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Lesson5 モータルの競技会(15)

「今まで何してたんだよ!」

「大きなお世話じゃ、部外者は黙っとれ」


 工房で怒鳴りあうロベルトとラキの姿に、周りはオロオロするばかり。


「機材はある、技術者も揃ってる。で、肝心の設計書と本体は?作業はどうなってんだ」

「うるさい奴だな、お前にはどうでもいいじゃろが」

「よくねぇんだよ。おかげで賭けに負けただろ。責任とれよ」

「なんじゃ、賭けって」


 コレットの見舞いで交わした賭けの内容を詳細に伝えると、大笑いしたラキはそのままソファーへと倒れこんだ。


「いやぁ、コレットちゃんにはかなわん」

「あんたのせいだぞ。サボりやがって」

「サボる?馬鹿いえ。調理道具は揃えたんじゃ、あとは素材が届くのを待つばかりにしとるじゃろうが」

「素材だと」

「ロベルト、『レーズ・ドゥケ』を出せ」

「う…」

「いい加減、目を覚ましたらどうだ。ロベルト・アンダーソン王都飛行技師長」

「知ってたのか」

「調べたんじゃよ。ドワーフのネットワークは広くてな」


 王直属の飛行技師を王都飛行技師と呼ぶ。その頂点に立つ飛行技師長の名誉を、ロベルトはあっさりと捨てた。アリアナの事故以来、自らホウキを手がけることはないと誓ったのだ。


「しかしなぁ、誓ったと言っても、お前さんすでにコレットちゃんのホウキをいじってるじゃろ」

「ま、まあそうなんだが」

「そろそろ限界がきとるのさ、心の方はホウキを作りたくて仕方ないってな」

「そんなもんかね」

「そんなもんじゃ」


 しばらく天井を見つめていたロベルトだったが、ふいに壁にかけた『レーズ・ドゥケ』を手に取る。愛おしそうにその柄を撫でると、作業台へ静かに置いた。


「コレットさん、どうしても優勝したいみたいだ」

「そのようじゃのう」

「こいつなら、叶えられるかな」

「可能性はあるな」


 ロベルトは、作業台に両手を付き、頭を下げる。


「ラキ爺、すまなかった。俺にも手伝わせてくれないか。頼む、この通りだ」


 ラキは腕を組み、目を逸らしていた。


「仕方ないのう」

「じゃあ…」

「ヘタなもん作ったら、坑道深くに埋めるからの」

「望むところだ」

「ふん」


 ラキは照れ隠しでヒゲを触り、ソファから立ち上がる。これで全て環境は整った。


「さて、決勝まで一週間を切っとるわけだが、間に合うかの?設計図も無いが…」

「設計図は、ある」

「何?」

「作った。というか、ずっと眠らせてた」

「事故の後か」

「ああ、いつかアリアナに会えたらと思ってな。でも実行できなかったよ」

「彼女は死…いや行方不明じゃったか」

「はは、あの高さから落ちたんだ。気を使わなくていいよ」

「ふむ」


 ラキは、ロベルトから設計図を受け取り、作業台に広げた。そこには細かな修正点が記載されており、作業工程表が記されていた。


「むう、二週間の工程か」

「なんとかする、寝なきゃいい」

「良いホウキは、健全な精神状態で作られるんじゃ。きちんと分業して、ベストの状態を保て。そのために手伝いがいるんじゃろ」


 ラキが振り向くと、フリオと技術者、それに手伝いのドワーフ達が一斉にうなずく。


「やりましょう!」

「いけますよ、一週間で」

「こいつなら、優勝できますって」

「ロベルト兄ぃの為なら、死ねます」

「…一部変態が混じってるがな」


 こうして、残り少ない日数での突貫工事が始まった。

 『レーズ・ドゥケ』は基本設計からロベルトが作ったものなので、『バラークRSR』より基本性能は高い。小柄なコレット向けに多少の調整は必要だが、大きな構造変更はしなくて良さそうだった。


「さて、コレットさんが唸るほどのホウキを作るぜ」

「ロベルトさん、アレはどうします」

「アレ?」

「変身…」

「真面目にやれ」

「は、はい」


 ロベルトに睨まれ、技術者の一人はスゴスゴと退散した。…ように見せかけた。

 そう、変身は男の浪漫。

 簡単に引き下がるわけには、いかないのだ!!

