Lesson5 モータルの競技会(23)
嵐のごとき大歓声に包まれるホームストレートには、ウイニングランから戻ってきた選手とクルーで埋め尽くされていた。
ロベルト達も、いの一番にピットを飛び出してコレットの戻りを待ちわびていた。ジリジリとその瞬間を待つ。
ポツリと白い点が最終コーナーに現れると、徐々に大きくなり、そして紙吹雪が舞うホームストレートにコレットが姿を現した。
「来た!」
「コレットさぁーん!」
「ちきしょう、やったんだな、ちきしょう」
泣きながら肩を抱き合っているのは、件の変身担当(変態)技術者達である。ロベルトは、といえば感無量といった面もちで、ぼんやりと見守っていた。
「ロォベルトさぁーん!」
そんなロベルトに、ホウキから降りたコレットが真っ先に飛びついた。
「どうですか、一番速かったですよ!」
「お、おう。スゲーぞ、最高に速かった」
「でしょ、すごかったでしょ」
「ああ、もう言うこと無しだ。いや、できれば…」
「ん?」
「変身したままだったら、もっと良かった」
ガスッ!
コレットのデコパンチが額にヒットし、ロベルトは昇天した。せっかくの感動が台無しである。
その後、ラキやほかのクルーと抱き合い、胴上げをされ、気がつけばほかチームも巻き込んでの大騒ぎとなっていた。
「ちょとまった、サインとか無理ですからっ」
「そんなこといわずに」
サインは定番だ。定番だが、全く想定していなかったし名前を残すなんて恥ずかしかったので、とりあえず全部断る。そうなると、次にくるのは質問責めだ。
「エルフって本当なんですか?」
「秘密です」
「耳、さわってもいいですか」
「良くないっ」
「いつからホウキに?もしかして実は300歳とかそういう…」
「私はおばあちゃんかっ」
「あれ、盛ってるんですか?」
「…」
駄目だ逃げよう、そう思った時に丁度、司会者から表彰式のアナウンスがあった。
「みなさまお待たせいたしました。長く審議が続いておりましたが、結果が確定いたしましたので、これより表彰式を執り行います」
護衛の兵士にガードされ、選手達が表彰式場へと姿を消すと、ヒートアップしていた野次馬達も徐々に落ち着いていった。いったんピットに戻ったロベルト達も、お茶を飲んで一息つく。
「それにしても、審議が長かったよな」
「そうですね、何でしょうか。疑義の入り込む余地はなかったと思いますけど」
「あれじゃねぇの、ほら、途中で進路妨害チックな事した奴」
「ああ、ラデクか」
「そうそう、そいつの扱いを話し合ってたとか」
「かもなぁ」
そんな話を聞きながら、ロベルトは一人頭を悩ませていた。
(あー、どうしたもんかな)
しかし彼が頭を掻いていると、視界の隅から手招きするコレットの姿が見えた。
(ああ、やっぱりか)
ロベルトは、そっと皆の傍を離れ、ピットロードに向かって歩き始めた。
「これより入賞者の発表をいたします」
司会者が少し緊張した顔で6位から順位を読み上げていく。先ほどまでの興奮した様子とは打って変わって神妙な雰囲気だ。いつもと違う様子に観客席にも、ざわめきが広がり始めていた。
「なあ、順番おかしくね?」
「だよなあ」
一部の観客達が疑問を口にしはじめる。
そう、6位、5位と呼ばれていく選手の名前が、彼らの認識とずれているのだ。彼らは入賞圏外だったはずなのに、と。
「では3位の発表です。3位は…エバルデン・スクールド選手!」
はぁ?何でラデクじゃないの?という空気で埋め尽くされる会場。拍手もパラパラとまばらだ。疑問符付きの視線が自分に突き刺さるのを感じながら、司会者は淡々と読み上げていく。
読み上げながらも、心では叫んでいた。
(俺のせいじゃねぇ!逮捕されちまったんだから仕方ないじゃないか)
「準優勝は、カーネル・ホットロッド選手ぅ!」
なんですと?という空気で充満している会場。すでに拍手もなく、剣呑な雰囲気が漂い始めていた。どよめきも止んでいる。
司会者は背中を伝う冷や汗を感じ、逃げ出したい心を必死に抑えた。
(大丈夫、次を言えばいつも通りさ)
「そして優勝は、イーサク・モルテンソン選手!なんと2連覇達成だー …えっと、新時代の到来か、無敵の速さを誇るイーサク・モルテンソン選手に盛大な拍手を!」
司会者は、必死に笑顔を作り続けていた。何とかこの場を盛り上げようと頑張るが、まばらな拍手が起こるだけで、むしろ暴動でも始まりそうな雰囲気だ。
「そ、それでは表彰のあと、勝利者インタビューへ参りたいと思います」
各国の首脳が参列する席を前に、3つ並んだ表彰台へと上る選手達。しかし、まさに表彰を始めようかとしたその時、イーサクが突然司会者の拡声器を奪った。
「え、ちょっとま…イーサクさん!?」
「あー、聞こえてるかな?あー、あー。観客のみんな、それから主催者のみなさん」
勝利者インタビューが待ちきれなかった、という感じではない。その顔は何か吹っ切れたような表情だ。
「わたくしこと、イーサク・モルテンソンは優勝を辞退します。」
会場が静まり返った瞬間であった。
「つーか、何? 種族差別? 馬鹿にすんなよ! 真剣勝負を台無しにしやがって!」
それだけ告げると、拡声器を投げつけて表彰台を降りた。
もはや自分の処理能力を超えた事態に、司会者は思わず拾い上げた拡声器にむかって素で呟く。
「え、じゃあ、何。カーネル・ホットロッド選手が繰り上げ優勝ってこと?」
