが頭角を現すのに時間はかからなかった。しかしいくら才能があるとはいえ、ホウキが市販品では話にならない。仕方なく王族の力を借りて、当時天才の名をほしいままにしていたロベルト・アンダーソン王都飛行技師長に渡りを付けて貰った。
アリアナという偽名までこしらえて、用意周到にロベルトに近づき、そして籠絡することに成功した。
「不潔です」
「失礼ね、変なことはなにもしてないわよ。ロベルトの方から、是非ホウキを作らせてくれって言ってきたんだし」
「はいはいお師さまは大変な才能をお持ちでございますから」
「モータルに行ってから随分と性格がねじまがったわね」
そこからはとんとん拍子に話が進み、気が付けば改造無制限部門で優勝するまでになっていた。
「でもね、ぽっと出の新人が活躍しすぎると、色々と軋轢が生まれるのよ」
そこから始まった嫌がらせや妨害工作は、酷いものだった。しかし、それでもロベルトと手を取り合い、歯を食いしばって2年連続優勝を勝ち取った。
ところが、3年目になると貴族達からの横やりが入るようになる。懇意にしていた貴族から、どこぞの暗部が動いているという話を耳にし、テレーズはこの世界から抜ける事を決意した。
これ以上の勝利を続ければロベルトの命にかかわるが、途中で投げ出すのは性に合わない。ロベルトだって納得しない。仕方なく一計を案じることにしたのだった。
「それで事故を装ったんですか」
「まあ、折良く私を亡き者にしようっていう不届きな奴がいたから、利用させてもらったわ」
「それにしても、ロベルトさんには計画を話しておけばよかったじゃないですか」
「だめよ、私が生きていると知ったら追いかけてくるじゃない」
「凄い自信ですね」
「彼には王都飛行技師長っていう大事な役割があったし」
「結局やめちゃいましたけどね」
「そ、そこまでは知らないわよ」
師匠のテレーズは、いつも本心を隠している。
そして大切なものを護るためには、自分を犠牲にすることも厭わない。
本当は人一倍傷つきやすいくせに、やせ我慢をする。
コレットはそんな所が大好きでもあり、大嫌いでもある。
魔女にだって、人並みの幸せはあっても良いではないかと思うのだ。
コレットの説得が3時間を超えた当たりで、テレーズが折れた。
一度だけロベルトの所に顔を出す、ということで手を打った。
テレーズは、グッタリとした顔で魔法の氷を生成し、冷やしたアールグレイを一気に飲み干す。
「行けばいいんでしょ、行けば」
「何で逆ギレしてるんですか」
「してないわよ、ちゃんと詫び入れますわよ、ふん」
「子供じゃないんですから…会いたくないんですか?」
「そっ…」
そんなことは無いと、続けるつもりだったのだろうが、言葉が続かない。火が付いたように真っ赤な顔をしたテレーズを見て、二度とこんな姿を見ることは無いだろうと、思わず合掌するコレットであった。
(なんだ、まだ脈があるじゃないですか、ロベルトさん)
ニヤつくコレットは、テレーズがすでに気持ちを切り替えていた事に気がつかなかった。
「それはそうと、でこちゃん」
「はい」
「貴女には、ちゃんと仕事を用意しておいたから」
「えっ」
「え、じゃないわよ。王都まで付いてくるつもりだったの?」
「ははは」
(思いっきり、そのつもりでした)
「北のバグベアー退治と、南のハンターシャーク退治、西の遺跡発掘現場でお手伝い、どれが良いかしら?」
「一択じゃないですか!」
「あら、そんなに熊好きだったかしら」
「遺跡発掘ですよ、遺跡っ!殺す気ですか」
「うふふ、少しね」
目が本気だった、と恐怖するコレット。
「詳しいことは、発掘現場のトビー・サマリットに聞いて頂戴」
「えっ、それだけですか?」
「それだけ」
「いや場所とか…期間とか…」
「依頼状に詳しく書いてあるわよ、後で見ておきなさい。ふああぁぁ」
「ちょ、お師さま?」
「私は明日の朝一でロベルトに会ってくるわ。じゃ、疲れたから休憩するわね」
「ま、まって…」
「そうだ、あの遺跡…出るらしいわよ。うふ、頑張ってね」
ヒラヒラと手を振りながら屋敷へと消えていった。
後にはコレットの悲痛な叫びだけが残されたという。
「お化けはイヤーっ!」