 その晩から、一部の技術者達が集まってコソコソと実験を繰り返していたとか、なんとか。


 決勝戦までの間、それぞれが思い思いに過ごしていく。


 そして決勝前日、コレットはいつも通りアンジェリーナの苦痛を和らげるためのプラムを生成し、部屋の扉を叩いた。


「アンジェ、入るよ」

「あら、少し待ってちょうだい」

「え、うん、わかった」


 ほどなくして、部屋から声がした。


「入っていいわよ」

「おじゃましまーす」


 部屋に入り、まず目に飛び込んできたのが大きな横断幕だった。『コレットは負けない!』そんな意味のエルフ語だ。傍らには、黒いヴェールを被ったアンジェリーナが立ってる。


「アンジェ、これは?」

「新しいホウキ、落ちた体力、そういう不利な条件を吹き飛ばすには、応援しかないでしょ」

「う、うん」

「だから応援グッズを作ったのよ」

「いつのまに、こんなの」

「寝ているだけで暇を持て余していたもの」


 そう言うアンジェリーナの目は眠そうだ。絶対に無理をしている。


「そうそう、支えてるポールを見てご覧なさいな」

「ん」


 横断幕を支える二本のポールに近づくと、そこにはびっしりと応援の言葉が書き込まれていた。


『ブッチギリで優勝だぜ、コレットさん! アルマン』

『全力でやっちゃって下さい! エスコ』

『魅せて下さいね~ アントン』

『君に全てを捧げたい イーサク』

『ぶっ殺すぞてめぇ ロベルト』

『いいじゃないか イーサク』

『ここで会話しないでくださーい! フリオ』

『阿呆は放っておいて、頑張れよ!ヒゲ』


 文字を一つ一つ、愛おしむように無言でなぞっていくコレット。


「わたくしは、横断幕に書きましたわ。エルフ語なんて、久しぶりだから緊張したのなんのって」

「うん」

「ああ、あとエランも作るのを手伝いましたのよ。恥ずかしいから黙っていて下さいとか、バラすに決まってるじゃないねぇ―って、コレット?」

「うん、うん」

「なによ、頷いてばっかりで、少しは感動の言葉とか…」


 不機嫌そうになったアンジェリーナの顔が、ふと緩んだ。


「まったく、コレットは昔から泣き虫なんだから」

「うん」

「まあ良いですわ、嬉しくて泣くのは許してあげま―ごふぅ」


 突進してきたコレットに抱きつかれ、アンジェリーナは軽くよろめいた。


「あ、あなたねぇ。すこしは手加減したらどうですの」

「アンジェ」

「はいはい」

「大好き」

「は…わ…えっと」


 パクパクと開くアンジェの口は、魚のようだ。何か言おうとし、何度も口を開くがまた閉じる。そんなことを暫く繰り返してから、結局コレットの頭を撫でるだけにした。満足そうな顔をしているので、これで良いのだろうと胸をなで下ろす。


