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Lesson2 蜘蛛の花(1)

≪ Lesson 2 蜘蛛の花 ≫


 ある日の昼下がり。

 コレットに素敵な才能がある事を知ったテレーズは、弟子の作るお菓子で、幸せなティータイムを過ごすようになった。

 もちろん、魔法の勉強が優先ではあるが、本人のストレス解消にもなるようだから好きにさせている。時々爆発と悲鳴が聞こえてくるが、嬉しそうな顔でお菓子を持ってくるところを見ると、結構楽しんでいるらしい。


(まあ、痩身の魔法も完成したことだし、問題は何一つないわね)


 世に売り出せば、とんでもない反響がありそうな魔法だが、今の所テレーズが公表する気はないらしい。

それよりも、甘いお菓子を心ゆくまで食べる事の方が重要だった。そんなテレーズを、使い魔の黒猫が足下からジッと見上げている。


「べ、別に甘党ってわけじゃないんだからね!弟子の楽しみを邪魔したら良くないから、師匠として無理に食べてるのよ」


 黒猫の目は冷たい。3種類のデザートを全て平らげてから言っても、説得力は無いのだ。


「最後のシュークリームが冒涜的だったわ。あの桜クリームって、どうやって作るのかしらね」


 黒猫は、(そんな事知るか)という顔で欠伸をし、まどろみの世界へと戻っていった。

 テレーズが文句を言おうとした時、庭の奥から漏れてくる魔法の詠唱らしき音符が見えた。


「あら、練習かしら」


 たまには弟子の練習を見るのも悪くない。テレーズは立ち上がると、日の光を受けて輝くブロンドを揺らしながら、裏手へと続く煉瓦の小道を歩いて行った。


「ふんふんふーん」


 ひょいと顔を出した先に、花畑に埋もれながら楽しそうに鼻歌を奏でるコレットがいた。タクトのように振る指先から、次々と花びらが現れては、空中を舞う。その様子を、楽しそうに眺めてはコロンコロンと転がっていた。

 弟子の楽しそうな様子に、テレーズはため息をつきながら声をかけた。


「でこちゃん」

「ひゃあっ!?」

「ぶっ!」


 コレットが飛び起きたとたん、一斉に花が舞い上がる。大量の花びらが渦のように飛び回り、さながら花嵐といった様相だ。

 美しい光景のようだが、実際にはゴオッという轟音とともにコレットの周りを花びらが舞い踊るのだ。近くに人がいた場合、甚大な被害を被る。

 主に顔が。


「あわわわ」


 魔力を失って、はらりはらりと舞い落ち始めた花びら。その中で、腕組みをしたまま佇む花びら人間がいた。


「お、お師さま大丈夫ですか」

「げふげふ」


 顔らしき部分の花びらを、コレットが必死にかき分けてみると、憮然とした表情のテレーズが現れた。


「よかった、無事でしたか」

「無事?」

「ぶ、無事ですよね?」

「まあ、命に別状はないけど、ね」


 ほっと胸をなで下ろしたコレットだったが、その後2時間にわたって叱られることになった。固有魔法と呼ばれるその魔法は、特に習得するための修行も訓練も必要としない。生まれもって使えるその人だけの特別な魔法だ。

 魔法世界のバランスを崩さない程度のささいな魔法がほとんどで、コレットも例に漏れず自在に花を操る、という可愛らしい魔法を授かっている。

 何もない場所に思い通りの花を咲かせ、散らす。


 ―思い通りの花を、咲かせる



「遊んでたわね」

「ま、魔法の勉強です」

「楽しく歌を歌ってたような気がするわ」

「つ、つらく厳しい修行でした」

「コレット」

「はいっ、ごめんなさい」


 テレーズは考える。この弟子には、相応のお仕置きが必要だと。


「まあいいわ。明日一番でサエナ婆のところへお行きなさい」


 サエナ婆とは北の森に住む老齢の魔女の事で、すでに現役を引退して久しい。かつては偉大な魔女だったと言われているが、真実は闇の中だ。

 今では魔法書の管理や駆け出しの魔法使い達の指導をしている、ちょっとばかり変わった(・・・・)魔法使いである。


「あ、はい。魔法書の受け取りですか?1日もあれば…」

「いえ、そこで資格試験を受けてきなさい。まあ、まだ早いと思うけど経験だと思って行ってらっしゃい」

「はぁ、資格試験ですか」

「そう、初級魔法使いの」

「そうですか、初級の…は?」


 ぼんやりと復唱していたが、何かとんでもない事を言われた気がする。


「初級を受けるんですか?誰が?」

「でこちゃんが」

「最近耳が遠くなったようです」

「そんなに耳が大きいのに?」

「み、耳の大きさは関係ないです」

「聞こえてるじゃない」


 コレットは、あきらめたように肩を落とした。師匠は気まぐれだが、それ以上に面白いことが大好きなのだ。


「赤本を卒業していない私なんかが受験したら、他の人に失礼ですよ」

「あら、あんな玩具みたいな魔法書、何の役にも立たないわよ」

「お師さまが覚えておけって言ったんじゃないですか!」

「そうだっけ」

「そうです」

「まあ、気にすることないわ。とにかく行ってらっしゃい」

「お師さまが恥かいても知らないですからね」

「そしたら弟子に当たるからいいわよ」

「なんという暴君」

「マリア・テレーズと呼ばれているのよ?」

「はぁ」


 これ以上は時間の無駄だと知ったのか、コレットはフラフラと支度をしに自分の部屋へと去っていく。

 そんな弟子の様子を笑顔で見送ったテレーズであった。

桜シュークリーム、作ってみたいです。

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