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Lesson5 モータルの競技会(20)

「コレット、起きなさいっ、このバカっ!」


 その声に、コレットはハッと目を覚ます。とたんに、激しい頭痛と吐き気が襲ってくるが、そんなことを忘れさせる程の景色が目の前に広がっていた。

 左手に巨大なメインスタンド、右手にはモニターとピット。そして自分は、空中を吊り下げられたまま散歩していた。


 左右を見回し、どうやらメインストレート上でホウキにぶら下がったまま気絶していたようだとわかる。腕から伸びるツタは、『パルセノキッサス』。衝突の瞬間、詠唱は間に合わなかったが、きっちりと作動していたようだ。

 もともと無詠唱で発現する固有魔法なので、当然といえば当然なのだが。

 ツタを衝撃緩衝材にし、かつ自分とホウキに巻き付けて落下を防いだおかげで、命拾いした。


 ぼんやりと記憶を辿っているうちにも、なぜかゆっくりとホウキは前に進んでいる。


「こ、ここは…」


 思わず口を出た言葉に被さるような大音響が響いた。


「何してるの、早くホウキに戻りなさいっ、セーフティーが来てるのよ!」


 聞き慣れた声は、アンジェリーナのものだ。なぜこんな大音響で聞こえるのか不明だが、そんな事よりも今はセーフティーの件が最優先だ。

 大きな事故が起こると、セーフティと呼ばれるスタッフがコース上に現れる。彼らはその時点での順位を固定し、追い抜きをしないよう監視しながら先頭のホウキを数周誘導するのだ。

 しかし、このセーフティに周回遅れにされると、その時点で失格となる。


 振り返ると、第四コーナーまで迫ってきていた。

 コレットが急いでツタをたぐり寄せ、ホウキへと戻ると同時に、またアンジェリーナの声が聞こえてくる。


 「放しなさ…を誰だと…」


 大音響で聞こえていた声が途切れ途切れになり、やがて消えた。巨大スクリーンを確認すると、警備員に取り押さえられているアンジェリーナの姿が映っていた。

 どうやら司会者の拡声装置を奪って叫ぶという暴挙に出たらしい。


(無茶するなぁ)


 呆れるのを突き抜けて、感動していた。

 あの分だと試合が終わるまで軟禁だな、可哀想に、などと考える余裕が戻ってくる。


 スルスルと進んでいるホウキに身を任せ、モヤのかかった頭を軽く振った。右手のピットを見るとロベルト達が『戻ってこい、もう十分だ』的なサインを送っている。

 確かに、ホウキの被害は大きく、真っ直ぐ進むのも難しそうだ。後ろからはセーフティーが迫ってくる。あれに抜かれたら失格だし、うまく復帰できてもトップを狙うのは絶望的だった。


(もう、いいのかな)


 そんな考えが頭をよぎった時だ。 ふとピットに目を戻すと、端っこで必死に何かのジェスチャーをしている四人の男達の姿が見えた。両手を振り、一生懸命に訴えている。

 次の瞬間、コレットはその意味するところを知り、体が震えるような興奮を覚えた。


「そうか、アレが残ってた!」


 ピットの誰もが、諦めている中、四人の技術者達だけは確信していたのだ。


『レーズ・ドゥケは再生する』と


 コレットは四人の技術者達に向かってサムズアップすると、飛行帽を脱ぎ捨てた。ピョコンと耳が跳ね上がり、ふわりと銀色の髪が風に揺れる。

 本人は気づいていなかったが、このとき彼女は巨大スクリーンにロックオンされていた。


『ご神木に祝福と感謝を』


 エルフ語で、そう唱えると、魔方陣が展開された。技術者達は満足そうな顔で、その様子を見守った。

 『レーズ・ドゥケ』の前に出現した魔法陣は、彼らが心血注いで作り上げた傑作、『還元』の魔法陣である。それを通過した物は、あるべき本来姿へと戻す。その物体にとって最も適した姿へと変身させるのだ。


 現れたのは、白銀に輝く初期の『レーズ・ドゥケ』であった。そこには、余計な制御も何もついていない、無垢なホウキがあった。そして騎乗するコレットはというと…


「あれっ?」


 成長していた。

 着ている服はレースが美しいエルフの伝統的な白いワンピースのようなもの。これはまだ良いが、自身の姿がおかしかった。腕も髪も伸びているし、なにより色々盛られているのだ。胸とか、お尻とか。


「なっ、なんですかー!?」


 コレットの叫びと同時に、観客席も阿鼻叫喚と化していた。主に男性が。


「おおおおおおおお!」

「変身したぁー!」

「キマシタぁー!待ってました、猫じゃないけど」

「結婚してくれー」


 ほとんど「おおおおお」という、うなり声にしか聞こえなかったが、邪気というか欲望の熱気というか、そういったものが押し寄せてきた。

 恐怖感からか、無意識にホウキの速度を上げた。


「えっ」


 スルリとした加速は、これまで体験したことのないスムーズさと速度だった。ゴーグルも帽子も脱ぎ捨てたので、風の影響を受けるかと思ったが、適度に風が避けてくれる。成長した体は、ドゥケにぴったりのサイズだったようだ。

 そして迫ってくる第一コーナー。コレットがラインを探るべく目をこらすと、なんと、何故か通るべき風の道が見えるではないか。


「あ、そっか、エルフの感覚かぁ」


 風を読むエルフの感覚、耳を隠してからはすっかり忘れていた。


「よし、反撃開始だ!」


 残り9周、コレットの猛攻が始まった。

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