Lesson5 モータルの競技会(17)
コレットが柄にごく僅かの魔力を流すと、ブルッと体を震わすかのようにホウキが揺れた。そのまま少しずつ流す魔力を増やしていくと、ヒューンと空気を吸い込むような音が甲高い音色に変わっていく。
実際には前方から魔力を吸い、後方から噴出しているのだが、『レーズ・ドゥケ』の場合その量が半端ではないため、こんな音がするのだ。
一気に柄へと魔力を込めると、後方からゴウッと魔力の風が吹き荒れ、『レーズ・ドゥケ』が目覚めた。深紅の粒子が勢いよく排出され、停止の魔法をかけているにも関わらず、ジリジリと引きずられ始める。コレットはゴーグルをしっかりと装着し、前傾姿勢になると、柄を指をはじいた。
「いきますよ」
コレットの指示と共に強烈な加速を始める『レーズ・ドゥケ』。体が引っ張られ、ホウキが暴れ出す。正面から吹き付ける風圧は減衰されているはずなのに、容赦ない。
「こ…んにゃろー!」
気合い一発、かろうじて姿勢を持ち直すと、ピットロードギリギリまで使ってなんとか浮かび上がる事ができた。
「ふぅ、飛び立つのを見るだけで寿命が縮まるわい」
「バラークの比じゃないですね、ロベルト兄ぃ」
「ああ、誰だあんな高出力にしたのは。コレットさん大丈夫かな?」
(あんただよ)
ピットの全員が心の中でロベルトに突っ込みを入れていた時、上空のコレットは嬉しさのあまり、叫びまくっていた。
「いーーーやっほうー!さーいこー」
ここしばらく嫌な事が続いていたせいもあり、思い切り空を駆け抜けるのが楽しくてしょうがなかった。『レーズ・ドゥケ』は快調そのもの、前方には遮るものが何もな…いや、いた。イーサクが。
「すぐに撃墜してやるですよ」
ニヤリと笑い、不穏な言葉を吐く。冷静さを取り戻して、ゆっくりイーサクの飛行を観察する。左コーナーが少し苦手と見え、ほんの少し外側に膨らんでいた。
そうこうしているうちに、ウォームアップ飛行が終わる。コレットは手応えを感じながら、芝生に書かれたスタートポジションへとホウキを着陸させた。
チェイスのスタートは古典的だ。地面に描かれたラインに従い、16人が両足を付けて合図を待つ。そしてフラッグの合図と共にスタートし、最も早く20周した者が優勝となる。
次々と選手達がスタートラインへと降り立ってくる中、コレットはブツブツと呟きながら集中していた。
(スタートは暴れてもいいから全開で勝負、第一コーナーは―)
全員がスタートラインに並び、ビリビリと空気が会場を覆う。充満した魔力で、気分が悪くなるほどだ。
(第一コーナーは、イン側のラデク氏に注意ですね)
イーサク以上に、三番手のラデクが要注意だ。イン側から突っ込まれたら厄介なことになる。
(あとは、奥の手を使わないですむ事を祈るばかりと)
スタート前、ピットでおずおずと話しかけてくる技術者達がいた。曰く、奥の手を用意したと。
『ドカンとスピードアップするとか、そういうんじゃないんですけど』
『ホウキの負荷が大きすぎると思ったら使ってください』
『俺たち真面目に考え抜いたんです、遊びなんかじゃないんです』
『ちょっとは、そのアレですけど』
嫌な予感がしたが、とりあえず詠唱方法とその効果、持続時間を教わった。その上で、一つの疑問が浮かび上がる。
本当にロベルトはコレを認めたのだろうか、と。
しかし、今それを問いただす時間は無い。
(まあ、いま考えてもしかたないですね)
コレットは、大きく深呼吸をすると、前方のフラッグに集中した。
『レーズ・ドゥケ』の吸気音が、ヒュイィィと甲高く鳴り響く。
いよいよ、最高に楽しい時間がやって来るのだ!
白と黒のフラッグがゆっくりと持ち上げられ、そして勢いよく振り下ろされた。
「スタート!」
一斉にホウキと芝が舞い上がり、決勝戦の幕が切って落とされた。




