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Lesson5 モータルの競技会(11)

 予選の翌日は、コレットとドワーフのヒゲさん以外、全員が二日酔いで動けなかった。いや、正確にはトイレとの往復運動を続けていた。思えばこの状況が良くなかったのだろうと、後のロベルトは反省することになる。


「ホウキの調整は、無理そうですね」

「なんじゃ、あいつら弱っちいのう。あの程度の酒で」

「ヒゲさんを基準に考えたら駄目だと思う」

「人間は脆弱でいかん。まあ、高慢ちきなエルフよりはマシだがな」

「あ、うん」


 コレットは、未だに耳を隠している。ヒゲさんにだけは、早く打ち明けようと思っていたのだが、ドワーフとエルフの対立が思った以上に根深い事を知り、なかなか言い出すタイミングが掴めないまま、ずるずると今に至っている。


「まったく奴らときたら、ドワーフを鉱石掘りか鍛冶職人ぐらいにしか見ておらん」

「そ、そうかな」

「あれはワシがまだ120歳のひよっこだった頃の話じゃ。当時はまだ森にエルフが大勢おってな…」


 ヒゲさんの話は長い。朝食を取りながら、歴史の勉強のつもりで聞くことにした。

 その昔、エルフ族とドワーフ族はどちらも長命種で、それなりの交流があった。しかし、ある時急激な魔法の減衰期があり、生命が脅かされた二つの種族はそれぞれが森の奥と地中深くに分かれて引きこもることになってしまう。


 丁度その時期に台頭してきたのが人間達だった。彼らは好戦的で即物的な野蛮人だと断じたエルフ達は、交流を絶つことにした。反対にドワーフ達は鍛冶や建築の腕を買われ、頻繁に人間達と貿易を繰り返してきた。

 つまりは、そういうことである。エルフ達は自らの小さな世界に閉じこもる事で純血を保ち、悠久の時を生きる道を選んだ。ドワーフ達は人との交流を増やし寿命を縮めてでも濃密な生を謳歌する道を選んだのだ。


(そりゃあ、仲が悪いよね)


 コレットはエルフの中でも異端の種族である。それゆえ、外の世界を見て回る事に何の抵抗もないし、ドワーフを嫌う事も無い。しかし、相手からよく理解されずに嫌われるのは辛い。


「ヒゲさん、面白かったよ」

「おう、儂の長話を聞いてくれるなんて、コレットちゃんぐらいなもんだ」

「ところでさ、ドワーフ好きのエルフがいたらどう思う?」

「ありえんな。あったとしても、それは偽りの行為じゃ。儂等の鉱脈を狙ってたりするはずだ」

「そうかな」

「うむ、以前曾祖父がミスリル鉱山を見つけたときに横取りされてな、西の森のエルフとは全面戦争直前まで行ったらしいぞ」

「そ、そうなんだ。戦争にはならなかったの」

「何とかの、しかし小さな争いはあったし、曾祖父も命を落としたわい」


 コレットの顔がひきつる。


「じゃあ、エルフを見たら、アレだよね」

「ぶっ殺してやる、とまでは言わんが仲良くする気は無い。どうした?」

「う、うん。何でもない」

 いぶかしげな視線を感じたのか、コレットは慌てて話題をそらす。


「あっ、そうそう忘れてた。私グローブ見てくるつもりだったのですよ」

「なんじゃ、そのくらい儂が作―」

「いいの、いいの!デザイン見てくるだけだから。良いのがあったら覚えてくるから後で作って!」

「おう、構わんぞ」


 笑顔で飛び出していくコレットだったが、瞳が潤んでいたことをヒゲさんは見逃していなかった。


「むぅ…」


 腕組みををして、深い思案顔をしているところに、ようやくロベルト達がやってきた。皆一様に二日酔いの酷い顔だ。


「おはよー、うーぷ、ラキ爺元気だ…な…うえぇ」

「気持ち悪ぃ、ラキ爺化け物、俺もう飲まない」

「み、水…」


 どろどろの男たちが、テーブルに崩れ落ちていく。全員が水を飲みまくり、それなりに会話が出来るようになった頃、ヒゲさんこと東のミスリル王「ラキ・ラムザック」が重い口を開いた。


「相談ごとがあるんじゃがの」


 その頃コレットは、ぼんやりと雑貨屋巡りをしていた。グローブを見てくると言った手前、いくつか店を回ってはみたものの、まるで興味がわいてこない。頭に浮かぶのはドワーフとエルフが争う光景ばかりだ。