その一言をきっかけに、競技会場には怒声と罵詈雑言の嵐が吹き荒れ、物が飛び交う大惨事へと発展した。
* * *
表彰台での事件を遡ること数分前。
ピットロード脇の壁に腰をかけたコレットは、隣に立つロベルトと一緒に表彰式会場を見上げていた。
「ま、その…なんだ。すまねぇな」
『失格』その通知を運営からされた時、ハッキリと言われた。
―人間の競技に、エルフが参加するなど許可されていない―
大会の一番エライ人が決めたらしいと聞き、ほんの少し傷ついた。
しかし、実のところそれほどショックはなかった。大切な仲間は、自分がエルフであることを、むしろ喜んで受け入れてくれたからだ。
「え、なにが?」
「失格の理由な…同じ人間として、恥ずかしい」
「ロベルトさんが、謝る事じゃありません」
「でもなぁ」
「イヤだなぁ、もう。大丈夫ですって」
コレットは、もう耳を隠していない。
風にそよぐ髪の下で、気持ちよさそうに動かしている。
「けど優勝してたはずなのに、失格処分だもんな。厳しすぎるぜ」
「いやぁ、いいんです。イーサクとの最後の一周は、本当に楽しかったですし」
「そっか。実際あいつには勝ったんだしな、満足だったかい?」
「はい」
ロベルトは、コレットの「はい」が大好きだ。
その短い言葉に、色々な感情や意味が込められている事を、最近少しずつ理解できるようになった。
だからこそ、今の「はい」にほんの少し悔しさが込められていることに気がついていた。
「何か心残りがあるのかい?」
ロベルトが、そう切り出した時だった。突然、何を思ったか優勝のイーサクが、拡声器を取り上げてとんでも無い事を告げたのだ。
「わたくしこと、イーサク・モルテンソンは優勝を辞退します。」
場内が凍り付いた瞬間であった。
「はぁ!?」
最初に口を開いたのはロベルトだ。
「何言ってんだ、あいつ」
恐らく会場の誰もが同じ感想を持っただろう。ただし、コレットを除いて。
そして、続く「台無しにしやがって!」の台詞が聞こえてくると、コレットは思わず『レーズ・ドゥケ』を握りしめた。
「ロベルトさん、お願いがあります」
「お、おう、何だ?」
「もうちょっとだけ、貸して下さい」
「何を?」
「えへ」
すでに笑顔と共に、ホウキに跨がっていた。
「コレットさん、おい、ちょっと、どこに行くんだよ!」
「エキシビションですよー!」
「なんだってー、聞こえねぇよー」
「おーまーけー」
あっというまに上空に舞い上がったコレットは、ホウキから真っ赤な花びらをまきちらしつつ、表彰台へと向かっていった。
* * *
大惨事の中、それを最初に見つけたのは靴を投げつけようとしていた観客の一人だった。
「あれ、何だ?」
靴を持った右手が、肩の辺りで止まる。上空から赤い花びらがヒラヒラと舞い落ちてきたのだ。
「花びら?」
その直後、真っ赤な花吹雪が観客席を縦横無尽に駆け巡る。
「きゃあ!」
「なんだこれ」
「バラ、かしら」
「綺麗~」
「主催者の演出かな」
暴徒と化そうとしていた観客達は、幻想的な光景に目を奪われ、その動きを止める。
「あれ、ちょっと、51番じゃね?」
「本当だ、コレット選手だな」
「失格なんじゃないのか、というか、何してんだろ」
「でも、綺麗だよね」
観客席を一回りしたコレットは、上空で変身の呪文を唱える。
「おおお!」
「やっぱり、イイ」
「また見られるなんてっ」
コレットは大人の姿になってみて、気がついたことが一つあった。
魔法のコントロールがとても楽なのだ。
この姿だと、気兼ねなく花の魔法を行使することが出来る。
「花火みたい」
コレットがループしながら上昇し、上空で展開した花びらの嵐を見た女性が、目を潤ませながら呟いていた。
「あはは、やっぱり、そうこなくちゃな!」
会場が呆気にとられている中、イーサクはガッツポーズを取っていた。そして急いでホウキに跨がる。ちらりと後ろを振り返ったのは、他のオペラント達への誘いだった。
「こんな面白い事、見てるだけなんて勿体ないぜ?」
あっというまに飛び立つと、上空の競演に混じっていった。
残されたオペラント達は、顔を見合わせ、続いて歓声を上げる観客席を見た。
「なぁ、どう思う?」
「そうだな…良くわかんないけど…」
「けど?」
「楽しそうだよな」
「ああ」
「だな!」
「行くか!」
「おお」
一人、また一人とオペラントが空へ舞い始める。
勝手なことをするなと、主催者側が止めにかかるが、捉まえられるはずもなく、上空はすっかりカーニバルの様相となっていた。
「あはは、みんなワルだなぁ」
「コレットさんが、一番悪い」
「えー、何で」
「こんな楽しい事、思いつくのは悪い奴にきまってる」
「酷いね、イーサク」
「俺、悪い奴好きだもん」
「変わり者だね」
「だろ」
しばらく、ランデブーを続けていた二人だったが、そのうちどちらからともなくコースへと向かっていった。
まるで予定調和のように、連なっていくオペラント達。
ゆっくりとスタートライン上空へとホウキが並ぶと、チェッカーフラッグを手にした男が現れた。
「あれっ、ロベルトさん」
「さすが、わかってるな」
「いいのかなぁ、後で怒られちゃうよ」
「怒られたいんだろ」
「かな」
コレットは、目を瞑ってロベルトに感謝する。
こうして後に『チェイス』で正式採用される事となる、エキシビション・マッチが開始されたのだった。




