Lesson1 ブラウニーの秘密(2)
テレーズは、テーブルに置かれたその物体をしばらく凝視し、そしてゆっくりと口を開いた。
「それで、これは何かしら?」
「ち、チョコレートブラウニーですが」
「私がお願いしたのは」
「ブラウニー…ですよね?」
「そうね、ブラウニーだったわね」
途方に暮れたような師匠の顔を見て、コレットは焦った。
「ダメでしたか、やっぱりココアの方が好きでしたか?」
「なるほど、その手があったか」
「あ、やっぱりそちらのほうが…」
「なわけあるかっ」
「いたっ」
ガスッと頭部にテレーズチョップが突き刺さる。
「仮にも魔法使いの弟子が、ブラウニーと言われてお菓子と勘違いするんじゃありません」
「ち、ちがったのですか」
「当たり前です」
「すると、もしかしてブラウニーというのは」
「小妖精のブラウニーに決まってるでしょう」
「そ、その手があったか」
「真似するんじゃありません」
ガスッ、ガスッと二度、テレーズチョップが突き刺さる。容赦ない必殺技に涙を流しながらも、コレットは反論を試みる。
「でも、小妖精の方ならお師さまがもう召喚していたじゃないですか」
「何のこと?」
「キッチンでチョコレートブラウニーを作っていたときに、いましたよ?小妖精」
「私は召喚してないわよ」
「でも、お師さまがブラウニー(お菓子)だけじゃなくて夕食を作ってくれと言っていたって…」
「そりゃ、ブラウニー(小妖精)に作らせようとはしたけど、そのブラウニーをでこちゃんに召喚させようとしたんじゃない」
「えーと、あれっ」
どうも話がお菓子な、いや可笑しな事になってきている。テレーズは思案顔で指を顎に当てながら首を傾けた。
「それで、そのブラウニーどうしたの?」
「夕食もデザートも作るのは大変だったので、その小妖精に夕食の方を手伝ってもらいました」
「はい?」
「いえその、申し訳ないとは思いましたが、お師さまの召喚したブラウニーだし、ちょっとくらいなら言う事聞いてくれるかと思いまして」
「そういう事ではなくて、使役魔法か何か使ったの?」
「そんなの、まだできません」
わかってるくせに、という顔でコレットはぷくっと頬を膨らませる。ブラウニーを召喚させるだけなら、見習い魔法使いにもなんとか出来るのだが、そこから何かをさせようとするには使役魔法が必要だ。
そして使役魔法は中級魔法使いクラスにならなければ使えない。
「それで、その小妖精が料理を手伝ったと」
「あの、お料理の他にも、片づけとか、お掃除とかその、いろいろ手伝ってくれまして」
「掃除!」
「す、すみません…自分だけでやろうと思ったんですけど」
(使役魔法もなしに、どうやってブラウニーに掃除をさせるのよ!)
テレーズの頭は一時的混乱に陥ったが、深呼吸でなんとか持ち直す。
「ま、いいでしょう。とりあえず食事が出来たのなら私の目的は達成されたわ。早く食べましょう」
「あ、はいっ!美味しいのができたんですよ」
スキップでもしそうな勢いでコレットが部屋を出て行った後、テレーズはそっと窓を開けた。
「ラクネ」
「はい、テレーズ様。ここに」
話しかけた先には、真っ白なテンがいた。
「何かが、家に入り込んだりしたかしら」
「魔法的な存在が、ですか?」
「具体的には、誰かに使役されたブラウニー」
「いえ、一体のブラウニーが現れましたが使役されておりません」
「誰にも?」
「誰にも」
「自主的に現れたって?ばかばかしい、そんなこと」
「古くは、こっそり現れて誰かを助ける類の妖精でしたが」
「昔話でしょう。今は召喚魔法も使役魔法無しに、そんなことありえません。悪いけど警戒レベルを一つあげて」
「かしこまりました」
ラクネはくるりと体を回し、フイと姿を消した。
しばらく難しい顔で考え込んでいたテレーズだったが、背後に気配を感じて振り向くと、コレットが心配そうに扉の脇から顔を出していた。
「あのぉ、お師さまどうかしたんですか?」
「ああ、何でもないわ。今行くから」
「はーい」
他者からの干渉でなければ問題ないかと判断し、食堂へと向かった。
「どうですか」
得意げな顔で両手を広げるコレットを前にして、テレーズは固まっていた。そこに並ぶのは鳥の唐揚げと、鳥そぼろご飯と、鳥のスープと…
「こ、これは」
「お師さま鳥好きですから」
「偉い!」
テレーズは嬉しさのあまり、弟子を抱きしめ、そして片っ端から料理を平らげていった。
まずは最初の導入ということで、続けて投稿させていただきました。
楽しんでいただけると、嬉しいなぁ。




