Lesson5 モータルの競技会(16)
こんにちは、みなさん。
コレットです。
モータル・カッパギアで最も栄誉のある称号『グランド・チャンピオン』は、チェイス改造無制限クラスの優勝者に与えられるものです。そして私はその会場で、大観衆に囲まれていました。
地鳴りのように響く歓声、贔屓のオペラントに送られる熱烈な声援。ホームストレートに設置された円形の観客席は、私達選手を取り囲むように設計されていて、ちょっと怖いです。
芝生で覆われた開会式場に大きなファンファーレが鳴り響くと、観客は一斉に静まりかえりました。モータル・カッパギアの主催者にして会長の、オーロフ・アブラムソン氏の登場です。ちょっとトカゲみたいな、太ったオジサンですが、もちろんそんなことは口に出して言えません。
「あー、皆さま。モータル・カッパギアもついにフィナーレを迎える事となりました。今年も無事この時を迎えることができたのは、ひとえに―」
会長さんの話は、ちょっと長いです。こっそり周りを見ると、他の選手たちもあくびをかみ殺しているのが判り、少し安心しました。私の左には昨年優勝者のイーサクが、そして右には昨年準優勝のラデクという人が立っています。
(ああ、この人が疑惑の人か)
ちらりとラデク氏に目を向けると、もの凄い形相で睨み返されます。なんだか今にも刺されそうな感じだったので、慌てて視線を正面に戻しました。殺気立っています、怖いです。
「コレットさん、コレットさん」
「なんですか、今大事なお話中ですよ」
その時イーサクがひそひそ話をしてきました。思い返すと、少し対応が冷たかったかもしれません。
でも、怪我をしてから一度も会ってなかったのと、横断幕のポールに書かれている文字を見てしまったことで、少し気恥ずかしかったのです。
「大事な話なんだよ」
「なんですか、急に改まって」
「決勝が終わったら、俺達付き合わないか?」
「はぁ!?」
何を言い出すんでしょう、この人は。
私は素っ頓狂な声を上げて、周りから睨まれてしまいました。慌てて頭を下げつつ、イーサクに小声で抗議します。
「何言ってるんですか、さては精神攻撃ですね。卑怯ですよ」
「いや、割とマジで」
「イーサク、何歳でしたっけ」
「ええと、今年19歳だね」
「私は今年11歳ですが」
「うん、あと2年したら結婚しよう」
「んがっ?」
きっと頭でも打ったのでしょう、可哀想に。
「笑えない冗談ですが、少し気持ちが楽になりました。イーサク、ありがとう」
「おいおい、俺は本当に―」
イーサクが真剣な顔でこちらを向いた時でした。会場全体が揺れるような歓声に包まれ、彼の言葉はかき消されました。
「それでは、出場選手を紹介いたします!」
司会の人が、魔法のホラ貝に向かってそう告げると、会場中に声が響き渡ります。ちなみに、メインスタンドには巨大なスクリーンもあります。これは選手達を追いかけるクールビットと呼ばれる小さな追跡者が捉えた映像を映し出すものだそうで、王都でも唯一ここにしか無い貴重なアーティファクト(遺物)なんだそうです。アップで映し出されるのは、ちょっと恥ずかしいんですけどね。
「予選14番手はメラニー・ボードレール!」
「うおぉメラニー愛してるぜ」
「頼む、生活費全額賭けてんだ!」
「そんな細っこい体で、飛べるのかよ」
「混戦になったら勝てるはずだぜ、メラニー」
「あたしメラメラ燃えてるのってか~、げひゃひゃ」
決勝は予選タイムの上位16人で争われます。下の方から次々と名前を呼ばれ、そのたびに会場から激しい応援とヤジが飛び交います。あまりの大きさに耳の奥がグワーンと反響して痛いくらいです。
「次は予選3番手、一昨年は準優勝、昨年も準優勝、今年こそは優勝が狙えるか?無冠の帝王ラデク・エルモーソ!」
「待ってました、万年優勝候補!今年こそ1番取れよー」
「いつまでもイーサクのケツ追っかけてんなよ」
「ラデク様~、勝って下さいませー」
ホウキを振り上げて声援に応えるラデク氏は、実力者のオーラが出ています。けれど、どれだけ早くても卑怯な手を使うのは許せません。この人にだけは絶対に負けない、と誓いました。
「そして今年の大注目、なんと初出場にして予選2番手、予選会場を大興奮の嵐に巻き込んだコレ猫ちゃん事―あれ、ファーストネームだけ?何で?まあいっか、コレットちゃーん!」
「うおおおお!!」
「きたきたきたーっ!変身してくれー」
「君の飛行にメロメロだぜぇ」
「愛してるぜー、優勝一直線だあ」
まるで地震が会場を襲ったかのようでした。主に男性方が中心になって、一斉に足踏みをし出したのです。
コレット、コレットの大合唱で私の顔面は大炎上中。飛行帽子を目深に被り直して、ちょこんとホウキで歓声に応えたら、さらに地鳴りが大きくなったのにはさすがに引きました。
「お待たせしました、最後はもちろんこの人。今年も優勝候補筆頭、音速の貴公子イーサク・モルテンソンだー!」
私はイーサクという人を過小評価していたのかもしれません。初めて出会った時から、気さくに話しかけてくれたし、なんだかお兄さんのような優しさで接してくれていたので、選手としての凄さを目の当たりにしていなかったからでしょうか。
イーサクへの歓声は私へのそれとは比較にならないほど、凄いものでした。言葉など聞き取れないほどの音の嵐が私達を襲ってきます。彼への畏怖、期待、嫉妬、懇願、色々な感情が爆発して渦となり、会場を埋め尽くしていきました。
耳を塞がないといけないほどの歓声に包まれ、選手一同うずくまる中、彼だけが悠然と歓声に応えてホウキを頭上にかざしています。
(チャンピオンって、何か違うんですね)
正直な私の感想でした。神々しいというか、私なんかではとても敵わないと思わせるような、威風堂々とした存在に見えるのです。
しかし、いつまでも萎縮しているわけにはいきません。
だって、私は勝たないといけないのですから。




