Lesson5 モータルの競技会(21)
第1コーナーは無理にイン側へつかず、続く第2コーナーへのラインを重視する。風の道は思ったより狭いので、外れないよう速度は控えめにした。
「次は、坊やがいる所でしたか」
第3コーナー手間で上昇しようとするが、ふと思い直してそのまま突入する。風の妖精がはしゃいで上昇気流を起こしているが、風の道が見える今は何の問題もなかった。巧みに避けながら低空飛行を続けると、目的のものが見つかった。
「へぇ」
洞窟の入り口がある。以前ちらりと見かけた事があるのを思い出し、念のため確認したのだが、ビンゴだった。
(次の周回で、入ってみますかね)
規定コース上にあるのだから、インチキという事はないだろう。
続く第4コーナー、第5コーナーは狭い峡谷でS字カーブになっている。張り出した岩に触れたら大惨事になるので、自然とここでは速度が落ちる。慎重に抜けると短いバックストレートが待っていた。
速度を回復しながら右方向へ目をやると、そこにも洞窟らしき物が見えた。予想通りの展開に、思わずコレットの口元がほころぶ。
しかし、まだ最後尾は見えていない。
「少し速度を上げますか」
第6・7コーナーは複合型の高速コーナーだ。見通しも良く、安全地帯も広くとってあるため速度を出しやすいが、その分あっという間にコースアウトする危険性も高い。
かなり度胸が必要なそのコーナーへ、一切減速すること無く突っ込んで行った。もともと高速コーナーは得意中の得意なのだ。
危なげなく複合コーナーを抜けると、そこはもう最終コーナーだ。180度の方向転換を余儀なくされるこのコーナーは、コース上で最も低速となる。苛つかず、きっちり減速することが重要だ。
ホウキの先端が脱出方向を向くのを辛抱強く待つと、頭を低く下げ、獰猛なドゥケの加速に身を任せた。
ゴアァッ
大量の魔力を吸い込み、圧縮して排出する。ドゥケはそのシンプルな作業を微塵のズレもなく丁寧に繰り返した。
ホームストレートを、白銀の弾丸が通り過ぎていく。巨大モニターに映るコレットの横顔が、ちらりと目線を寄越し、軽くウインクをした。
観客は総立ちだ。
「さて、残り8周。本気出しますよぉ」
大人の顔で、子供のような無邪気な笑みを見せながら、半周まで差を縮めた最後尾をロックオンしていた。
* * *
残り4周を半分過ぎた時点で、順位を7位まで上げていた。驚異的な追い上げではあるが、このペースでは首位は難しい、誰もがそう思っていた時に異変が起こる。
最終コーナーを立ち上がり、先頭集団3人がホームストレートを通り過ぎたあと、少し間をおいてコレットが通過していったのだ。
「おっとぉ、これはどういう事だ!?先ほどまで7位だったはずのコレット選手が、4位に浮上してるぞー!」
僅か半周で3人もごぼう抜きしたということだ。しかし、上位のオペラントはそれなりの猛者である。普通、半周で3人も抜き去るのは至難の業だ。
「何があったんでしょう、これはちょっと気になりますね。追いかけてみることにします」
司会兼実況中継の男が、興奮気味に映像担当者に指示を飛ばすと、コレットの周りに2体のクールビットが近づいてきた。
「あら、君たちコッチに来ちゃっていいの?」
コレットは、苦笑している。
全部で3体しかないクールビットのうち、1体は上空から全景を映すのに使っているの。残る2体をコレットに回すということは、首位争いをする二人は捨て置かれているわけだ。
「あはは、いいけどね。ちょっと酔うかもよ?」
楽しそうに笑うコレット。クールビット2号は彼女の横顔を、3号はホウキの前方を映している。食い入るように見ていた観客達は、すぐに後悔することになる。
一瞬ブラックアウトした後、斜めに滑り落ちるような映像、そしてすぐさま切り返され、加速していく。映像で見ていると、異常さに拍車がかかり、吐き気をもよおすのだ。
しかし第3コーナーにさしかかった時、観客席からはどよめきが起こる。これまで誰もチャレンジしたことがない、第3コーナーでの低空飛行を見てしまったのだ。
巧みに上昇気流を避け、前方で口を開く洞窟に向かって吸い込まれていく。
「なんと、コレット選手が洞窟に進入するぞ!いまだかつて攻略されたことのないショートカットコースだ、一体どうなってやがる。俺まで興奮してきたぜ」
司会は上着を脱ぎ捨て、腕まくりをして実況中継を続けている。それもそのはず、この洞窟は設計者が遊びで作ったショートカットコースだが、あまりに難易度が高く一度も使われたことが無い幻のコースなのだから。
「あっ、ぶつか…うわっ、危ない右!ぎゃー、って、おうふ。こりゃ心臓に悪いぜ」
モニター越しでも恐怖を感じるほどのコースに、司会も実況中継を諦めた。それほどタイトで視界が悪い。ほぼ直線なのだが、少しでもコースを外れると接触、即大事故である。そんな所を恐ろしいほどの高速で通り抜けていく。
そして、洞窟を抜けるとそこは別天地であった。
「抜けたー!ここは…バックストレートじゃないか。なるほど、ショートカットだねぇ!そして、これだけスピードが乗ってると…きたきたきたっ、いけえーコレットちゃん」
明らかにコレットびいきを始めた司会だったが、それをとがめる勇者はいなかった。圧倒的な速度差で、コレットは前方を飛行する3位の選手をあっさりと抜き去る。
「3位に浮上だあっ!このままトップまで、いっちまえー」
残り2周、この先にはイーサクとラデクしかいない。そしてその背中は見えている。
「よし、掴まえた」
コレットは目を細め、『レーズ・ドゥケ』を風の道に滑り込ませた。




