表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/92

Lesson5 モータルの競技会(14)

 ちょうどロベルトが見舞いに出発した日の朝、コレットはベッドで起きあがる練習をしていた。


「あたた。おばあさんみたいですね」

「コレット様、まだ無理をなされては…」

「えへ、いつもありがとね。エランさん」


 さりげなく隣で支える執事の腕に、ぎゅうとしがみついてお礼を言う。エランとは、コレットが3歳の頃からの付き合いだ。


「なんの、仕事でございますから」

「うぅっ、これじゃあ決勝は無理かなぁ?」

「無茶をおっしゃる。普通、3ヶ月は安静にしている程の怪我でございますよ」

「ごめんね、迷惑かけちゃって」

「迷惑など、微塵も感じておりません」


 きっぱりと言い切るエランに、コレットは笑いかける。きっとこの執事は本当に迷惑など感じていないのだろう。アンジェリーナの次に、コレットを甘やかしてくれる、大好きな人だ。

 そんな人に、これ以上迷惑をかけたくなかったが、どうしても確認しなければならない事があった。


「エランさん」

「なんでございましょう」

「アンジェは?」

「今朝はお体がすぐれないとの事で、自室にてお休みされております」

「看病のしすぎかな」

「はは、お嬢さまは無理をなさいますから」

「そうだよねぇ。ちょっとお見舞いにいこうかな」

「いえいえ、コレット様はご自身を見舞っていただかなくては」

「あはは、だよねぇ」


 ここで、コレットは辛そうな顔を作る。


「ねえ、エランさん。私を襲った人ってつかまった?」

「いえ、残念ながらまだ。物騒な事です」

「もう王都から出ちゃったかも」

「いえ、戒厳令が出ておりますし、まだ王都にいるかと」

「何か手がかりになる物、残ってなかったかな」

「いえ、何もなかったと思います」

「アンジェは地下?」

「…いえ、自室でございます」

「そう」


 コレットは、支えていたエランをそっと押しやる。


「コレット様?」

「魔法のせいで、止めることができなかったのよ。エランさんのせいではないわ」

「何をおっしゃって…」

「おいでませ、アラクネちゃん!」


 どぉん!と、どん欲巨大植物のアラクネ105が出現する。


「アラクネちゃん、私を運んで。あ、突き当たりまでよろしくね」

「こ、コレット様!?」

「だめですよエランさん。ほら、体が痺れるでしょう?動いちゃだめ」

「いえ?あの」

「コレットが魔法で痺れ花を沢山出しました。執事さんは動けず、コレットの暴走を止められませんでした」

「ちょ…」

「では、アラクネちゃん、角を右に曲がったらでっかいドアを、ぶっ壊しちゃってください」


 ぐおおおお、とアラクネ105が廊下を突進していく。


「す、すみませんお嬢様。コレットさまにはバレバレです」


 呟くエランを置き去りにし、アラクネ105は指示通りに目の前に迫った大きなドアへと体当たりする。


 ズドーン、と館を揺るがすような振動が起きる。しかし、ドアには傷一つ付いていなかった。


「こしゃくな。アラクネちゃん、食べちゃってください」


 ぐおおおおおんっ♪


 植物に感情があるかは不明だが、嬉しそうな叫び声であった。

 アラクネ105は悪食である。ドアにかけられたロックや、シールドなどの『魔法』すら喰らうことができるのだ。


 バリバリバ…


「ちょ、やめなさいっ!」


 部屋の奥から悲鳴が聞こえてきた。


「今開けるわよっ」

「まったく、開けるのが遅いのです」

「こっ、この…」


 カチャリと開いた扉の向こうに、アンジェリーナが立っていた。右半身は魔物のごとく真っ黒に、猫のような目は爛々と金色に輝いていた。


「見舞いにきたですよ」

「逆じゃない、何を言ってるの」

「病人だから、早く部屋にいれるが良いです」

「…助けるんじゃなかったわ」

「今更後悔してもムダムダです」

「はぁ…」


 諦めて部屋に招き入れると、静かにドアを閉めた。


「さて、アンジェ。説明してもらいましょうか」

「何を?」

「『クライフの絶望』を誰に使ったんです」

「さあ」

「…」

「黙秘するわ」

「…」


 その時、突然コレットの目から涙がこぼれ落ちた。


「ちょっと、コレット!どこか痛むのですか!? 医者を、ああエランにー」

「お願いだから」

「え」

「お願いだから、もう二度と使わないで」

「コレット」


 抱きついてきたコレットの頭を、そっと撫でる。


「私、死ぬのは怖い。でもアンジェがアレを使うのはもっと怖いの」

「馬鹿な。コレットの命のほうが大事だわ」

「アンジェの魂が、穢されていく気がするの」

「大丈夫よ、このくらい」

「だめだよ、どうせエランさんに言って犯人の目星をつけたんでしょ」

「…そうね」

「放っておけばいいじゃない、私は生きていたんだし」

「嫌よ!」


 アンジェリーナは声を荒げる。


「それだけは嫌。あんなコレットの姿はもう二度と見たくない。コレットに手を出したらどうなるか、関わる全ての人間に思い知らせる必要があるの。そうしてようやく貴女が安全になったと言えるのよ」


