Lesson5 モータルの競技会(24)
Lesson 5 モータルの競技会も、いよいよ最後となりました。
モータル・カッパギアのカーニバルは明け方まで続く。
コレットはといえば、猫人族の変装でロベルト達と屋台を練り歩いていた。
薄紫のショートボブに、猫耳がピンと立っていて、猫人族特有のメイクも良く似合っている。
傍目には本物と見分けがつかないだろう…一点を除いて。
「次は焼きトウモロコシにするニャーん」
「いや、コレットさん」
「ニャーん?」
「猫人族、そんな語尾つけねぇって」
何度目かの注意だが、本人は一向に直す気がないらしい。ロベルトは、よっぽど猫耳とか気に入ってるんだなぁと早くも諦めモードだ。何、本人が楽しければそれで良いのだ、エルフだとバレなければ。
『チェイス』での騒動があった翌日以降、コレットの周りでは環境が激変していた。宿泊していたモータル・スピリット亭はファンが押しかけたせいで居られなくなり、町を歩けば質問攻めにあい、挙げ句の果てにエルフと聞きつけた王族の一人から王宮に招聘されていると噂が出る始末だ。
身の危険を感じたコレット達は、『変装』して残りのカーニバルを楽しむことにしたのだった。
(まあ、年相応って感じでこっちの方が良いけどな)
焼きトウモロコシを2本買い、1本をコレットに手渡す。
「ありがたき幸せに存じます」
「は!?何、一体なにごとだよ」
「いや、だって語尾が変だって」
「語尾どころか、全部変になってるわ!」
「酷いニャーん」
「おいっ」
「ニャははは」
朝からこんな感じで、食い倒れツアーを敢行している。嬉しそうなコレットを見ていると忘れそうになるが、『チェイス』での沙汰は酷いものだった。
コレットは表彰式を混乱させた罪でモータル・カッパギアからの永久追放、一方のイーサクは優勝辞退という不敬を働いたため1年間の出場停止。ほぼ同罪の二人がここまで違う処分を下されると、主催者を絞め殺したくなってくる。
そんな剣呑な事を考えていると、イベントエリアから楽しげな音楽が流れてきた。呼び込みのオヤジが声を張り上げて参加を募っている。
「お、ナイフ投げか…懐かしいな。コレットさん、やってみるかい?」
「むぐぁ」
「あ-、食ってからでいいから」
コクコクと頷いてから、猛然とトウモロコシを食べ始める姿を見ていると、怒っていた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
当人が気にしていないのなら、ロベルトがなんだかんだと言うことでは無い。
一人頷いていると、トウモロコシを食い終わったコレットが、猛然とナイフ投げの屋台へと走っていくではないか。慌てて追いかけると、屋台の前でぴょんぴょんと跳びはねていた。
「ちょっと待て!大丈夫なのか、経験あるのか?」
「ふははは、ナイフ投げ名人のコレット様の腕を、披露して上げましょう」
「なんだそりゃ。名人だったのか…って、おい」
「くわっ!」
勢い込んで投げたナイフは、それはもう滅茶苦茶なところへ飛んでいき、屋台の店主から盛大な悲鳴が上がっていた。
「ニャははは」
「あのなぁ…店主、泣いてたぞ」
「小さい男ですね」
「そういう事じゃないと思う」
結局、泣きながら景品の風笛を差しだし、お願いだから帰ってくれと懇願されたのだ。
その風笛を、なにやらゴソゴソと弄り回していたコレットだが、ふいにロベルトへそれを差し出す。
「これは、ロベルトさんにプレゼントです」
「え、いいよ。コレットさんが持っておきな」
「ふふふ、刮目して見るがよいです。なんとこの風笛、困った時に吹けばたちまちコレット様が助けに参上するという、国宝級の―」
「はいはい」
「くぁーっ、なんですか、そのいい加減な返事は」
「おぉ、すげぇぞこの笛」
「魂が抜けた台詞ですね」
「すげぇ、嬉しい!」
「全くわざとらしい」
「どうしろってんだヨ」
ロベルトは、笑いながら風笛を受け取る。
コレットにより風の精霊の加護を受けたそれは、所持者の危機を察知する能力を持つマジックアイテムに変質しているのだが、本人が知ることは一生なさそうだ。