「明日は、頑張りなさいな」

「うん、負けないよ」

「わたくしが応援するのだから、優勝以外認めませんけどね」

「え、アンジェ応援にくるの?」

「出場は無理ですけど、応援くらいならね。もう大分目立たなくなったでしょう」

「ん、あまり判らなくなってる」


 呪われた目も、皮膚も、ほぼ元通りに戻っていた。それはすなわち、対象が死んだということだ。


「もう、誰にもコレットの邪魔はさせませんわ」


 決意を込めた目をしている。そんなアンジェリーナをもう一度ギュッと抱きしめると、コレットは体を離した。


「じゃあ、私はそろそろピットに行くよ。今日はあっちに泊まるから」

「応援席で見守ってますわ」

「ん」


 お気に入りのバンダナを巻き、いざ出発と館を出ようとした時、執事のエランが深々と頭を下げてきた。


「コレット様、お嬢様を お救いいただき有り難う御座いました。感謝の言葉もございません」

「え、私が助けてもらったんだよ、何言ってるのエランさん」

「プラムの実の事でございます」

「あ、ああ、あれか。…うん」

「いかに長命な種族とはいえ、無茶はなさらないで下さい」

「げっ。ば、バレてました?」

「はい、それはもう長いお付き合いですから」

「まあ、いいじゃないですか。プラムの件はギブアンドテイクです」

「そういっていただけると、救われます」


 プラムの実は、それを食した者の生命力を向上させる特殊な魔法の実だ。天然ものは極めて希少価値が高く、王族とて滅多に口にすることは無い。魔法で作り出すこともできるのだが、その際術者の生命を削り取るため、実際に行われることは滅多に無い。


「くれぐれも、お気を付けて」

「エランさんも、ありがとう。頑張ってきます」


 気分良く、しかし周囲には十分注意をしながら会場へと向かった。

 モータル・カッパギア最大のイベント、チェイスの改造無制限部門を翌日に控え、各ピットには張り詰めた緊張感が漂っていた。コレットが自分のピットを覗くと、そこには見たことの無いドワーフの集団に混じって、走り回るフリオと、快活に指示をだしているロベルトの姿があった。


