Lesson5 モータルの競技会(19)
コレットは永い永いホウキの夢を見ていた。
ホウキはその姿としてこの世に生まれる前、樹齢1500年を超える立派なご神木だった。ある戦争でその身を焼かれ、焼け残った部分は教会に寄進されていったが、一部が王都の工房に売却された。
そこでご神木は一人の男に出会う。ロベルト・アンダーソン、王都飛行技師長の肩書きを持つ青年だった。彼はその類稀なるセンスと技術で、次々と革新的なホウキを作ってきたが、ここ数年は新作への意欲を失っていた。
そんなところにご神木が運ばれてきた。彼が狂喜乱舞したのは言うまでもない。これまでにない最高の素材を得た彼は、半年をかけてホウキを作り上げた。白銀に輝く美しいホウキは、その年の『チェイス』で優勝した若きオペラントに授与されることになる。
その若きオペラントはホウキに名前を付けた。『レーズ・ドゥケ』と。
ドゥケにとって、それからの毎日は喜びで満たされていた。アリアナと名乗った若きオペラントは、ドゥケを驚くほど丁寧に、そして速く飛ばすことが出来た。自由に空を飛び回り、賞賛を浴びる。そんな毎日が三年続いた。
そして幸せは突然終わりを迎える。
四連覇を賭けた『チェイス』決勝戦、アリアナは余裕をもって先行するオペラントを追っていた。彼女の実力からすれば、次の周回には抜いているだろう。
そんな時、事故は起きた。
突然前をいくオペラントが悲鳴を上げたかと思うと、前方から飛来したホウキと接触、そのまま塊になってアリアナ達へ突っ込んできたのだ。
(アリアナ!)
衝突でボロボロになりながらもドゥケは叫ぶ。もちろん声は出ないが、叫びつづけた。
それでも彼女に声が届く事はなかった。
アリアナは深い崖の下へと吸い込まれてしまったから。
後に人間達の噂話をドゥケは聞く。
「周回遅れが操作を誤って、先頭集団に突っ込んだらしいぜ」
「アリアナも運が悪かったよなぁ」
「陰になってて見えなかったらしい」
「でも、おかしいよな。なんでもない直線だったらしいじゃないか。例の噂はー」
「しっ、滅多なことを言うな」
ドゥケにとって、悲しい事は続いた。あれほど精力的にホウキづくりを続けていたロベルトが、パタリと制作を止めてしまったのだ。以来、ドゥケを見つめてはため息をつく日々が続いた。
ドゥケはアリアナも、ロベルトも大好きだった。
だが、ホウキの身では慰めてやることもできない。それが悲しかった。
何年、そんな辛い日が続いただろう。ひっそりと工房の片隅で飾られていたドゥケは、ある日少女の声で目が覚める。
「ねぇ、ヒゲさん」
「えぇ、3連覇ってすごい」
「でも、負けちゃったんですよね」
少女はきらきらした目でドゥケを見つめている。
「そっか、それでボロボロなんだ」
ボロボロとは酷い、これでもちゃんとロベルトが定期点検をしてくれているのだ。今すぐにでも『チェイス』で優勝できる実力はあるんだぞ!
ドゥケは不満げだ。
「勿体ないなぁ」
少女は体を斜めにしながら、ドゥケを見つめる。
「ロベルトさん、アレ触っても良いですか?」
その言葉を聞いて、ドゥケは、鼓動が速くなるのがわかった。
いや自分に鼓動はないが、気分が高揚していく感じがしたのだ、あの時のように。
アリアナに初めて会った時のように。
そして、ドゥケは少女と共に『チェイス』に再び挑む事になる。徹夜ででロベルト達がドゥケを改造していく。
小さな少女に合うように、しかしバランスは崩さぬよう細心の注意を払って。
「ありがとう、凄く嬉しい」
感謝の言葉とともに、少女はドゥケを手にする。その瞬間の驚きを、ドゥケは忘れることがないだろう。彼女は、ドゥケが生まれ1500年を過ごしたあの森に棲むエルフの血統だったのだ。
懐かしみ、そして未だあのエルフの一族が残っていたことに感謝する。決勝までの僅かな時間、ドゥケは少女から色々な事を学んだ。エルフ族との相性は最高なようで、少女はすぐにドゥケを乗りこなしていた。
残念なのは、少女が素敵な耳を隠していること、自分の体によけいな制御がたくさんついている事くらいだろうか。それ以外に不満は無い。
彼女と濃密で幸せな時間を過ごし、決勝を迎えることが出来た。
しかしやがて、あの悪夢の瞬間やってきた。前方から飛来したホウキが少女に激突する。まるでアリアナとの過去が繰り返されたかのようだった。幸せの絶頂から、地獄へ突き落とされるあの感覚。
また、あれを味わうのだろうか。
また、主を失うのだろうか。
いや、あの時とは違う。
少女は直前に魔法を行使し、希望をつないだのだ。
ドゥケは決意を固めた。
『諦めるものか』
私はレーズ・ドゥケ。
コレット、貴女の為にすべてを捧げよう。
だから頼むー
コレットは永い永いホウキの夢を見ていた。
そして力強く、優しい声を聞いた。
―起きてくれ!