「さて、そろそろ帰らないとですね」
「お、もうそんな時間か?酒にはまだ早いが…」
「というより、私のお師匠様のところで戻らないと」
「そ、そうか」
「はい」
なんとなく、そんな感じはしていたのだが、いざコレットの口から聞くとやはり寂しくなる。一生会えないわけではないだろうが、恐らく今後接点を持つ事もほぼないだろう。
「みんなに挨拶してると、絶対泣いちゃいますから、ここでお別れします」
「おい、そりゃあないぜ」
「すみません、でも、辛すぎるんです」
「わかるけどよ…みんな悲しむぜ」
「ごめんなさい」
すでに涙目になっている。
きっとロベルトにも会わずに帰りたかったのだろうが、さすがにそれは出来なかったようだ。
「ま、嬉しいけどな。最後に挨拶してくれたのが、俺で」
「えへへ、そりゃあそうです。一番お世話になりましたから」
「そんなコレットさんに、プレゼントだ」
「え?」
「帰りの足がないだろう?」
ロベルトがパチンと指を鳴らすと、足元に魔方陣が浮かび上がり、中から大きな洋服箪笥が出現した。
「ロベルトさん、こ…これ…」
「あん?なんだ、魔法使いならこの程度見慣れてるだろ?」
「いや、そうじゃなくって…この魔法どこで」
「これな。えーと、その、アリアナがな。便利だからって、教えてくれたんだよ」
「アリアナさんが?」
「ああ、俺みたいな平民に魔法は無理つったんだけどさ、根気よく何度も何度も繰り返し教えてくれて、なんとか覚えられた」
呆然と、箪笥を見ているコレットを、魔法に驚いたと勘違いしたロベルトが豪快に笑っている。
「なんだよ、コレットさんが驚くくらいなら、俺も魔法使いになれっか?」
「あ、あはははは。そうですね、ところでこの魔法、名前あります?」
「うん?ダス、ダスクリム?うーん悪ぃ、思い出せん」
(ダスク・クリムゾンだ)
コレットはその魔法を良く知っていた。
所謂オリジナルスペルで、異空間に繋がっている抽斗を持つ特別な洋服箪笥。
そしてこれを開発したのは…
「ほいよ、持っていきな」
「はぇ?」
ぼーっとしていたコレットの目の前に、洋服箪笥から1本のホウキが差し出される。
『レーズ・ドゥケ』だった。
「これ、駄目ですよ」
「いいんだ」
「駄目です、思い出のホウキなんですから大切にしないと!」
「うーん、そうなんだけどよ。なんか、コレットさんに持っていって貰った方が、良い事になりそうな気がするんだ」
「どういう事ですか?」
「よくわからん。けど、コイツがそう言ってる気がして。俺もなんだか、そうしたい気になってな。不思議と」
「はぁ」
「難しいこた、いいからよ。俺からの餞別だと思って、持ってきな。足もないだろ?」
「そりゃまあ…嬉しいです…けど」
「なんだ、いらんの?」
「い、いります!欲しいです、下さい!」
「はは、じゃあ大切にしてやってくれ」
「はい!」
やはりコレットには嬉しそうな顔が一番良く似合うと、にやけるロベルトであった。
「じゃあ、本当にもう行きます。ありがとうございました」
「気をつけてな」
「ロベルトさんも」
「それと、帰る時は必ず南の城門を通ってくれよな」
「南ですか?」
「そう、頼むぜ」
「はい、何だかわかりませんけど了解です」
「じゃあ、な」
「はい、元気で」
ロベルトと握手を交わして、ホウキに跨がる。
ほんの短い間だったのに、思い出がとても多くて、今にも溢れ出しそうだった。
だから、コレットは急いで飛び上がる。
最後は笑って、こう言いたかったのだ。
「じゃあ、またね!」
もちろん、期待通りの返事が戻って来た。
「おう、またな!」
* * *
南の城門で、衛兵からのサインクレクレ攻撃を華麗にかわしつつ上空に舞い上がると、そこは抜けるような青空だった。
「ほんと、楽しかった。良い人ばかりだったし。今頃はみんなお酒飲んで、騒いでるのかな」
呟いた独り言は、風に乗り、そして届いたのかもしれない。
「―ちゃ~ん」
(ん?)
空耳かと思ったが、やはり声が聞こえる。
「おーい!」
(おおっ?)
