Lesson5 モータルの競技会(18)
第一コーナーを迎える前から、ホームストレート前のメインスタンドは興奮のるつぼと化していた。
「うおおおお!」
「いけーっ、抜かせーっ!」
「寄せろっ寄せるんだ」
「あっ、並んだぞ、マジか!」
スタートで魅せたのはコレットだった。暴れてもいいから全開、などと考えてはいたが、実際の操作は繊細そのもの。少しのロスもなく魔力を地面に叩きつけ、最短距離で浮遊すると、そのまま一気に加速していった。
だが、第一コーナーまで距離が短かったのが悔やまれる。あと数十メートルあれば完全にイーサクを抜き去ってコーナーに進入していたのだが、並んだ所でもうコーナーが迫っていたのだ。
(ここは、無理しない)
併走してコーナーに入れば、次のコーナーは自分がイン側になるのだが、この速度での併走はリスクが高い。コレットは少し高度を上げて速度を緩めると、イーサクの斜め上にピッタリと付けたままコーナーに進入していった。
「ああー、ちくしょう!短すぎるんだよ」
「アブねぇ、完璧に抜かれてたじゃねえか」
「すげえ、あの子面白ぇ」
「チャンピオン、負けちゃイヤー」
悲喜こもごもといった歓声に包まれ、全てのオペラント達が無事第一コーナーを抜けていった。その様子をロベルトはピットでじっと見つめている。
一周が終わったところで、ぼそりと呟く。
「予想以上に早ぇな」
「コレットちゃんか?そりゃまあ、元王都技術士長の最高傑作じゃからな」
「そうじゃなくて、レース展開がな」
「ほう?」
「もう先頭集団と最後尾で、あんなに伸びきってやがる」
「む、まだ2周目なのにか」
巨大スクリーンに映し出された全体図は、アリの行軍にような姿を映し出していた。その隊列は徐々に伸び始めている。
「いくらなんでも、トバしすぎじゃないか」
「チャンピオンの調子が良いのかのう」
そこでロベルトは初めてクスリと笑う。
「いや、コレットさんが突っついてんだよ」
「なんと」
事実、コレットはイーサクよりも速かった。三周目までは抜きどころを探して、軽く揺さぶりをかけていただけだが、四周目からは本格的に抜きにかかっていた。
しかしなかなか抜けない。
「くっ、なんていうか。抜きづらいです」
ホウキでのレースなのだから、高度を変えていくらでも抜けるだろう、と思いがちだが。実はそう簡単でもない。
ホウキを走らせやすいベストな『ライン』というものがあるのだ。
(ちょっとラインを外れると、乱気流がすごいですし)
上下左右に微調整を繰り返しながら、イーサクに襲いかかるポイントを探すのだが、しっかりとベストラインを押さえられている。しかし、イラついてラインを外しでもしたら、一気に三位に転落するだろう。
それに何も仕掛けてこないラデクの事も、不気味だったので不用意に仕掛けることが出来ない。
膠着したまま、10周目に突入した時だった。
伸びきった隊列の最後尾に、イーサク達が追いついてしまった。周回遅れだ。
そしてこの周回遅れの存在で、ようやくレースが動き始める。いかに上手くそれを捌いていくかが、勝負の分かれ目になる。
このあたりは経験が物を言うのだが、その点イーサクは周回遅れ処理が非常に上手く、勘も冴えていた。一方のコレットは、遅いホウキを処理方法など知らず、何度か行く手を阻まれる。
そのせいか、今度はイーサクとの差がジリジリと開き始めていた。
(まずいです、これ以上離されると…)
焦りがなかったといえば、嘘になる。周りが見えなくなっていたコレットは、斜め後ろに迫ったラデクが何か合図をした事にも、全く気が付かなかった。逆にイーサクは何かを感じたのかスピードを緩めた。
(チャンス!)
一気にイーサクとの差を詰め、ピッタリとその背後にはり付いた。真後ろに付くと魔力の吸収効率は悪くなるが、風の抵抗を大幅に減らせる。一気に抜き去るチャンスだと気合いを入れた直後だった。
ふっとイーサクの姿が消えた。
実際には急ブレーキをかけつつ斜め上に逃げたのだが、コレットから見ると消えたように見える。
コレットの反応が止まったのは一瞬の事であったが、それが命取りだった。
イーサクの陰から突如現れた二本のホウキが、絡み合ったままコレットの方へと猛スピードで飛来してきたのだ。
「パルセ…」
咄嗟に唱えた詠唱はホウキとの衝突で遮られ、コレットの意識は一瞬にして刈り取られていた。