(やっぱり無理なのかな)


 種族として忌み嫌われると、さすがに堪える。深いため息をつきながら、3軒目の雑貨屋を出た時、突然後ろから声をかけられた。


「51番だな」


 振り返ろうとすると、肩を押さえられた。


「そのまま、横の路地に入れ」


 低い男の声がし、体の向きを無理矢理変えられた。目の前にあるのは、雑貨屋横の狭い路地裏だけだ。明らかに、ヤバイ。

 しかし、逃げようにも中からは、物騒な物を押しつけられた感触が伝わってくる。大人しく従うしかないようだった。


「誰、ですか」

「気にするな」


 ゾッとするほど冷たい声。

 マトモな人間でないことは明らかだった。


「さて、悪く思うなよ」


 トン、と背中を押された先は3方を壁に囲まれた小さな空間。つまり袋小路であった。そして、そこには猫背の男がもう一人立っていた。


「アニキ、子供じゃないッスか」

「なんだ、問題があるのか」

「いや、むしろ歓迎ッス、幼女」

「壊しすぎるなよ」

「無理ッス、お、おれもう興奮して…」

「相変わらずの変態野郎だ」


 それだけの会話で、すでに全身鳥肌ものだった。脳内アラートが逃げ出せと鳴り響いている。コレットは冷や汗とともに、必死で脱出路を探っていた。そんな様子を見た男は、冷ややかな声で笑った。


「無駄だよ、もう何人も見てきたが逃れた奴は一人も居ない」

「そうそう、楽しんだ方がお互いハッピーじゃん」


 そんなことを言われて、ハイ楽しんじゃいますか!なんて言えるわけがない。


「なんか恨みでもあるんですか」

「さあ、な」

「あれだ、おまえさん邪魔なんだよ、可愛いし。それに速すぎんのが―」

「黙れ!」


 背後の男に怒鳴られ、猫背の男はヒッと首をすくめる。


「余計なことを言うな、さっさと仕事をしろ」

「へ、へぇ」


 猫背の男は頷くと、下品な顔つきでコレットに近づいてきた。


「俺でよかったよ、あんた。痛いのはちょっとだけだしな、アニキだったらスゲェ事に…」

「おい」

「は、はいっ、黙りますっ」


 叱られた猫背の男は、慌ててコレットの肩を掴んだ。


「へへ、大人しくしてろよ」


 だらしなく開いた口から伸びた舌が、コレットの首筋へと近づいた時、突然男が口を押さえて地面に転がり出した。口の端から花びらがこぼれ落ちている。


「んんー! んごーぉ!?」


 苦しみもがきながら、ゴロゴロと転がり始める。その隙にコレットは前方の壁に向かって猛ダッシュした。壁に生やしたツタを登って反対側に逃げる、それが考えられる唯一の脱出路だった。

 しかし、背後から強烈な衝撃を受け、盛大に地面を転がる。


「かはっ…?」


 息が出来ずに喉を掻きむしるコレット。その腹に容赦なく男のブーツがめり込んだ。


「ガキが。逃げられると思ってたのか」


 黒いコートを着た男は、何度も何度もコレットを蹴り続ける。

 腹、肩、背中、顔、あらゆる場所を手加減無しに攻撃され続けると、次第に庇う気力が無くなってくる。

 暫くするとグッタリと抵抗することなく地面に横たわることになった。

 突然の暴力と味わったことの無い悪意、そして痛みで、気を失うこともできず、ただ横たわっていた。


「まあ、念のためだ」


 男がコレットの右腕に足を乗せた。その意図を察し、流石に意識を取り戻す。


「や、やめ…て」


 その懇願の表情を愉しむかのように、男は足に力を入れた。



 * * * * *



 ずる ずる ずる


 何かを引きずる音がする


 ああ、そうか花で口を一杯にして、気絶させた男だ。



 ずる ずる  ずる


 黒いコートの男が引きずって行ったのだった。



 ずる ずる ずる


 それにしても、長いな、いつまで続くんだろう。



 ずる…


 そうか、違った。これは、私が這ってる音だ。



 コレットは、表通りまで自力で這って行き、そこで気を失った。大騒ぎとなった表通りを偶然アンジェリーナの馬車が通りかかったのは、まさに神の悪戯だったのだろう。

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