今度はハッキリと聞こえた。はるか上空で何かが飛んでいる。
見上げると、そこにで複数のホウキが何か叫んでいた。
「コレットちゃーん!」
「またなー!」
「元気でなー」
「来年も、観戦に来いよー」
『ホウキの曲がり角亭』の面々だ。
(あの人達、ホウキに乗れたんだ)
吹き出しそうになるのを堪えつつ、ヘロヘロと飛行するホウキ達へ手を振る。
「ありがとー!」
そんな中、見事なラインで急降下してくる2つのホウキがあった。それらは一度コレットの真横を通り過ぎると、再度急上昇してピタリと左右に並んだ。
「コレットさん」
「コレット」
「イーサク、アンジェ…」
「黙っていくとは、冷たい」
「なんですか、いつでも会えるとはいえ、酷すぎますわよ」
会いたくなかった二人。
でももう遅い、会ってしまったからには、もう止められなかった。
「うわーん、アンジェリーナぁ」
「ギャー!?」
「うおおお」
二人の絶叫が響いた。
その後、地上にてコレットはこっぴどく怒られる。
コレットがアンジェリーナのホウキに飛び移ったからだ。
「死ぬ気かっ」
「冗談ではありませんよっ」
「えへへへ、会いたかったよ」
しかし、叱られても全く聞いていないどころか、アンジェリーナの胸に顔を埋めて甘えまくっている。
「まったく、どういうことですの」
「うーん、羨ましい」
「は?」
「いやいや、何でも」
暫くして落ち着いたのか、もぞもぞとアンジェリーナから離れると、照れくさそうに頭を掻いた。
「や、嬉しくてつい」
「会いたくて暴走するくらいなら、最初から挨拶していきなさい」
「だって、恥ずかしいですよ」
「まったく」
「あ、そういえばイーサク」
「なんだい?」
コレットはずっと気にしていた事を、口にした。
「1年間どうするんですか?」
「そうだなぁ、他の国を見てこようかと思う」
「レースできないものね…ごめんなさい」
「いや、するよ。他国でのレースは関係ない」
「そうなんですか」
「ああ、むしろ感謝してる。他国には色々なレースがあるんだ。障害物中心の『ランド・スローム』とか水中レースの『アクア・クリエ』とかね」
「楽しそうですね」
「そう、だから外の世界に目を向けさせてくれたコレットさんには、お礼を言いたかったんだ」
「うーん、無理矢理感がありますが、いいです、そうしておきましょう」
ニッコリと笑うコレットに、イーサクも笑顔で応える。
「ところで、コレットさん」
「何?」
「まだ答えを聞いてないんだが」
「はて?」
「開会式で、聞いただろ」
「な、何のことでしょうかね」
ギクリとした顔で逃げだそうとしたコレットの腕が、ガシッと掴まれる。
アンジェリーナへ救援を求める視線を送るが、ワクワクした顔でこっちを見ている。
(こ、コイツ楽しんでますね)
「俺は1年でもっと大きくなって帰ってくる。来年は20歳、もう落ち着いても良い頃なんだよね」
「そ、そうですか」
「コレットさんは12歳だろ、結婚まで1年準備できるし丁度良い」
「いやいや、ほら、他国には見たことの無い美人さんとかですね、珍しい文化とかがですね―」
「他の女性には興味が無い」
「ワクワク」
「アンジェ!ちょっと助けてよっ」
「いやですわ。ちゃんと自分で答えなさい。そうしないと失礼ですわよ」
「うう…」
そんな正論は判っているが、面と向かって言うのは恥ずかしい。
しかし考えに考えた末、結局正直に答えることにした。
「あのですね、イーサク」
「うん」
「イーサクの事は大好きですが、私も夢があるのです。魔法使いと結婚生活は両立できません」
「無理なのか」
「はい、過去に何度も魔法使いを辞めていかれた先輩を見ています…それはそれで幸せそうでしたけど」
「コレットさんは、そっちの幸せを求めないのかい?」
「羨ましいですけど、ね」
「そっか」
コレットの目を見て、イーサクは説得を諦めた。
「わかった。今はこれ以上無理を言わない。でも、俺は諦めないよ」
「へ?」
「なんだよ、別にいいだろ」
「良くないです。イーサクはもてるんですから、もっと良い人を見つけるべきです」
「それこそ、俺の勝手」
「無駄な時間は―」
「心変わりするかもしれないだろ」
「ワクワク」
「アンジェ!」
コレットにとって、モータルの競技会は生涯忘れられない、最高の思い出となった。




