Lesson5 モータルの競技会(22)
ラデクは、10周目からずっとイーサクの前に出ながらも、彼を引き離せないでいた。明らかに相手の方が速いのに、強引に仕掛けてくる事はなかった。正確に同じ距離をおいて、ピタリと張り付いているだけ。
そのくせ背後から感じる視線には、激しい怒りを感じる。15周を過ぎる頃には、精神的に追いつめられていた。
(何なんだよ、ちくしょう)
なぜ自分を抜かないのか、わからなかった。舐められているのか、それとも例の小細工を怒っているのか、それとも…
(何かを待ってるのか?)
ある可能性に思い至り、ラデクは笑い出す。
(バカバカしい、最後尾から首位に追いつけるものか)
しかし18周目のバックストレートで、背後のイーサクを確認しようと振り返った彼は、恐怖を覚える。
(なんで、あのガキがいる!?)
コレットは17周目までは遙か後方7位前後だったはずだ。それなのに、気がつけば真後ろに迫っている。パニックに陥るラデクの後方で、イーサクの雰囲気が変わった。
「よし、間に合ったか」
イーサクは、満面の笑みを浮かべると、突然ホウキをアウトサイドに振った。直後、怒濤の加速でラデクを置き去りにする。
「うおぉぉ、始まったー」
「イーサクさまぁー、愛してるわー!」
「すげぇ、ここでスパートかよ」
コレットから外れた1体のクールビットが送る映像は、イーサクの加速を映し出していた。観客達も全開でヒートアップしている。
「これでもう、今年のチャンプ決定だぜ」
「バカいえ、まだ51番のショートカットがあるだろうが」
「そう何度も上手くいくもんか」
「くそっ、ラデクが邪魔で見えねぇよ」
観客はもう、イーサクとコレットしか見ていなかった。
ラデクが第一コーナーであっさりとコレットに抜かれると、割れんばかりの歓声がわき起こる。どこからともなく始まった応援合戦が、観客席を異様な興奮に包み込んでいった。
しかし、当のコレットはというと、一人苦笑いしていた。
「やば、なんか怒ってる」
第3コーナーに激しい上昇気流が発生していたのだ。はるか手前から見えるほど巨大なそれは、風の妖精がブチ切れている様であった。
風の妖精はプライドが高い。子供とはいえ、たかだかエルフに2度もすり抜けられたとあっては、沽券に関わる。
ということで、洞窟を使ったショートカットをするのは絶望的であった。イーサクを確実に抜くには、是非とも使いたい手だったのだが、これでかなり厳しくなってしまった。
「追いつくかしらね」
苦々しい顔で前方を見つめると、実に軽快にホウキを操るイーサクの姿が見えた。コレットは、思う。
(なんか、楽しそう)
自然と笑みがこぼれてくるのがわかる。自分とのチェイスを待っていてくれたのだろうか。
ならば、期待に応えなくてはなるまいと、渓谷に挟まれた第4コーナーへ超低空で進入していく。
「マジ?」
一件暴挙とも見える飛行に、イーサクは目を疑う。超低空では乱気流に巻き込まれる可能性が高い。いずれ高度を上げて減速するだろうとも思ったが、すぐに頭を振って否定する。
(コレットさんの事だ、きっとあのまま抜けてくる)
イーサクは気合いを入れ直し、恐怖心を押し殺すと、渓谷を一切の減速無しで駆け抜けていった。
S字の第4・5コーナーから、二人が同時に飛び出してくる。その先は高速コーナーだ。
イーサクはこの第7コーナーからの脱出速度に賭けることにした。ここでコレットの鼻先を抑えられたら、あとは抜くのが困難な最終コーナーを残すのみ。
勝利の方程式を頭に浮かべ、そして彼は実行に移した。
第7コーナーを脱出する最適ラインは、高度も含めてたった一本しかない。その道をたぐりよせ、わずかな差でコレットの前に出ることができた。
(よし、勝った!)
あとは最終コーナーできっちりと減速し、ミス無く立ち上がればフラッグが待っている。そしてイーサクは、大事なところでミスをしない。
教科書に載ってもおかしくない程の、丁寧で完璧な減速を行いながら、彼はぼんやりと考える。
もはや勝利などどうでも良く、コレットとの高度な駆け引きをもっと続けていたかった。
(なんて楽しいんだ)
ふと彼の気がゆるんだのは、ほんの1秒にも満たない本当に僅かな時間だったが、このレースで彼が初めて見せた、針のように小さな『油断』という隙間に、
割り込んでくる甲高い音があった。
ヒュゴッ
右側から、力強い風が彼を追い抜いていく。
理想的なアウト・イン・アウトのライン取をするイーサクに対して、コレットは変則的なイン・アウト・インで勝負をかける。思い切り減速を遅らせ、体は真横近くまで倒している。
(無理だ、曲がれるはずない)
進入ではコレットに先行されたが、外側に膨らんだコレットは下手をすればコースアウト、上手く行っても大幅に減速するはずだ。自分はいつも通り着実に操作をこなせば良い。
交錯するライン。
斜め前を滑るように通り過ぎていくコレットを見た時、イーサクは自分が、重大な過ちを犯したことに気がついた。
「ちくしょう!」
コレットはコースアウトするどころか、しっかりとコースに残り、ぐんぐん速度を上げていく。反対にイーサクはどんどんインコースへと押しやられていった。
「悪魔の風かっ」
最終コーナーでは、ごく稀にアウトからイン側にむけて、強烈な追い風が吹く事がある。普通のライン取りでは、この風に翻弄されてイン側にコースアウトする事が多く、悪魔の風と呼ばれている。
コレットはこの風を壁代わりに使い、予想もしないラインで駆け抜けていった。最後まで挑戦をしてきたコレットに対して、イーサクは安全策に逃げたのだ。
(最後の最後に、ビビッたか)
小さくなっていくコレットの姿を眺めながら、イーサクは悔しそうに唇を噛んだ。