 彼女の意志が固い事などわかっていた。


「でも、アンジェは…」

「いいのよ、一週間我慢すれば元通りだし」

「一週間も!?」

「そうね、今回は本気だったから。そのうち代償がくるわね」

「まだ来てないの…だって前は当日に代償が来て、二日で元に戻ったのに」

「ふふふ、あの時はちょっと懲らしめる程度だったからね」

「アンジェ…」


 しょんぼりするコレットの頭をもう一度撫でる。


「いいのよ、私は満足」

「満足なんて…あっ!」

「何」

「あの、アンジェ。ありがとう、助けてくれて」

「何よ今更」


 思わず吹き出してしまった。コレットは真っ赤な顔で俯いている。


「だって、言い忘れていたから。最初に言わないといけないのに、ごめん」

「あっは、何だかなぁ。もう、気が抜けちゃったわ」

「うぅ」

「そういえば、コレットは決勝間に合うかしらね」

「え、無理じゃないかなぁ。エランさんが安静にしておけって」

「そうね、でもコレットには頑張ってもらいたかったなぁ」

「あ…」


 そこでコレットは気が付いた。この姿ではアンジェリーナが一週間後の決勝に出場など出来るはずはない、ということを。


「私…」

「ま、仕方ないわよね。私の場合は自業自得。でもコレットは違うもの、悔しいわ」

「う、うん」

「来年、また一緒に頑張りましょう。次は私も無改造クラスに出るわよ」

「そうだね…うん」

「さーて、私は少し眠るわ。代償がくると眠れなくなるしね」

「わかった」

「おやすみ、コレット」

「おやすみ、アンジェ」


 何度も振り返るコレットに、アンジェリーナは「早くいけ」と手を振る。パタリとドアを閉じた後、コレットはある決意をした。


* * *


 「すげぇ、何これ。貴族すげぇ」


 目の前にある館が別荘だという事実。庶民と貴族の格差を感じつつ、ロベルトはコレットのいる部屋へと通された。

 たかだか数日だというのに、もう何週間も会っていないような感じがする。


「おーい、見舞いにきたぜ。大丈夫か」

「ロベルトさん!」

「おお、元気そうじゃねぇか」

「はいっ」


 ロベルトの顔を見たコレットは、元気良くベッドから起きあがろうとするが、すぐにヘロヘロと倒れていった。


「無理すんなって」

「情けないですぅ」

「大怪我だったんだろ、仕方ないって」

「うぬー、これでは決勝に間に合わないです」

「え!?」


 見舞いの果物やら花やらを並べていた執事とロベルトが、同時に振り向いた。


「でるの?」

「無茶でございます」


 顔を見合わせた二人は、やはり同時にコレットへと向き直った。


「安静にしてませんと」

「そうだ、まだ犯人も捕まってねぇんだぞ」


 心配そうな顔のロベルトに、コレットは笑顔で応える。


「それなら、大丈夫。私は友達を信じてますから」

「友達?」

「アンジェですよ」

「ああ、あのお嬢様か…けど信じてるって言っても…」

「信じてるんです。だから大丈夫です、決勝には出ます。絶対に」

「おいおい」


 決して譲らないというコレットの視線から、ロベルトは目を逸らしてしまう。エランはというと、もう諦めた表情になっている。暖かく見守ることにしたようだ。


「けどよ、ホウキがなくちゃな」

「ええっ、ホウキ、盗まれたんですか!?」

「聞いてなかったか、すまねぇ。コレットさんが襲われた日の夜、放火騒ぎがあってな。チャンピオンと、うちらの倉庫が焼かれた」

「そんな…」

「全焼だったんだ、残念ながらRSRはもう無い」

「うそ」

「本当だ」

「だって…だって、決勝には出ないと駄目なの!どうしても出ないと駄目なの!お願い、ロベルトさん、お願い」

「な、どうした、何があった」


 泣きじゃくるコレットを落ち着かせ、事情を聞き出すまで長い時間がかかった。


「そうか、あのお嬢様は棄権するのか」

「はい、だから私どうしても出たいんです」


 アンジェリーナは、コレットが決勝に出場するための安全を確保してくれた。その思いに、何としても応えたかったのだ。


「コレットさんが羨ましいよ」

「羨ましい?」

「友達を信じて、信じられて。俺なんて、大事な人を信じられなくて、自分も信じられなくて、ラキ爺にも見限られちまった」

「どういう事です?」


 ロベルトが昨日の一件を話すと、コレットは笑い出した。


「な、なんだよ、笑い話じゃねぇぞ」

「だってー、ヒゲさんもロベルトさんも子供みたいだったから」

「子供!?」

「意地張って、仲直りできない子供でしょ」

「あのなぁ…」

「ヒゲさんは、きっと一緒に作ってもらいたいんだよ。だから私財を使ってまで環境を整えてくれたんだよ」

「んなこたねぇ」

「じゃあ、賭けをしようよ。これから工房に戻って、ヒゲさんが作業を進めていたらロベルトさんの勝ち、何もしないで待っていたら私の勝ち」

「何を賭けるんだ」

「ロベルトさんが勝ったら、私がアンジェにお願いして、工房を取り戻してもらう。私が勝ったら、お願い、ホウキを…ホウキを作ってください、お願いします」


 しばらく思案していたロベルトだったが、黙ってうなずくと、コレットに一冊の本を投げて寄越した。


「わかった、賭けにのるぜ」

「ありがとう!」

「それと、その本やるよ。ラキ爺が取り寄せてた奴だが、嫌がらせで盗んできた」

「ええーっ、いいんですか?」

「いいんだよ、喧嘩してんだから」

「ぷっ」


 コレットは笑いをこらえられなかった。


(ほんとに、子供みたいだ)


「じゃあな、どっちに転んでも恨むなよ」

「もちろんです」

「おだいじに」

「はいっ、ロベルトさんも」


 ドアが閉じた後、コレットは本に目を落とす。何気なくタイトルを読み、そして吹き出してしまった。次に会ったら、やはりヒゲさんには抱きついてしまいそうだ。


 赤い装丁の分厚い本に、金色のタイトルが映えていた。


『やさしく学ぶ、エルフの文化』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