「ロベルトさーん、戻りましたよ」


 何気なく声をかけたつもりだったが、その場にいた全員が一斉に作業を止め、コレットの方へと振り向いた。


「おおっ、コレットちゃん!」

「無事だったか」

「また一回り小さくなって、苦労したんだねぇ」

「なわけあるか!」

「もう痛くないのかい?」


 皆が口々に労りの言葉をかけてくれる。なんだか、いつのまにか家族のような感じになっていたのだなぁと感慨に耽っていると、ロベルトが一本のホウキを持って近づいてきた。


「よう、復帰おめでとうコレットさん」

「ありがとう。ロベルトさんも、賭けに負けておめでとう」

「ぐっ…」

「仲直り、した?」

「おかげさまでな」


 膨れた頬をそのままに、ロベルトはホウキを差し出す。深紅の柄に黒のラインが入った、美しいラインのホウキだった。


「これは…」

「ギリギリ間に合ったぜ、『レーズ・ドゥケ』だ」

「いいんですか、これはロベルトさんの―」

「アリアナの使ってた『レーズ・ドゥケ』とは別物だ」

「え?」

「当時の俺になかった、今の俺が持つ技術を全部つぎ込んだんだ。これは正真正銘コレットさんの『レーズ・ドゥケ』なんだぜ」

「私の、ですか」

「そうだ」

「ありがとう、凄く嬉しい」


 コレットは、クルリとホウキを回してみる。

 軽い。


「すごい、軽いですね」

「ああ、軽いだけじゃ無いぜ、強度も折り紙付きだ。何しろドワーフ族の秘宝まで使ったんだからな、なあラキ爺?」


 そう言ってロベルトは後ろを振り向く。ドワーフ達の集団に混じって隠れていたラキが、慌てたように後ろに逃げようとするが、周りに押しとどめらる。


「な、なにすんじゃ!」

「逃げちゃだめですよ」

「そうそう、折角の再会なんですから」

「みんなで寝ずに考えた、アレお願いしますよ」


 ドワーフ達の手で強引に押し出されたラキが、コレットの目の前にくる。


「お、おう」

「あ、うん」


 コレットも少し気まずそうに下を向いていたが、意を決して顔を上げた。


「ヒゲ爺、あのっ、私、隠してたわけじゃないんだけど、その、実はえ、エル―」

「ドワーフ族はっ!」

「え?」


 コレットの言葉を遮るように、ラキが大声で叫ぶ。



「東のミスリル王、ラキ・ラムザックが率いるドワーフの一族は、今後一切の種族差別を行ってはならぬ!」



 その直後、その場にいた全てのドワーフ達が跪き、王の命を繰り返した。



「東のミスリル王、ラキ・ラムザックの一族たる、我らドワーフは、今後一切の種族差別を行わぬ!」



 ラキは、ドワーフ達を振り返り、一度大きく頷いてからコレットへと向き直る。その表情は照れているようでもあり、申し訳なさそうでもあり、なんとも複雑な顔であった。唖然とするコレットの前で深く頭を下げると、いつものラキに戻り、両手の人差し指をこすり合わせながら、照れくさそうに言った。


「すまんのぅ、これで許してもらえんじゃろうか」


 その後、わんわんと泣き続けるエルフの前でオロオロするドワーフ達という絵が酒場に飾られる事になったという。



* * *



 午後、『レーズ・ドゥケ』の試乗を兼ねてコースを数周回った。以前の『バラークRSR』と違い、ピーキーな所は一切なく、拍子抜けするくらい安定していた。しかし、決して遅いとか操作感覚が甘いとかいうことは全くなく、むしろ怖いくらいにコーナースピードが上がっている。

 ロベルトが言うには、バランスのとれた『本物の』ホウキは、乗り手に恐怖を与えないんだとか。バラーク好きのコレットとしては、「偽物じゃないもん!」と言いたいところだったが、グッと堪える。それほどこの『レーズ・ドゥケ』は飛び抜けて素晴らしい性能だったのだ。


「三連覇っていうのも、頷けるなぁ」

「あー、乗り手に助けられたってのが大きいけどな」

「アリアナさんだっけ」

「ああ、最高のオペラントだった」

「最高の彼女じゃなくて?」

「ぶーっ!?」

「汚っ」


 口にしていたハーブティを盛大に吹き出したロベルトに、コレットは強く抗議する。そのハーブは高かったのに、と。


「いや、すまん。彼女とか全然無いから」

「でも、好きだったんでしょ?」

「まあな、って何いわせんだよ」

「どんな人だったか教えて欲しいのです」

「なんだよ、いきなり」

「『ドゥケ』ちゃんに乗っていて、少し気になった事がありまして」

「そっか、まあそういう事なら」


 懐かしむような口ぶりで、ロベルトはアリアナとの出会いを話す。

 ブロンドの美しい魔法使いが、ある日ロベルトの働いていた工房を訪ねてきた。チェイスに出場できるホウキを作って欲しい、彼女は突然そんな事を言うと大金を取り出した。その頃はまだ一介の飛行技師でしかなかったロベルトは、自分が認められたような気がして、舞い上がった。


「その年で指名が入るなんてこた、滅多になくてな」

「そうなんですか」

「そんなこんなで、結局一年がかりだったが、『レーズ・ドゥケ』が完成したわけよ」

「なんか大事なところをぶっ飛ばしてませんか」

「いやあ?そうかな、ははは」


 のらりくらりと話を逸らそうとするロベルトから、無理矢理ノロケ話を聞き出していると、アリアナと呼ばれる女性の輪郭が見えてきた。長いブロンド、端正なシャープな顔つき、本が大好き、よく浮かんでいる…


「浮かんでる!?」

「そうだけど、魔法使いなんだから珍しくないだろ」

「珍しいですよ。普通浮遊の魔法なんて気軽に使えるもんじゃありません」

「そうなのか、俺は魔法に疎くてな」

「どうやって浮かんでたんですか」

「うーん、色んなモンに乗っかって浮かんでることが多かったな」

「色々なものですか」

「ああ、キノコとかカボチャとか、そんでその上で本を読むのが好きだったな」

「んん?」

「どうした、コレットさん」

「いえ、何でも」


 ロベルトに礼を言い、ピットに戻った後も何かが引っかかっていた。


(うーん、何だか気になる、なんだろ)


 その日一日モヤモヤしたまま、決勝の当日を迎えることになった。

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